初めての×××



「先生、今度の休み何したい?どこ行きたい?」
 後藤がそう尋ねると、ベットの中で眠そうに微睡みかけていた秋月が、ぱちっと目を開いた。覚醒した、というより文字通り硬まってしまったような恋人は、複雑な表情で黙り込んでいる。
 つきあっているんだろうな、とお互いに何となく認識しながらこうやって時間を過ごして、もうすぐ最初の週末が訪れようとしていた。後藤としては、一日中ずっと秋月の傍に張りついて、イチャイチャして過ごしたい。
 秋月は、どう思っているのだろう。というか、そういえばこの恋人がどんな休日を過ごしているのか、まったく後藤は知らないでいたことに気づいたのだった。
「あ…あの。そう、だな……」
「秋月センセ?どうかした?困ってる顔も可愛いけど」
「…後藤くんは、どういう風に遊んでるのかなって思って。僕は、その…本屋で本を買って、カフェでそれを読んだり、まったりしてることが多くて…。あんまり、遊びを…知らないから。恥ずかしいな」
 カフェでぼんやりと本を読む秋月の姿が明快に浮かんでくるような気がして、後藤は思わず頬を緩ませた。なんだかすぐに、想像ができる。
「あと、ね…部屋の掃除をすると、ちょっと自分がまともな人間になったみたいでスッキリするから。そういうのとか」
「別に恥ずかしくないよ。オレは、そんな先生を好きなんだから」
 ギュッと後藤が抱きしめると、腕の中の身体は安堵したように力を抜いて、ひっついてくる。
 自分より年上のこの人が、時折すごく頼りなく小さく感じられる時があるので、その度に大事にしたいと後藤は思うのだ。
「後藤くんにそう言われると、嬉しくて恥ずかしくて困る。ドキドキする」
「先生が喜ぶこと、もっといっぱいしてあげたいよ。ねえ、デートに行くならどこがいい?」
「わ、わからないよ…。後藤くんが行きたいところに、連れて行ってほしい」
 恋人同士の甘い雰囲気に、秋月は未だ慣れないようで、いつまでも反応が新鮮だった。
 学校では優しい先生、セックスの時は見かけによらず大胆で、こういう時間はそのどれとも、違う人。
「可愛いなあ」
 柔らかな髪を撫でる。この髪も薄い肉付きの身体も、繊細な顔も秋月を形作っているすべてのものが、好きだ。
 聞き取れないような小さな声が、独り言のように呟くのが聞こえる。
「………なんか、そういうこと、今まで縁がなかった」
 秋月は元彼に、あまり大事にされてはいなかったようだ。傷だらけの身体、アンバランスに感じさせる危うい何か、蓄積されたその痕跡を見せつけられると、後藤はもう、たまらなくて苦しくて変になりそうになるのだ。
「ああもう、ずっとこうしてたい。離したくない。オレ、服見たいんだけどつきあってくれる?」
「後藤くんの服選び?うん。楽しみだな…」
 後藤は割と、格好を気にする。それは少しでも秋月に対してのアピールというか、いい男でいたいという気持ちの表れなのだが、秋月はそんな気持ちを知ってか知らずか、嬉しそうに微笑んだ。
 学校では学ランなのだし、制服というのはより生徒という括りを強くする気がする。
 ただでさえ年の差が気になるのに、できることなら、せめて服装というツールを使って、秋月と対等に見えるような大人の男になりたいと思う。
「おそろいの小物とか…欲しいなあ」
「ほんと、可愛いこと言うね。また、したくなってくる」
 積極的に舌を絡めてきたのは、秋月の方からだ。こればっかりは、後藤も翻弄されてばかりなのだけれど。秋月は後藤の身体に乗りかかると、お互いの下半身を擦り合わせるように腰を動かし始めた。
「ちょっ、せ、先生…っ」
「ふふ。気持ちいい?僕も、したくなっちゃった。後藤くん、やらしい顔」
「いや多分先生ほどじゃない、あっ…や、ヤバイって……」
「僕、後藤くんの喘ぎ声聴いてるとすごく興奮する。もっと、声出してほしいな」
 可愛い恋人の願いでも、タチの自分が、恥ずかしげもなく喘いでしまうのはいたたまれない。後藤はそう思い必死で我慢するのだが、すっかり弱いところを知られてしまって、為す術もなかった。ハアハアと荒い息が、すぐに乱れて変な声が出そうになる。
「も、秋月先生…。無理、出る、付けるから、先生の中挿れさせて……」
「んっ…」
 押し倒しながら、キスをする。涎が唇の端から垂れて、みっともないけどどうでもいい。
 力関係は、ようやく逆転させることができた。秋月はせつない表情で吐息をつき、後藤にしがみついてくる。ねっとりとした粘膜がペニスにまとわりついて、死ぬほど気持ちがいい。後藤がじっと動かないでいると、焦れたようにもじもじと腰を動かす秋月が、扇情的で愛しくて、おかしくなりそう。
「動くよ、センセ」
 秋月が笑った。行為とは裏腹なきれいな笑顔を浮かべるから、よくわからないせつなさと焦燥感に襲われて、後藤はゆっくり奥へ奥へと、秋月の中へ浸食する。
「う」
 乳首を軽く引っかかれ、後藤は恨めしげな目で恋人を睨んだ。秋月はこんな時なのに、いつだって大人しくしてくれない。悪戯っぽい仕草でいちいち後藤を翻弄してくるから、可愛いやら憎たらしいやら、その余裕。
「きれいな身体。筋肉の付き方も男らしくて、大好き」
「…とか何とか言っちゃって、秋月先生が一番好きなのは、コレなんだよな」
「ぁ…ん、好き…後藤くんのおちんちん、好きだよぉ……」
 秋月の気持ちいいところを突き上げると、色っぽい嬌声が漏れた。
「いっぱいあげる。だから、先生ももっと…」
 もっと欲しがって、オレのこと。囁けば強くなるしがみついた手の熱さが、本当に大事に思えた。


