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  2006.12.1


 後藤家・居間にて

「後藤、もうちょっと寄ってくれない?」
「………」
「あ、倉内。マサもう爆睡してる」
「ちょっと!こたつで寝たら風邪ひくよ!?後藤、起きなよ。ちゃんと布団で…」
「ふふふ」
「な、何?その生温い笑顔」
「ん〜。こたつってあったかいね。大好き」
「今、何か言おうとしたの思いっきりごまかしたよね?羽柴」
「俺たちも休憩しよ!寝よう、いい夢見ようよ〜」
「わかったわかった」
「へへっ。おやすみ、倉内」
「おやすみ、羽柴」
「寝てる時にもし足踏んでも許してね…」
「はいはい。でも、蹴るのは無しね」
「ハーイ」
「…って、早速蹴ってるから!お約束すぎるから!!」
「………」
「…僕も寝よ」

 三人の少年は、コタツで丸くなる。

 後藤は絶対的な信頼の元に羽柴には甘えてて、
 羽柴も羽柴で、倉内に甘えたり、叱ってもらえるのが好きで
 倉内は弱った時は、後藤に甘えるかなっていうバランスです。






  2006.10.26


「えっと、俺、ピザまんください」
「オレは黒豚まんってやつ」
「僕はそこのレアチーズまんっていうの、試してみようかな…」
 倉内が何気なく呟いた台詞に、両脇から不本意な視線が向けられる。
「ちょ、ちょっと何?あ、はい。120円丁度あります」
 何となくムッとして、どちらに文句を言えばいいかわからず慌てて財布を取り出して。
 倉内は先陣を切ってコンビニを出ると、形の良い頬を膨らませた。
「もう、僕が何頼もうが勝手…」
「俺それ注文してる人初めて見たよー。勇気あるよね。
 ね、ね倉内!一口だけちょうだい♪ほんとにちっちゃい一口でいいから…」
「前から思ってたけど、静ってゲテモノ好き…」
 人の話を、わざと聞いてない振りをする癖はこの際見逃してやるとして、
 聞き捨てならないフレーズがあった。今、間違いなく。
「誰がだよ!!!ほら羽柴、いいよ最初に食べて」
「だってさあ、お前こないだイカ墨のパスタ頼んでたじゃん?
 その前は、あーあれ何だっけ…。なんでラーメンが緑色なんだ?っていう……」
「うっるさいっなあ!僕はお前より知的好奇心が、ほんの少し旺盛なんだよ!!」
「あ、コレ意外にけっこうイケるかも〜。チーズが後に残るけど。うん、おいしい」
「マジで!!?大丈夫か羽柴、腹が痛くなったら早く言えよ」
「言っときますけど、後藤には絶対食べさせてやんないから」
「誰が食うかよ、そんなもん。バーーーカ!」
「ハア?バカって言う奴が一番バカなんです〜」
「………」
 いつもの調子で痴話ゲンカが始まってしまったので、羽柴は溜息の代わりにピザまんを黙々と喉に押し込んだ。ちょっとピリッとする味付けが、アクセントになっていい感じだ。
「小学生か、お前は!」
「僕はただ?後藤のレベルに、合わせてあげてるだけだけど。
 ふうん、小学生レベルなんだ〜。そうだよね、フミちゃんもほんっとうに大変だよねえ」
「………」
 後藤が手に持ったまま、一向に食べようとしない黒豚まんに羽柴は手を伸ばした。
 ぱくりと一口。悪くないけど、やっぱりピザまんがこの中では一番おいしい。もごもごと口を動かして、羽柴はペットボトルのお茶で口直しをする。
「あっ、何オレのまで食べてんだ、羽柴は」
「ええ〜だってえ、退屈だったんだも〜ん!
 あのねえ、秋月先生だったらきっと、肉まんマサに投げつけてるよ」
 自分で言いながら、羽柴は思う。それは是非、見てみたい光景だ。
 肉まんを後藤に投げつける秋月。投げつけられた後藤は、一体どんな反応を返すのか。…想像しただけで、面白すぎるんじゃないだろうか。
「絶対しねえと思う…」
「俺は呆れるだけだけどォ?慣れてるしィ。
 でもォ秋月先生はァ、ヤキモチ焼く権利があるんだもんね〜」
「ごめん頼むから羽柴そういう気持ち悪いこと言わないでくれる?鳥肌立ってきたから!」
 寒そうに腕を合わせて、倉内は表情を引きつらせる。
「うっせこっちの台詞だっつーの!」
「ハイハイ。ごちそーさまでしたー!!
 んじゃあ俺、塾に行ってくるから。二人ともバイバーイ」
 ひらひらと羽柴が手を振り、軽やかに二人を残して去ってしまった。
「………」
「………」
 微妙な間の後、後藤と倉内は顔を見合わせる。
「…オレたちも帰るか」
「…言われなくたってそうするよ」
 後藤と二人だけになると、羽柴がいる時とはまた違った雰囲気が流れている気がする。倉内はそんなことをぼんやり考えて、黙って後藤の隣りを歩いた。
「………」
「………」
 後藤が気持ちよさそうに、欠伸を一つ。
 気が緩んでいるのかもしれない。まあこんなことは、珍しくもない。
「…なんか寒くねえ?」
「…僕たちの間の空気が?」
 どうやら言わずもがな、だったようだ。
 むしろそんなの、今更な再確認。
「………」
「………」
 今日最後に見た後藤の顔は、溜息のような笑顔のような複雑な表情だ。
 もしかしたら自分も似たような顔をしているのかもしれないと、夕日の中で倉内は思う。
「…じゃ。オレ、こっちだから」
「また明日」

