魔法使いと弟子



 ユリアンに魔術の才能を見いだしたのは、魔法学校のアントニウス教諭でした。アントニウスは、ユリアンの才能を更に伸ばす為、高名な魔導師・ヴェンツェルに教え子の未来を託したのです。

 ヴェンツェルの屋敷に辿り着くには、『黒き森』と呼ばれる不気味な森を通り抜けなければいけません。頼れる先生と一緒とはいえ、鬱蒼と生い茂る深い闇の中で、ユリアンは震え上がっていました。
「ね、ねえ。先生。本当にこの先に、ヴェンツェル様の屋敷があるのかな。ぼく、怖い」
「先生も何度か訪ねたことがあるのです。大丈夫ですよ、ユリアン」
「低い鳴き声が聞こえるよ。肉食動物だったら、どうしよう!」
「その時は、攻撃魔法の実戦になりますね。さあ、立ち止まらないで歩いてください」
 ユリアンは先生の言葉通り、早足で森を抜けていきます。途中、何かと目が合ったような気がしたり、何かに引っ張られたような気がしましたが、アントニウスの着衣をしっかりと握ったまま、気のせいだと自己暗示をかけることにしたのでした。
「待っていたよ、アントニウス。その子が例の?」
「お変わり無いようで何よりです、ヴェンツェル様。彼がユリアン・ファルネーゼです。あなたに師事して頂けるなら、ユリアンの未来は明るく拓けるものになる。どうか、よろしくお願いします」
 初めて会ったヴェンツェルは、ユリアンが想像していたよりずっと若くて、作り物めいた美しさがありました。一目でユリアンは、その師に夢中になってしまったのです。


   ***


 ユリアンにとって、ヴェンツェルは不思議な人でした。人間なのだろうか、という疑問すら浮かんでくる浮世離れした佇まいは、一緒に暮らしていくうちに少しずつ慣れ、今ではすっかり馴染んだもの。ユリアンに感化されたのか、ヴェンツェルは感情や思っていることを、僅かではありますが話してくれるようになっていました。
「君は覚えが早い。きっと、優秀な魔法使いになれるだろう」
 まるで自分の子供を誇りに思っているような、そんな風にヴェンツェルは笑いユリアンの頭を撫でました。
「優秀な魔法使いって何?この修行が誰かの役に立つの?お師匠様」
「君を必要としている、待っている人が沢山いるんだ。ユリアン」
「ふうん…」
 ユリアンにとって自分の学んでいることが、人の役に立つことや何かの為に尽くすだとかそういう行為に繋がるということは、正直言ってあまり興味をそそられないものでした。魔法学を勉強するのは、単純に研究していて面白いと感じるからです。終わりはないように思えますし、どこまでも果てのない道を歩いていくのは、ヴェンツェルという師がいれば楽しいことなのでした。
「ユリアンが私の元を離れるのは、寂しい気もするがね」
 いつか訪れるであろう別れは、ユリアンには寂しいというより苦しく感じられてしまうのです。

