泡



 なんだかもう、何もかも気持ちが追いついていかない。
 あのキスで、全て奪われてしまったまま。

「フミちゃん、ちょっと」
 授業を終えた秋月が教材を片づけていると、倉内が声をひそめて話しかけてくる。端麗な眉が寄せられるのを見て、こんなに綺麗なら自分に自信が持てるだろうかなんて、見当違いな疑問を秋月は抱いていた。
 倉内は苛々しているのか、細い指でトントンと教卓をちいさく叩いている。
「シバちゃんに聞いたんだけど、後藤が謹慎中だって。本当なの」
「…うん。喫煙が、見つかって」
「……あのバカ」
「………」
 本気で呆れたような声には、嘘がない。いたたまれなくて、秋月は視線を落とした。ふと目につき携帯していた文庫本に、それを倉内へと差しだす。ただ後藤から、話題を逸らしたかっただけなのかもしれない。
「そういえば、これ誰かが落としたみたいで。倉内くん、返してあげてくれないかな」
 受け取ろうとした倉内は、その表紙を見ると手を上げてやんわりと押し返した。
 ひどく複雑な表情で溜息をつくと、きょとんと自分を見る秋月を真っ直ぐに見て、告げる。
「悪いけど、フミちゃんから後藤に返してあげて。ずっと家にいるなら暇だろうし。あ、もし何か言われたら心配かけたお返し、って言っておいてね。世話が焼けるんだから」 
「………」
 そんな風に言われて何のことかわからないほど、鈍感なわけではない。
 ただ知らないうちに、気づかない間に振る舞われて後の祭り。
「フミちゃん?」
「うん、そうするよ」
 倉内は知っているんだろう、後藤の気持ちも自分の気持ちも。
 あえてはっきりと、口に出してはこないものの。隠し事が下手なのも、自覚はある。
「会いたくないの」
 普段なら、そんな直接的な表現は使わなかったかもしれない。その言葉の意味にギクリとして、秋月は本を握る手に力を込めた。会いたくないわけがなかった、けれど…笑って首を振る。
 追いつめられているのは、お互い同じだというのに。


***


「…先生」
 後藤は何か言いたげな顔で秋月を呼び、大人びた笑みを浮かべた。制服を着ていない、シャツにジーパンというラフな格好で。不謹慎にも見惚れてしまう自分が嫌になる。
 たった二日くらい会っていないだけだ、…たったの二日。
「母さんなら、パートにでてるよ。父さんも帰りは遅いんだ」
「僕が会いに来たのは、後藤くんだから」
「ごめんな。オレも、もうすぐバイトに行かなきゃなんないんだけど」
 この穏やかさこそ秋月の知る後藤であり、あの時見せたような激情はまるで嘘のようだ。
 いつも眠そうな顔をしていて、なのに掴まれた力の強さといったらもう、
「落とし物を届けに来たんだ」
 思考がおかしくならないうちに、秋月はそう告げる。不思議そうに後藤が首を傾げ、そのまま手渡された文庫本を目に留めると、驚いたように秋月を見つめた。
「これ、後藤くんが借りた本だって倉内くんが言ってたから」
 何でもないことのように秋月が種明かしをすると、後藤はがっくりと肩を落とす。
「…アイツ、あれほど言うなって」
「心配かけたお返しだ、って言ってたよ」
「どうせ、ただの嫌がらせだろうけどな」
 二人の仲の良さがどうとか…軽口を言い合える仲なのが、羨ましいとか。もうそういうことを考えるのも、飽きてきた。
「………」
「センセ、麦茶でよければ上がっていって」
 促されても玄関のドアより先に、どうしても進む気になれない。
 その場でただ立ちつくす秋月に、後藤は唇を歪ませて笑った。皮肉な笑みというやつだ。
「じゃあ、オレが行くよ?」
 手を伸ばせば届きそうな距離だというのにひどく、遠いそれ。
「―――後藤くんの顔が見たかった。会いたくて…それだけでは、ダメなのかな。そういう気持ちだけでは、納得してもらえない?」
「センセみたく、お利口さんじゃないんだよ。オレ。謹慎くらっちゃうくらいバカで、それなのに、…いっそ退学にでもなれば、オレのこと受け入れてくれるのか?」 
「後藤くん!」
 顔色を変えて秋月はそう叫んだ。後藤がスリッパをはいたまま、大股で近づいてくる。逃げる間もなく、その腕の中に捕らえられていた。お互い何も言葉がない。気持ちなんて口にしなくても、十分すぎるほど知っているからかもしれない。苦しい。
「抑えきれるわけないだろ」
 吐き出すように後藤が続けた。
「こんなにアンタが、好きなんだから」
 頭がクラクラする。夏の暑さより強烈な熱に、うかされそうになる。
 