 直後同じタイミングで送られてきた二つのメールに、羽柴は思わず笑ってしまった。





  2006.06.24


「マサぁ、アイス買いに行こ〜。暑くて死にそう」
「残念だけど。羽柴、後藤なら既に死んでる」
 
 倉内の言うとおり、目の前には机にべったりな後藤の姿があった。
「………マッサあ、この暑い中寝てばっかりだと溶けちゃうよ…」
「いや、溶けないでしょ」
 澄まし顔で文庫本に視線を戻す倉内に、羽柴は何とも言い難い表情になる。
 応戦しようかとも思うが、これ以上騒いで暑い思いをしたくない。
「倉内はどう?アイス。美味しいよ〜食べに行こうよ〜」
「めんどくさいからいいよ、僕は」
「ケーチ!!!」
「あのねえ…」
 そうやってふてくされていると、本当にこの男が我が校の生徒会長なのかと倉内は、何となく頭が痛くなる気がする。…しかも自分が応援演説をした、という辺りが特に、だ。
「アイス!アイス!!」
「…もう、子供じゃないんだから。しょうがないな」
 仕方なく立ち上がった倉内に、羽柴は途端に嬉しそうな笑顔を見せる。
「あ、オレ。抹茶食いたいから宜しく」
 歩きだそうとした倉内の腕を掴んで、もそもそとした声がかけられる。
 後藤の顔は、机に突っ伏したまま。寝言にしては、随分と都合のいい…
「後藤も来なよね。食べたいんなら!」
 容赦なく狸寝入りの耳を倉内が引っ張ると、後藤は仏頂面でようやく顔を上げるのだ。
「……………」
「マーサ、おはよっ♪」
「……………」
 寝ていなかったくせに、不機嫌さだけは一丁前だ。
 倉内は形の良い唇を歪ませ、肩のこっていそうな後藤の背を叩く。
「ほら、さっさと行くよ。後藤も目を覚ましたら?」 
「…むっかつくなあ、本当。お前って奴は!」
「あ、すごい元気だねぇ。マサ」
「むかつくぅ?どこかの誰かさんほどじゃないけどね。誰とは言わないけど?」
「静、頼みがある。殴らせろ」
 肩を竦めた倉内は、脱兎のごとく走りだした。
 それを追いかける後藤の後ろ姿を見送り、羽柴はしみじみと溜息をつく。
「もう、二人とも元気良すぎ。…アイス買いに行こ」
 一人で買いに行くのが億劫だから、二人に声をかけたのに。これでは、何の意味もない。
「あーあ。生徒会会議の提案で、クーラーの設置でもお願いしようかな…」
 羽柴の呟きに、すれ違った生徒が切実な表情で頷いた。