 −−−−ところが、二人の関係は思わぬ展開を迎えるのでした。

 いつからでしょうか、その傾向は振り返ってみれば、思い当たることがあるような気がします。
 ユリアンは、自分の魔力が変化している…というより、力が弱くなっていることに気づいたのでした。今まで扱えていた術が、上手くかけられない。コントロールが利かないのです。
「どうしよう…」
 魔術の資質を評価され、ヴェンツェルに師事を仰いだ身。このままでは、大好きな師匠と一緒にいられなくなってしまうかもしれません。そう考えると、不安で、ユリアンはたまらない気持ちになります。時と共に生彩を欠いた日々が、小さな肩に重く重く圧し掛かってくるのでした。
「ユリアン、そんなに真っ青な顔をして。何か悩みでも」
「お師匠様…。ぼくは、ぼく…は……!」
 それはユリアンがヴェンツェルに、初めて見せた涙でした。飛び込んだ胸は温かく逞しく、恋しさが募るばかりです。
「ユリアン?」
 恐ろしくて、自分のスランプを口にすることはできませんでした。聡明なヴェンツェルならば、未熟な弟子の状態などとっくに把握しているのでしょう。楽になるチャンスだったのかもしれません。けれど、絶対に、この居場所を奪われるリスクは負いたくありません。
 間近で見ると、ヴェンツェルの美しさに目眩がしてきます。(この人は、誰かを愛するのだろうか)それは不純な疑問でしょうか?ユリアンは、形の良い唇に口づけを落としました。冷たくて、柔らかい感触にますます涙が零れます。
 拒絶はされませんでした。泣き縋る弟子を導くように、ヴェンツェルは優しくその肌を開いていきます。
 恋愛ごとになどまるで興味もなかったものですから、ユリアンには、愛し合うということがどういうことなのかわかっていませんでした。触れられた箇所が熱を持ち、壊れてしまうんじゃないかと心配になるくらい鼓動が早鐘を打ちます。
「大丈夫だ。何も恐れることなどないよ」
「お師匠様…」
 その言葉の通り、恐怖というよりは高揚感がユリアンの心を占めています。(お師匠様を、自分のものにしたい。ぼくを、お師匠様のものにしてほしい…)しがみつくように身体に縋ると、ヴェンツェルはあやすように優しい愛撫をおくってくれます。
「んんっ…ぁ……ぅん…」
 羞恥もありましたが、あのヴェンツェルが自分の尻孔を舐めているのだと思うと、ユリアンは興奮して潤んだ声が漏れてきます。勃ちあがった半身からは、ダラダラと涎が零れるのでした。
「ひぁ…!あ、あっ…アアン!!」
 不意に先端を撫でられて、それだけでユリアンは勢いよく白濁液を飛ばしてしまいます。気持ち良く、何も考えることができません。
「可愛いユリアン。私を受け入れてくれるね?君の蕾は」
「…!?」
 まじまじと目にすると、ヴェンツェルの雄は獣のようでした。凶悪で、この身など簡単に喰らい尽くされてしまいそうです。
 様子を伺うように、長い指がゆっくりと孔の中に侵入してきます。探るような指使いが、内壁を柔らかく抉ります。その度に、淫音が耳をくすぐって…。初めての感覚に、顔を赤くしてユリアンは喘ぐのでした。
「…あ…ぅう…き、気持ち…ぃよぉ……し、しょうさまぁ…ア、」
 熱い舌先を捻じ込まれ、ユリアンは思わず息を詰めます。
「アッ、あっ…ひっ…あ……!」
 蠢く舌は、別の生き物のようでした。また本能のままに身を任せる自分も、いつもの自分ではないようです。
「ユリアン見て。目を逸らさないで、今から私たちはひとつに……」
「っ……!!」
 先ほどまでとは比較にならない、圧倒的な異物感。潤んだユリアンの視界の中、二人の繋がりはどんどん深くなっていきました。
「はぁ…はぁ…お師匠様の、熱い……。お師匠様がぼくの中に…ぁあ…かん…、じ…るぅ…」
「君の奥まで全部、私で満たしてあげよう。ユリアン」
「あ、痛い…いっ……!」
 衝撃に堪えるほどの思考が残っていません。嬉しくて気持ち良くてそれなのに、強烈な痛みが伴うのです。
「そうかい?抜いた方がいいかな」
「駄目っ!…あ…、あ、あ…」
 退こうとしたヴェンツェルの身体を追いかけ、ユリアンは自然と腰を動かします。それが強烈な快楽となって、すすり泣くように喘ぐのでした。弟子を翻弄するように、ヴェンツェルは浅い注挿を繰り返します。その度に少しずつ痛みは薄れ、ユリアンは快感に満たされていきました。
「出すよ、ユリアン…。もっと私を感じて」
「アアー…ッ!お師匠様ぁ…」
 段々と激しくなる律動に荒い息を吐き、吐精された愛情にユリアンは気を失ってしまったのでした。 