「何やってんの?」
 
 訝しげな声に、秋月の身体がビクンと震えた。すぐに羽柴だとわかった。
 心配して放課後になると毎日のように、後藤の家に来ていることなんて秋月が知る由もない。
 後藤は手を離そうとはせずに、
「センセー日射病で立ち眩みがしたみたいだから、優しいオレが支えてあげたわけ」
 早口でそう言い募る。
「先生、大丈夫?玄関先で抱き合ってるから、何事かと思った〜」
 軽快に羽柴が笑う。彼の明るさに何度自分が、嫌になったかしれない。
「まあお子様には、刺激が強すぎたかもしれないな。今度AV鑑賞会でもして、勉強するか?」
「マサのバーカ」
「成績どっこいどっこいの、羽柴にだけは言われたくないセリフだな」
「謹慎とは無縁の男だけどね、俺は」
「…後藤くん、もう、平気、だから」
 上手く息ができないで秋月は、後藤の胸でそう呟いた。後藤の温かい手に背中を撫でられ、ゾクリとする快感に思わず目を閉じる。声が漏れてしまいそうだった。
「本当に?無理しなくていいのに、先生」
 真っ直ぐに見つめられたその目を、見ている自分はきっとひどく物欲しそうな顔をしていることだろう。その自覚がもう、いたたまれなくて辛くてどうすれば、いいのかわからないで。
 別に泣こうとか、思ったわけではなかったのに。後藤の驚いた顔に、自分の頬をつたう涙に気がついた。背を向けているおかげで羽柴には、気づかれていないだろう。まだ。
(…知られたくない)
 思えば思うほど、意識すればするほどに涙は止まってくれなくて。
「どうかした?」
 後藤の顔色を見た羽柴が、きょとんと首を傾げるから。
「羽柴悪い、コンビニでスポーツ飲料水買ってきて。人命救助だ!」
「はいはい。先生、ちょっと待っててね。…マサ、この貸しは高くつくよ!!」
 駆けだしていく音に安堵して、身体中の力が抜ける。後藤に抱かれたくて抱かれたくて、その欲求が浅ましくて恥ずかしい。こんなに抱きしめられていたら、むせるような後藤の匂いだとか肌とかに、おかしくなりそうでもう本当に、たまらなく欲情してしまう。
「…なんて顔、してんだよ先生」
 自分からつま先を伸ばし、しなやかな髪に指を絡めた。我慢できなかった、どうしても。

 そういうところを揶揄されて、言葉で責められる度に何が好きなのかわからなくなって…逃げ出した。
 好きになれば欲しくなるなんてそんな当たり前のことを、何より自分が一番よく理解している。まだ止められる感情だけなら、身体が伴っていないなら、まだ…。
『文久はまるで見境ないね、きれいな顔してけだものみたいだ』
 あんな風に見下した視線で、それでも感じてしまう自分の弱いところをどうにかしたくて。快楽に溺れる自分に線を引きたくて、清らかな外見を装いたくて教師を選び、その結果。
 何かを試すような恋は、受け持ちの生徒へと向けられた。

