good night



「探しているものがあってね。美味い血を知らないか?」 


 ───この問いに何の動揺もなく、答えられる者がいるだろうか。
「私の知識では、ヴァンピール伯爵のお役には立てないようです。申し訳ありません」
 詩人のレイは澄ました顔をして、(少なくとも伯爵にはそう感じた)視線を落とす。内心では、謝罪の感情など微塵も浮かんでいないに違いない。長い付き合いであるゆえにそう予想して、伯爵は苦い表情になる。
「そうか…。レイ、一つ頼みがある。その血を少し、分け与えてほしいんだが」
「死んでもお断りです。絶対に、嫌、です」
 端麗な美貌が歪む。美しい銀髪が、さらさらと横に流れた。そのあまりにもつれない態度は、プライドの高い伯爵にとって、レイでなければ堪えられないものだった。
 大体、吸血鬼である自分が血を欲するというのは至極当然のことであり、偏食はつまらないという考えの下に、人間を真似てグルメに色々舌鼓を打ったけれども、あのまろやかで濃厚な血を上回るものなどない。
 初めてレイに出逢った時、その血を試してみたいと襲い掛かったはいいが…一緒に旅をしていた剣士に斬りかかられ、術者に封印され、元に戻るまで三年もの月日を要したのだ。今思い出しても、腸が煮えくり返る。あれから七年も経つというのに、お互いの関係ときたらこの有様だ。情けない。
 あの忌まわしい二人には、復讐を果たした。それなのに、この男には手も足も出ない。
「そんなに、俺が気持ち悪いのか…」
「単に、好みではないだけです」
 気を許した者に対しては、レイははっきりとした物言いになる。それがこんな拒絶なのだから、喜ぶに喜べない。伯爵は面白くない気分で、紅色の酒を飲み下した。
「お前の好みがどんな奴なのか、聞いてみたいものだ。いるならば、殺してやりたいね」
「あなたの妖艶さは、私には毒なんですよ。あてられてしまいます」
「フン。心にもないことを」
 一度も色仕掛けに引っかかったことなどないくせに、腹立たしい。どんな手段を使っても手に入らない心に、こんなに焦がれて止まないのに。
 渇くのは、飢えているのは喉だけではない。
「片恋の吸血鬼など、話の種にもなるまい。お前が俺に会いに来る、その理由が知りたいね」
「教えてあげてもかまいませんが、伯爵はきっとお怒りになるでしょう」
「言え!」
 簡単な挑発に乗った伯爵は、レイの首元を掴んで激昂した。間近で見れば見るほどに、この男は自分を惑わせる。高潔だと己惚れる自分が、傅いてしまいたくなるのだ。

「あなたが、私を必要としているから」

 言葉というのは時に、何より強い刃となって胸を刺す。衝動に任せ、伯爵はレイの細い首筋にかぶりついた。もっと、早くこうすればよかった。
「んっ…ぁ……あぁ…!」
 苦痛というよりは官能的な喘ぎが、本能を興奮させる。夢にまで見た匂い、喉を潤すは甘美な雫。引き剥がすでもなく、身体を優しく撫でられる細い腕に、我を忘れる。
 裸に剥いて、強引に蕾の中を押し開いた。味わうように舐めてやると、日頃綺麗ごとばかり吐く唇から、想像もつかない嬌声が漏れる。夢中で掻き回してやると、レイはすぐに達してしまった。
「っ…!あ、いけな……」
「随分と、良さそうだな。俺に犯されて感じてるのか。え?」
 伯爵が屹立した下半身をゆっくり潜りこませていくと、レイが苦しそうに眉をしかめる。一つ一つの仕草が愛おしく憎らしく、自分を醜くさせていく。侵入を熱く受け入れる内壁に息をつき、伯爵は組み敷いた身体を眺めた。
 その視界に留まったのは、見慣れぬもの。自分の領域であるはずなのに、違和感を感じる円陣。一体、いつの間に?誰が、何の為に…?
「レイ…。この魔方陣は…何、だ?」
 返ってきたのは、美しい微笑み。今更気づいた伯爵を嘲笑うかのように、それにしては優しさに満ちた唇。伯爵はレイの言葉を待った。嫌な予感。とてつもない間違いを犯したのだと、本能的に悟っていた。
「あの二人は、最期まで私の身を案じてくれていました。仲間思いの優しい方たち…。あなたが私に手をかけた時、私自身に仕掛けられた封印術が発動する」
 告げられた通り、伯爵は身動きが取れなくなっていた。恋した人はこの何年もの間、機会を伺って、自分を殺そうとしていたというのか。なんて滑稽な話だろう、そう思い、笑いが込み上げる。
「俺は、結構本気だったよ。本当にお前はつれないし回りくどくて、嫌な男だ。屈辱的な終わり方だが、最後にいい夢を見させてもらった」
「あなたに好かれたくなどない。忌まわしい吸血鬼め。灰になって消えるがいい」
 今まで罵られたどんな人間よりも、様になっていると思うのはただの贔屓目なんだろう。
「私の復讐は、これでお終いです。さようなら、ヴァンピール伯爵」
 ただの思い上がりかもしれないが、その目に浮かんでいるものは、殺意だけではないような気がする。この男に、涙なんて似合わない。涙を拭ってやろうとした手は届かず、何も見えなくなり、聞こえなくなって…一人の吸血鬼はその存在を消滅させた。

 レイは暫く惚けたようにじっとしていたが、やがて緩慢な仕草で、後から後から流れ落ちてくる液体を拭った。そのまま手で顔を覆って、誰にも見られていない今だけは、この感情に身を任せることにする。


  2009.06.06


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