  2006.04.11


 学校帰りの河原沿い、桜が満開に咲き誇るのを眩しそうに目を細め、三人は笑った。
「桜を見ると、今年も春が来たって感じ」
「そうだな。静にも、春が来ればいいな」
「…ねえ羽柴、コイツ川に蹴落としていいかな」
 思わず隣りの居眠り男に手が伸びかけた友人に、羽柴は首を横に振る。
「俺、泳げないから救けらんないし。ダーメ。まあまあ、これ食べて気を取り直してよ」
 羽柴が鞄から餅を取り出して、二人に差し出した。
「桜餅だよ。長谷川先生にもらったんだ」
「へえ、気が利くね。長谷川先生にしては」
「うん、結構いけるぜ。…腹がいっぱいになったら眠くなるのって、何でだろうな?」
 寝言のように問いかけてくる後藤に、倉内と羽柴は顔を見合わせる。
 やがて自分の膝に重い体重がのしかかってきて、倉内はますます渋い顔になった。
 相手を間違えているんじゃないかとか、あんまり気持ちよさそうなので文句が言えない。
「来年も、こんな風に桜が見られるといいな」
 柔らかい後藤の声が、ふわりと春風に溶けていった。





  2006.02.11


「これ、やるよ。いつも世話になってるような気がしないでもないからな、お前らには」
 寝言のように呟いて、小さな箱を二人の友人に放り投げると、後藤は盛大な欠伸をした。
 倉内と羽柴は顔を見合わせ、続いて受け取ったチョコらしき物体をしげしげと眺める。
「毒でも入ってんじゃないの?ねえ後藤、いつも世話になってるような気がしないでもない、じゃなくて
 実際、僕たちは、いつもお前の世話をしてやってるんだから本当感謝してほしいんだけど」
「おまえかえせそれ」
 緩慢な動作でプレゼントを奪い取ろうとした後藤だったが、羽柴に機嫌良く抱きつかれう、と呻く。
 相変わらずそのタイミングが素晴らしく、倉内は内心で感心してしまうのだが。
「マーサっ、ありがとっ♪俺、ホワイトデーには手作りクッキーでお返しするからね!
 倉内の分もちゃんと作るから、楽しみにしといてねっ」
「…そこでウインク、いらないから!」
 どうも駄目なのだ。後藤と羽柴が会話すると、鳥肌の立つような薄ら寒い方向に持って行かれる。
 それが倉内には我慢ならないのだが、ある意味でからかわれているのだと本人は気づいていない。
 羽柴は上機嫌のまま、笑い声を上げる。
「アハハッ」
「もう…」
 こう見えて完璧主義の羽柴のことだ、おそろしく練習に練習を重ね、さぞ美味しいものが
 期待できるに違いない。
 一ヶ月も先の話だが、楽しみだとまるで自分の悩みを隅に追いやるかのように
 倉内はぼんやり、思いを馳せてみるのだった。  
「本命にはもう渡したの?後藤」
 一応教室ということもあり、気を遣ってそう尋ねてみる。
「ノロケ話でも聞きたいのか?お前は」
「全っ然」
 どうやら、愚問だったようだ。
 チョコを食べてもいないのに胸焼けがしてきて、倉内は溜息を零す。
 何か言いたげな羽柴の視線から目を逸らし、未だ渡せないでいる鞄の中身から気も逸らした。