 噛みつくようなキスは激しさを増して、ようやく唇を離し秋月は肩で息をする。
(何を、思い出しているんだか。こんな時に)
「先生は時々、オレの知らない人みたい」
 唇を腫らした後藤は、そんな風に告げて寂しそうに微笑んだ。
 その優しさだとか真っ直ぐさだとか、が。自分に向けられる度に胸を抉られるように痛む。
 嬉しいのに何故か沸き起こる罪悪感、おそらく彼の見ている、彼の好きな「秋月文久」という人間は、本来の自分と全然別者みたいに、感じるせいなのかもしれない。
 二重人格だなんてそんな逃げ口上を言うつもりもなければ、ただ、単純でない性格のややこしさに、自分でもうんざりする。
 嘘つきだきれいぶってる本当は浅ましい人間のくせに、と散々罵られたおかげで。 
「先生?」
 息を吸う。とりあえず誤魔化される欲求。痺れた唇が、たまらなく気持ち良かった。
「反省文、ちゃんと書き上げるようにね」
「オレに言うことって、それだけなの?」
 憮然とした問いかけに、答えられない。他に何が言える?―――わからない。
「待ってるから。後藤くんが、戻ってくるのを」
 もう、平気そうだった。身勝手なものだ、随分とスッキリしている。
「先生!」
「早く書き上げられたなら、期限より早く来ていいって。長谷川先生が言ってたから。今日は、後藤くんに会えて良かった」
「わかんねえよ、先生が何を考えてるのか!」
「ごめんね」
「オレのこと、好きなくせに。何で?」 
「…ごめん」
 秋月はゆっくりと踵を返し、落ち着き払ったテンポで歩きだした。
 羽柴がコンビニの袋を提げて、秋月に走り寄ってくる。真っ直ぐその顔が見られなくて、俯いた。
「あっ、待ってセンセ!はい、これ」
「ありがとう」
「うん、また明日ね!お大事に」 
 赤い缶を手渡され、それがコーラだと気づいた時には羽柴はもう遠くなっていた。
 折角だからと開ければ勢いよく、自分に甘い泡が降り注ぐ。避ける間もなく直撃を食らい、秋月は随分と軽くなった缶を眉を寄せて見つめていた。
 気持ち悪い、肌にはりついた甘い余韻。ベトベトする。走っていたから、それでなのかもしれない。これ以上、考え事を増やしたくなくてそういう結論にいきついた。
 鞄から携帯電話を取り出し、長谷川を呼び出し暫く待つ。こういう時一人でいることの、思考の行き着く先が良くないことを知っていたから。
「もしもし、…秋月先生?」
(長谷川先生みたいに、なれたらよかったのに)
「はい」
 それだけで、いくらか安堵している自分がいることに気がつく。
「どうかしたんですか?」
「長谷川先生の声が聴きたくて」
 別にからかうつもりなんて、これっぽっちもなかったけれど。
 携帯を握りしめてそう告げると、長谷川が深く溜息をついたのがわかった。
「俺は、口説かれているんですか?」
「まさか」
「…………」
「何か喋ってください。何でもいいから…お願い、先生の声を聴かせて」
「…今、どこにいるんですか?」
「後藤くんの家から帰るところです。プリントを渡すのを…、忘れてしまいました」
「どこかで珈琲でも、いかがですか?」
「よかったら、僕の部屋に来てもらえませんか」
「俺は、誘われているんですか?」
「そうだと言ったら、僕はあなたに慰めてもらえますか」
 口説いてはいなくても、誘ってはいるかもしれない。そんな違い、ほんの小さなことだけれど。
「どうしたっていうんですか、らしくないですよ。秋月先生」
「長谷川先生に僕の何が、わかるっていうんですか…。いや、先生はいつも僕のことなんて、お見通しなのかもしれないですけど。どうすればいいのかも知ってるなら、よければ教えてもらえませんか」
 やりきれない思いを長谷川にぶつけ、つっかかっているという自覚はあった。
 しばらくの沈黙の後、
「簡単なことですよ。後藤なんてやめて、俺を好きになればいい」
「…長谷川先生は、僕のことが好きなんですか?」
 電話の向こうで長谷川が、可笑しそうに笑った気配がした。
「前にも言ったような気がしますが。俺はあなたに告白なんて、するつもりはありません」
