長谷川庸一のバレンタイン



 1.

 今年は、長谷川先生に渡そうと思って。これ。
 …ああ、今日は。朝からなんて、縁起が良いのだろう?
 あまりの出来事に、寝ぼけて聞き間違えたのかと思ったが、そうではないらしい。長谷川が呆然としていると、秋月は恥ずかしそうに顔を赤らめていらないんですか、と問いかけてくる。
 いらないわけがない。誰より欲しい相手に欲しいプレゼントが、嬉しくないわけがない。
 ありがとうございますと長谷川が微笑めば、そんなに喜んで頂けるなら去年も渡せば良かったですと、あの頃は余裕がなかったくせに、今年は幸せ一杯の笑顔でそんな風に、秋月は告げるのだ。
 三年という月日は長い。しっかりと好きな人は別の誰かのものに、なってしまった。
 魔が差したのであれ何であれ、目の前の身体に触れられた時が一瞬でもあったことが、なんだか夢のように不思議な気がする。自分の行為で、喘ぐ秋月が。
 視線に気づいたのか秋月は居心地悪そうに瞬きして、何か変なこと考えているでしょう。そう指摘し、意味深に表情を色づかせる。普段清廉に見えるこの男のふしだらな部分を、不意打ちで食らうと我慢できそうもないので、勘弁してください。降参すると、秋月は笑って長谷川の前から去っていった。
 むしろ日本的に言うのならば、今でもいや、今の方がずっとあなたのことを好きなんですと、告白できたらどんなにか、胸がスッキリするだろう。



 2.

 チョコレイトあげます、と羽柴が言うと長谷川は驚いたような表情になった。
 それはそうだろう。と羽柴自身もそう思うので、その反応はきっと正しい。間違っていない。
 安心させてあげようと思って、秋月先生にはもう渡しました。そう続けると、微妙に複雑そうなものに変化するから、言わない方がよかったかなと思ったけど誤解されるのも何なので、これでよかったんだと一人で納得する。誤解されるならギリギリ後藤まで、というのが羽柴の中のラインだった。それなら別に構わない。
 というか秋月だって、あげますと羽柴がチョコを差し出すと毒でも入っていそうな(失礼だと思った)ものを見る目で暫くその包みを眺めた後、ありがとうと言ったのだ。
 えっ、その反応先生失礼だよ軽く。と心の中だけでツッコミをいれて、羽柴は笑ったのだけど。
 どうして俺に、と長谷川が問うので先生もらえなさそうだから俺があげようと思って、そういうの嫌だった?と、やっぱりオブラートという言葉など微塵も見あたらない羽柴の言葉に、長谷川は絶句してしまう。ホワイトデーには三倍返ししてほしいです、と続けるとようやく笑って。
 生徒会長様は強気だな、と長谷川は言うのだった。

 俺が生徒会長になれたのは、長谷川先生のおかげだと思ってるけど。

 きょとんと羽柴が呟けば、二年連続で生徒会長になれるほど俺の権限は、ありがたくもなんともないんだ。馬鹿だなと、優しい大人の声がした。ついでに、頭も撫でられた。
 羽柴が不思議に思うのは、長谷川はいつもこんな風にしているならば、みんなから敬遠されることはないのに勿体ないなあということと、それはそれで、自分がまるで特別みたいだからくすぐったい気持ちになる。
 ありがとうと長谷川は礼を言い、大事にそれを鞄へ仕舞った。



 3.
 
 この日にプレゼントを受け取ったのは今年が初めてだと白状すれば、あの二人はどんな顔をするだろうか。
 食べ物は後に残らないけれども、きっとこの思い出は一生心に留めておこうと長谷川は思う。
 そんな気持ちを知ってか知らずか、秋月のプレゼントは小さなビターチョコレートとワインレッドのネクタイで。羽柴のプレゼントは、ハンカチ三枚セットと中にクッキーを挟み込んだ薄いチョコレートだったから、本当に、長谷川は嬉しくなって年甲斐もなく少し泣いてしまった。


  2007.02.07


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