痺れる恋の行方



 秋月先生は、怖がりだ。オレが抱きしめながらそう囁いたら、先生はちょっとだけ不本意そうな声でそうかもしれないね、と呟いたきり沈黙してしまう。そんな時は大抵図星だからで、反論しても墓穴を掘るだけだ、と自覚した先生が取るようになった手段が、これ。
 黙ってオレに身体を預けて、目が合うと後ろ暗さを情欲の隅に隠して、オレを翻弄してばかり。
 オレの若さは常に先生に完敗で、本当オレはこの人にメロメロすぎると思う。

 今、秋月先生が怖がっているのは鳴り響く雷。
 昼間からずっと鳴りっぱなしの雷鳴に、先生は怖いなんて口にはしなかったけど、見てればわかる。
 大体、先生はわかりやすい。わかりやすいというか、本人はそんなつもりがまったくない無自覚だから、オレはそういうところ、かわいくて仕方ないんだけど…。
 オレが先生にかわいいって言うと、照れる時と面白くなさそうな時があって(正直、その違いはよくわからない)先生は今面白くないみたいで、きれいな顔は少し拗ねている。
 雷が鳴る度に、秋月先生が落ち着かない様子で表情を強張らせたり、何気なくオレに触れようとしてきたりそういうのは全部、雷を怖がっているからなんだと思う。
 いい年して、雷を怖がるなんて女じゃないんだし…。そういう自覚があって、言葉にはできないんだろう。そういう強がりがいちいち本当にかわいくて、オレは参ってしまう。
 秋月先生は何をしても大抵かわいいけど、というかきれいだけど、何かを怖がっている秋月先生、というのは不謹慎にドキドキするというか、こういうの多分嗜虐心を煽られるっていうんだろう。
 でも、オレは先生を泣かせるなんてとんでもないことだから酷いことは絶対にしないし、そんな奴がいたら絶対に許さない。だから、こうやってドキドキするだけ。

 物凄い轟音に、秋月先生はギュッとオレにしがみついてくると、怖い。ぽつりと呟いた。
「後藤くん、カーテン閉めて」
 とうとう堪えきれなくなった先生は、オレにそう懇願する。
 オレは、秋月先生にお願いされるのが好きだ。そういう時の先生は色っぽいから、ムラムラする。
「きれいなのに」
「きれいだけどこわい」
 こわいなら、きれいじゃなくていい。そう思わない?震えながら秋月先生はまた身体をビクンと強張らせ、そういう仕草がいつ見ても扇情的だなあとオレは思いながら、ようやく、願い通り外の世界を遮断して笑った。
 二人きりの今はともかく、先生は学校でもこんな風なのだから参ってしまう。隙だらけでどこか頼りなくて、見ているとつい、ちょっかいを出したくなるというか。
「小さい頃とか、雷が自分に落ちたらどうしようとか思わなかった?」
「秋月先生は心配しすぎ。何でも、世の中そんなに恐ろしくないもんだよ」
 腕の中に閉じこめて見下ろすと、秋月先生は瞬きを繰り返して、ようやく正気に返ったようにオレを見つめると
「…後藤くんが言うなら、そうなのかもしれない」
 静かな声で告げた。
 オレと秋月先生が会話をすると時々こういう、なんともいえないような瞬間というのがあって、オレはその度にもう、この人を心配させるものが世界中から消えてしまえばいいと思うし、オレがそれを全部払いのけられるくらいスーパーマンだったらよかったのに、とも思うし、オレは秋月先生のことが好きで、先生もきっとオレのことは好きでなのにどうしてこう、せつない気持ちになるんだろうと、胸がいっぱいになってしまう。
 もうどうでもいいことの一つや二つ言って笑わせて、そんな顔なんてしないでお願いだから笑って、オレ先生のこと本当に好きなんだから、そう思って泣きそうになると、できることといえば、抱きしめることくらいで。
「そうだよ。先生の世界には、オレがいるんだから大丈夫」
 オレがいるから、もう秋月先生は泣いたりしないでほしい。誰かに傷つけられるなんて、絶対にあってほしくない。もっと何をどうすればいいんだ、どうしたら…。
 どこか乾いた先生の何かに、いつも苦しくなってああ、どうしようもなくなってしまうんだ。オレは。
「ありがとう」
 言葉少なになった秋月先生はただ、微笑んでいつもと同じことをいう。
 違うそうじゃなくて、いやそうなんだけど…オレは為す術もなくて、先生の肌に触れるだけ。
 もどかしい。どうやったらもっと、自分の気持ちをうまく伝えられるんだろう、先生に。秋月先生のことが好きだ。結局それに帰るだけ、言葉が足りない知らない、何て言えばいい?
「オレが、先生の避雷針になるよ」
「後藤くんが傷つくんなら、僕にとっては意味が無いじゃない」
 そう言ってもらえて、オレはなんだか普通に嬉しくなってしまう。
 先生に与えられる餌なら何だって、美味しく頂ける準備は四六時中できているんだから。

「一緒に感電して」
 先生は目を閉じて、大胆にもオレに舌を絡めてくる。
 そんな願いなら喜んで、二人で痺れていいならどこへでも落ちていい。


  2007.01.09


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