「それは、答えになっていません」
「ああ、いつもの調子が戻ってきたようですね」
「はぐらかさないでください!」
 こんなに考えが読めない男に、秋月は会ったことがない。
 静かな声が返ってきて、
「誰かを好きになるのは、もう止めましたから。これから先のことは、わからないですがね」
「どうしてそんなこと、言うんですか…」
 どうしてだか悲しくなる。長谷川と話していると時折感じるその感情に、秋月は携帯を握りしめた。
「話せば長くなりますよ。それに、今はあなたの話をしているところだ」
「長谷川先生」
「何ですか?」
「やっぱり先生と僕は、考え方が違うみたいです」
「同じ人なんているでしょうか。
 秋月先生と後藤さえ、違っているのが現実ではないですか。だから、あなたは後藤を好きなのだし」
「僕はそんな正論を、聴きたいわけじゃありません」
「秋月先生、センセったら!」
 足音が近づいてきたことは、全然気がつかなかったけれど。
 息をきらした羽柴の声に、秋月は思わず通話を切って振り向いていた。ぜえぜえと肩で息をしながら、羽柴が額の汗を拭う。秋月と目が合うと、にっこりと笑った。
「ゴメン先生、さっき間違えて俺コーラ渡しちゃったみたいで!これ、アクエリアス!!」
「羽柴くん…」
 そんな羽柴を、確かに自分は一瞬だろうが疑ったのだ。
「あれっ?もしかして先生…コーラかぶっちゃった?!ごっ、ごめんなさい!俺、急いで走ったから…」
 泣きそうな声があがり、羽柴が頭を下げる。目頭が熱くなった。
「…ありがとう」
「あーっ、そういえば!こういう時のためにウエットティッシュが…ない!ない…俺って本当バカだ…マサよりマシだけど。先生大丈夫?」
 鞄の中をガサガサ確認して羽柴は、わかりやすく肩を落とした。
「羽柴くん、いいんだ。ありがとう…、わざわざ追いかけてきてくれて」
「先生泣いてる?体調大丈夫?ゴメンねマサのせいで、先生にまで迷惑かけちゃって…。俺がよーく説教しとくから!センセは安心して、マサの復帰を待っててね」 
(どうして、そんなに…)
 子供の純粋さが、嫉妬するほど羨ましかった。
「…先生…?」 
「ごめん、羽柴くん。謝るのは僕の方なんだ、…本当にありがとう」
「へっ?」
 理由なんて、言えるわけがない。ともかく今は一刻も早く、シャワーでスッキリしたかった。
 秋月は早足で家路を急ぎ、マンションの入り口でふと立ち止まる。長谷川が立っていたからだった。秋月の姿を目に留めると、長谷川は僅かに口元を笑ませる。
「あなたのことが、心配なんですよ。俺は」
 …そんな風に手を差し伸べられたら、
「長谷川先生…!」
 いくらなんでも抱きつくのは甘えすぎかもしれないと、その行動に歯止めをかけてくれたのは、自分に染みついた甘いコーラの匂いと不快感だった。
 長谷川の姿が滲んで、はっきりと見えない。差し伸べられた手に縋りついたら、少しは楽になれるだろうかと思いを巡らせ、秋月は自嘲するように笑う。
(考えるのを止めたら、楽になるよって…。言われたことはあるけど。余計、苦しくなっただけだったな)
「ありがとうございます。…長谷川先生が、いてくれてよかった」
 その言葉を聞くと、長谷川は何故か苦しげに表情を歪める。
「俺は、あなたの思っているような男ではないですよ」
 そう呟く長谷川の心理など、秋月の知るところではなかったが。
 胸を苦しめる思い出なんて、泡になって消えてしまえばいいのに。胸の奥のわだかまりは取れない。どうしたら幸せになれるだろうか、いつかこれで良かったのだと安堵できる日は来るのだろうか。
「僕の部屋はこっちですよ」
 秋月は踵を返そうとした長谷川の腕を掴み、その手に力を込める。
「あなたが僕に興味があるなら、一番みっともないところを晒してあげますよ」
 返事の代わりに指が絡むと、自分の置かれている状況とか気持ちだとか、何もかも忘れてしまいそうになる。 
 目が合い微笑んだ表情は、今日一番満たされていたものだったかもしれない。今の秋月の心を過ぎるのは苛烈なほどの、ただの期待にすぎなかった。