   ***


 絶好の、デート日和だった。ドキドキして熟睡できなかったと、小学生の子供のようなことを秋月は言い、欠伸を噛み殺す。
 待ち合わせた駅前で、文庫本に目を通す秋月を発見した時の、後藤の喜びは筆舌に尽くしがたいものがあったが、頬がニヤけただけで、熱心に読書をする秋月に気づかれなかったのは、幸いだったかもしれない。
 切符を買って電車に乗って、どうでもいいような、とりとめのない会話をしながら店を冷やかして。
「後藤くんて、何でも似合うよね?格好いいから」
 ニコニコしながら心の底からそう感想を述べる秋月に、後藤はそれは先生。参考にならないよ、と苦笑する。
 広げられた二枚のTシャツは、一つは黒、一つは薄いピンク色。どっちも欲しいなら、僕が出してあげるよ?と楽しそうに続けられて、焦ったように後藤は、二枚ともそれを棚に戻した。
「ええ〜。どうして?何なら、僕はトータルコーディネートで全額出してもいいくらいなのに」
 放っておいたらそのまま二枚ともレジに持って行きそうな恋人を店の外へと連れ出して、後藤は肩を落とす。心の底から、早く財力の安定した大人に、なりたい。
「せ、ん、せ、い。男心を察してくれ」
「ふふ。拗ねる後藤くんはかわいい」
 秋月にかわいい、と言われるのはなんだか子供扱いされているような気がして、後藤は面白くないのだ。まあ、楽しそうで幸せそうでそんな秋月は何より、なのだけれど…。
「嬉しくない嬉しくない嬉しくない!」
「その否定の仕方が、ますますかわいい…」
「………………ちくしょう」
 どっちが好きだと問いかけても、秋月は後藤くんなら何でもいい、との一点張りで参考にならない。ある意味失礼ではないのか、とも思うが秋月は、本気でそう思っているようなので文句が言えない。
「だって、僕後藤くんの学ランにもときめくし、半袖にもときめくし、本当に何でもいいと思うから」
「それはどうも、ありがとうございます」
 目をキラキラさせてそんなことを言われてしまっては、為す術もないのだ。
「大体、先生は、何か買わなくていいの。さっきから、オレの買い物に付き合わせてばっかりで…」
「僕は自分のことより、黒かピンクかで真剣に悩む後藤くんを眺めてる方が、断然楽しいから!」
「ハハ…。なあ、ちょっと休憩しない?」
「あ、うん」
 ショッピングモールの中の、カフェに向かい合って座る。
「ここ、ピザが美味しいんだって。羽柴が言ってた。まあアイツの場合、彼女とデートじゃないけどな。秋月先生、ピザ好き?オレは特に、食べ物で好き嫌いとかないんだけど」
「うん」
「適当に頼んで、一緒につまもうぜ」
「うん…」
 紅茶とコーラに、店のオススメ一番人気のピザと、定番メニューのピザを頼んだ。カフェに入ってから、秋月はなんだか大人しい。気後れしているようなというか、どことなく落ち着かない様子で、視線をあちこちに彷徨わせている。
「センセ?疲れちゃった?」
「違う!そうじゃないよ。なんか、急にデートなんだって意識したら、緊張してきちゃって…。はしゃぎすぎて後藤くんが呆れてるんじゃないかとか、思ったら…なんか、」
 言葉を詰まらせる秋月の鼻をつまむと、潤んだ目が、不思議そうに後藤を伺う。
「先生そういう可愛いことは、家に帰ってから言ってくれないと。オレが困るだろ?まだ帰るつもり、ないのに」
「…りがと」
 視線を逸らせて、掠れた声がお礼を告げる。
 細い手をそっと優しく撫でると、ますます俯いてしまった恋人は、しゅんと鼻を小さく鳴らした。


  2007.09.23


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