   ***


 変化はそれからでした。不安定だったユリアンの魔力は、元通りというよりは以前より力を増したように感じます。
 二人の行為は日常化していきましたが、暫く身体を繋いでいないと、やはり魔力が衰えるようでした。(お師匠様が、ぼくに力を注ぎ込んでいるとでもいうのかな)そういう風に考えると、ユリアンは複雑な気持ちになるのです。
 ヴェンツェルがいないと自分の存在価値がない、という風に思えるのでした。

 二年の月日が流れた頃、魔法学校のアントニウス教諭が二人の元を訪ねました。近頃は定期的だった便りもなく、かわいい生徒を心配しての来訪です。しかし、アントニウスは自分の目にした光景に愕然とするのでした。
「お師匠様ぁ…!アアンッ…欲しいよぉ……ウズウズするの。ねえ、硬くて太いの、この孔に挿れてほしいよぉ…!」
「随分おねだり上手になったね?ユリアン」
「アアン!ん、イイ…いっぱい感じるぅ…ぁん……いいよぉ…!」
 魔術の修行どころか、この状況はどういうことなのでしょうか。紅潮させた身体をくねらせて喘ぐユリアンは、アントニウスの知っている生徒ではないような気がします。犯されているというよりは、完全な同意の上の行為。ユリアンは夢中で、快楽を貪っています。
「ユリアン。君の先生がいらしたよ…成長を、いっぱい見てもらおうね」
「ヴェンツェル様…。これは、一体、」
 驚いたのは、それだけではありません。この地を流れる気が不自然に、身体を撫でていくのです。ユリアンの魔力が何者かの力によって(そしてそれは、ヴェンツェル以外の誰でもないと思われました)、制御されているのだとすぐに気がつきました。
 性に堕ちた、と表現するにはあまりにもあどけない少年に心が痛みます。こんなことが、許されていいのでしょうか?
「ユリアン!しっかりなさい!!あなたは騙されているのです。自分の師に、魔力を抑えつけられている」
「先生…?」
「見損ないましたよ、ヴェンツェル様…。あなたに全幅の信頼をおいたわたしの目が、間違っていました!こんなことをさせる為に、この子を預けたわけじゃない……。生徒は返して頂きます」
 ヴェンツェルは何の弁解も、謝罪もしませんでした。かくして深い絆で結ばれたはずだった魔法使いと弟子は、引き離されたのです。

「アントニウス先生」
 黒き森を歩きながら、ユリアンは闇の中で微笑みを浮かべます。もうこの森も庭のようなものですから、怖くはありません。
「わたしをお許しください、ユリアン。あなたの時間と、身体を…あんな、」
 真面目で優しいアントニウスの悲しそうな表情に、ユリアンは少しだけ罪悪感を感じます。アントニウスが悲しむようなことでは、ないのです。すべては、自分が望んだからこその結果なのですから。
「先生は、ぼくの得意な魔術を覚えていますか?学校で、誰にも負けない十八番の魔術を…」
「勿論です。あなたは、幻術が得意でしたね。他人の心に入り込み、惑わせる能力です」
「ぼくは初めて師に会った時、あの人に幻術を仕掛けた。ぼくに恋をするように、ぼくに夢中になるように。自分の知っている限り、一番効力のあると思われる方法で。…だから多分、自分の手元においておきたくて、お師匠様はぼくの力を隠していたんだ」
 上手くいくという保障はありませんでしたが、きっと幻術は成功したということでしょう。
「ユリアン…」
「ぼくはここで、あの人と共に生きていきます。さようなら」
「ユリアン!?」
 目前で消えた生徒とは、もう二度と会うことがありませんでした。目の前には、飲み込まれるような漆黒が広がるばかりです。正義感の強いアントニウスは一度は戻ろうとしましたが、ここが「彼らの」領域であると考えると、脱出することが先決です。
 魔術勝負では、アントニウスに勝機はありません。生徒との決別に、黒い森がぼやけていき…やがて霞んで、消えました。


  2009.08.14


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