   ***


 一緒にシャワーを、と促すと特に抵抗もなく、長谷川は風呂場までついてくる。脱がせてくださいとお願いしたら、唇だけで笑われた。
「…甘えたがりですね、秋月先生は。俺があなたに弱いのを知ってるんだから」
「先生が優しいから…」
 一つ一つ、ボタンを外されていくだけで秋月は興奮し、もどかしい気持ちになる。
 ふとその手が止まり、顔を上げると身体に残る傷跡や痣に、長谷川は戸惑っているらしい。
「…この傷は、以前つきあっていた」
「言わなくていい!過去のことなんか、関係ない。少し驚いただけです」
「長谷川先生…あっ…!…は…ぁん……」
「可愛いですよ、とてもね。ベトベトして気持ち悪いんでしょう?きれいに洗ってあげますから」
 石鹸を泡立てた指が、首筋を撫でていく。それだけで、秋月の唇から堪えきれない吐息が零れた。
「どこを洗ってほしいんですか?」
「ん…全部っ……きれいに、し、て…」
 そのよくできた答えに、長谷川は笑ってしまうのだ。秋月にはずっと警戒されていたのだし、こんな風に触れられるなんて、想像もしていなかったことだ。
「欲張りですね」
「…ぁ…アッ…ァア……」
 伸ばされた指が、頼りなく肩に届く。少し触れただけで濡れた声音は、顔に似合わない経験を示唆していたけれど、そんなことはどうでもいい。
「可愛い人…。もっと縋っていいですよ、受けとめますから」
 気持ちは自分に向けられていなくても…恥ずかしげに上気した頬、潤んだ目。それらを見ていたら、長谷川は何か違う錯覚を起こしそうになってしまう。
「…長谷川先生っ…僕…ああっ」
(前戯はいいから、すぐにでも挿れてほしい…。男が欲しい)
 後藤に欲情した熱がずっと内に留まって、すぐにでも思いきり発散させてしまいたい。そんな願望は告げられもせず、秋月は泣きたくなった。焦れて焦れて、しょうがない。
「ここも、洗ってあげないといけませんね」
「あ、あ…ぁん…先生……気持ちいい…」
 ようやくペニスに触れられて、秋月はうっとりとした表情になる。知らず知らず無意識のうちに、自分で乳首を弄り始めてしまっていた。
「…はぁっ…あぁん…ぁ…んっ…アア…!」
「物足りない?清廉そうに見えて、随分と淫らなんですね。秋月先生は。…バスタブに、手をついて頂けますか?」
 言われた通り手をついて尻を突き出す。脚を開くと、秋月は自分でも孔が疼くのがわかった。
「欲しいものを言えますか?」
「あ…んっ…せんせ…の…はぁ……んちん…くださっ…」
「それでどうして欲しい?」
「お尻にください…奥まで突いて犯して…っ」
 耳まで真っ赤にし、半ば自棄になったように叫んだ秋月に、長谷川は頷く。
「わかりました。それでは、あなたのご希望通りに」
「アッ!」
 ズブッと卑猥な音が響いた。ずっと期待していた衝撃に、秋月はバスタブを握る手に力を込める。
 根元まで挿してほしい。そのペニスで、もっと掻き回してほしい。他に何も考えられない…。
「…ぁん……はぁ…せんせ…の…当たっ…イイ……もっと擦って…グリグリし、て…!」
「っ…そんな風に腰を…動かされたら……秋月先生…」
 長谷川は苦笑した。狭い粘膜に締めつけられるのが気持ちよくて、すぐにイッてしまいそうになる。
「気持ちいい…アアッ、アッ、アッ!そこ…いいの…抉って!あぁあん!アン!」
「あぁ…!俺も、もう…先生……」
 達してしまいそうになり、長谷川は思いきりペニスを引き抜いた。白濁液が、傷跡の残る背中に飛び散る。後藤に犯されそうになっていた秋月を、先に汚したのは自分。
「ひぁあっ…」
 秋月も射精したようだった。お尻をもぞもぞさせて喘いだ後、「もう一度…」そうおねだりされて、長谷川に笑みが浮かぶ。悪い気はしなかった。
 キスで舌を絡めると、この腕の中にある全ては、自分のものであるかのような幻想を抱く。


  2004.07.24


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