HELP!



 うん、だってほんとに死んじゃっても良いって思ったんだよね。秋月先生が。そうしたら、マサがこんな風にボロボロになることもないんだし、平和なもんだし、それが一番じゃない?
 俺の世界はマサを中心に廻っているわけじゃないけど、中心にマサが居ることは確かで。
 あ、じゃあ悲しくなる原因を絶てば万事解決するんじゃないのかな。って、ふと思った。

 こういうこと言ったら多分、倉内は俺をすごく叱ると思う。
 きれいな眉寄せて、もどかしそうに友情の範囲内で出来ることすべて、きっとしてくれる。そうしてくれたら、俺は嬉しいのかな。よく、わからない。考えてもわからないことを考えたって仕方がないから、そういうことに対して、俺は考えることを放棄する。
 それが多分、一番賢い方法だよね。人間てきっと得手不得手があって、それは思考の類も当てはまるんじゃないかな。きっと幻滅されるだろうけど、損得思考は頭の隅からなくならない。

 もういいんじゃないかな。
 もうやめようよ。そういうの見てるの、しんどいよ。俺が嫌なんだ、耐えられないんだよ。
 何で、マサが苦しまないといけないの?恋ってそんな、辛いもんなの?
 馬鹿じゃないの?やめてしまえばいいのに、やめてほしいのに。
 口に出来ない不満はいつの間にか蓄積されて、気がついたら二人はくっついていたみたい。

 勝手にすればいい、幸せならそれでいい。 
 確かに今は、それでいいかもしれないよね。でも、これからどうするの?
 どうなっちゃうんだろう。世の中そんなに甘くないんだよ、そこまで悪くもないけどさ。
 俺、マサの赤ちゃん見たかったな。抱っこしたりしたかったな、あーあ。
 つまんない。

 それなのに、秋月先生といる時のマサは、この世の幸せ全部詰め込んだみたいな、だらしない表情でニヤニヤして、嬉しそうで楽しそうで恋愛って、なんて素晴らしいんだろう!青春万歳!!みたいなことが顔に書いてあって、消しカス投げてやりたくなるくらい、どうしようもなく惚けちゃってる。
 俺といる時とも倉内といる時とも、誰とも違って、それは本当に特別で奇跡のようなこと。
 別にいつこの世が終わってもいいかな、みたいな空気をプンプンさせてる常日頃…秋月先生がその領域に入った瞬間、マサの何もかもは変わる。
 それって信じられないくらいすごいことで、もう俺も感心するしかなくて、笑っちゃう。
 ああ、大好きなんだなあって思う。
 そんな相手が男で先生だとか、もうマサにはまったく関係ないみたい。

 そりゃあ確かに、秋月先生はきれいで優しくて俺たち生徒に人気があるよ。
 ストイックそうに見えるのに、時折マサ曰く「エロい顔」して、からかいたくなる妙な色気は最近、誰かさんのせいで勘弁して欲しいくらい威力があるし
 質問したら、この人何でも答えてくれるんじゃないかな?そんな期待を抱かせて、一体何人が撃沈していったんだろう。なんて、ぼんやり疑問に思うほどには優しさも隙もある。
 授業なんて、眠気を誘われるほど気持ちの良い声だし、こりゃセックスの時なんて、相当いいかもしれないなんて無粋な想像も浮かぶけど。
 でも、男だよ。俺にもマサにもついてるものが先生にだって勿論ついてて、柔らかいおっぱいもなければ、いれる穴だってきっとそんなに。
 まあこれは、全部俺の想像だから。実際のところ、どうなのかなんて知らないけど!

 俺は至ってノーマルな嗜好の持ち主だから、なんか全然そういうのしっくりこない。だから勿論、マサとセックスしたいだなんて考えたこともないし、あり得ないっていうか
 せめて女顔の倉内とならギリギリ…って思ってみるけど、やっぱり無理。できそうにない。
 でも、そんな数え上げたらきりないような、些細な問題を飛び越えちゃう愛情なんていうものが、あの二人の間に、あるっていうんなら。
 そんなもの、この世に存在してるなら捨てたもんじゃないのかもしれないって。
 これは期待なのかな。そういうものがあってほしいって、それがこの二人であってほしいって、絶対的に純粋で、強くて、揺らがないもの。俺の隣りで見本みたいに、そういうものが在ってくれるなら。
 どんなに、素敵なことだろう。


   ***


 マサに初めて殴られた痛みは、どこかぼんやりした思考回路をピリピリと目覚めさせる。
 あ、今わかったことがもう一個増えた。俺、もしかしたらこんな痛い方法でもいいからマサに俺のこと、気にしてほしかったのかもしれない。ねえ、それって気づきたくなかったけど。
 違うところが痛くなるから、気づきたくなんてなかったんだけど…。
 俺は卑怯で自分が思うよりずっと、マサを大事に大事に想っているみたい。
 こんな拗ね方は最悪で、矛先の向け方はあざとくて、後先なんてどうでもよくて。マサを独り占めできる秋月先生なんて、やっぱりいなくなっちゃえばいいのにって思った。
 思ったんだけど、マサが俺のせいで、そんな辛そうないたたまれない表情をしてるの見たら、なんかもう、本当ごめんなさいもうしません。っていう反省が込み上げてきて、秋月先生がいなくなったら、マサの泣き顔見なくちゃいけないのか。それは嫌だなって思って、大体秋月先生に特に恨みがあるわけでもないし嫌いでもないし、という基本的なことも思い出して、俺が嫌われることより何より、マサが泣くのは嫌だなって思考に行きあたったら、

 秋月先生のこと、助けに行くしかないじゃない。


  2006.11.25


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