  2005.07.29



 夏の午睡


 後藤はどこで手に入れたのか、団扇を仰ぎながら図書室のドアをくぐった。
 棚に本を戻していた倉内が、その姿を目に留めて驚いた表情になる。その態度は後藤に笑みを浮かばせて、倉内は内心溜め息を殺すのだった。
「夏休みでも毎日、図書室通いなのか。お前…ご苦労様だな」
「何、その嫌味。後藤こそ、わざわざ休みの日に登校なんて、どういう風の吹き回し?」
 大方、何か理由をつけて秋月に会いに行くのだろう。
 どうせ違う場所で逢瀬を重ねているくせに、夏の気温をどこまで上げるつもりなのか。 
「オレは、ちょっとシバちゃんに進路の相談をだな」
「へえ。担任のシバちゃんというより、そのシバちゃんと席が隣りのフミちゃんの方が目当てな気がするけどね。後藤の場合」
 団扇から送られるひらひらと生温い風を受けながら、倉内は肩を竦めた。
「ああ、まあ外れてはいないな」
 否定しない。
 この男は自分の恋愛感情を、さらりと肯定してみせる。いつだって。
 図書室は冷房が効いているはずなのに、なんだか暑くなってきたように倉内は思う。
「…温度上げないでくれる?まったくもう」
「シバちゃんは今、部活の真っ最中だからな。暇つぶしに寄ってやったんだ」
 不遜な物言いをする癖に、どこか陰のある佇まいのせいで偉そうに感じない。
 そういうところがたまらなく腹が立つんだと、倉内は形の良い唇をとがらせた。
「それはどうもありがたいことで〜。むしろ、真っ直ぐ職員室に向かえばいいじゃない」
「……いや」
 曖昧に、後藤は言葉を濁して倉内から視線を逸らす。
「僕の顔を見たかったなんて、気色悪いこと言ったら今すぐここから追い出してやるから」
「……なんか、最近会ってなかったから。浮かれてるの、落ち着かせようと思って」
 男のはにかみ笑いなんて、見たところで心が動かない。
 倉内は不快な気持ちになり、少しだけ乱雑に本を扱ってしまった。
「それでここにねえ。僕のことをどう思っているか、よーっくわかりました!ごちそう様」
「何怒ってんだ、静…」
 ずっと一人の人間だけを、想っていればいいのだ。
 後藤も、自分も。その先の未来なんて、結局はなるようにしかならない。
「怒ってない。生徒会室にでも行って、羽柴に甘やかされてれば?」
 我ながら良い提案だと思ったのだが、却下された理由はコレだ。
「ちなみに生徒会室にはもう行ってきたけど、オレがいると羽柴が仕事しなくなるから出ていってくれって、他のメンバーに懇願されてだな…」
「あ、そう」
 短く切り上げる。後藤は大きく欠伸をして、眠そうに目を擦った。
「なんで、しばらく昼寝さしてくれ。一時間後くらいに、適当に起こして」
「……確かにここは、クーラーが効いて寝るには最適かもしれないけど…って、もう寝てるの?後藤…。信じられない」
 独り言のように呟いて、倉内は定位置のカウンターへ腰を下ろした。

 暫くして、図書室に訪れた友人に倉内は思わず笑ってしまう。
 羽柴は今更、そんなこと少しも気になどしなかったけれど。
「お邪魔しまーす。マサ、ここに居る?」
「生徒会は?まさか、放ってきたわけじゃないよね」
 悪戯っぽく口元をほほえませ、羽柴は両手でピースしてみせる。
「速攻で終わらせてきたんだって!褒めて、倉内」
「えらいねー、羽柴は。頑張りやさんだねえ」
 呆れるやら感心するやら、本当にこの二人の仲の良さ。
 嫌味なのか褒めているのか、自分でも倉内にはよくわからなかった。
「エヘヘッ。俺も、寝よっかな」
「……いいけどね。別に。おやすみ、羽柴」
「オヤスミ〜」

 あまりに気持ちよさそうな寝息がふたつ聞こえてくるおかげで、倉内は何度も、欠伸を噛み殺さなければならなくなった。
 何の気紛れか自分の隣りで、作業をしている陣内をそっと盗み見る。すぐに視線に気がついた想い人は、確かに笑ったけれど視線は落としたまま。





  2005.05.02


「後藤、古文の教科書貸して」
「………後藤なら、寝てる」
 警戒しきった表情で、頬杖をついたまま倉内は代わりに返事をする。
「最近、よく後藤に物を借りに来るみたいだけど。
 この間教科書に、おかしな落書きしてあったの見たよ。本人は、気づいてないけどね」
「後藤に物を借りるには、つきあってる倉内の許可をもらわなきゃいけない?」
「…だっから、つきあってない。勝手に持っていけば?」
「どうも」
 それは、笑顔のつもりなのだろうか。
「志賀」
「何?俺に何か用?」
「後藤に、何を望んでるのか知らないけど…」
「何も、望んでなんかいない。安心すれば?別に、手を出したりしない。
 ただの貸し借りだよ。本当にそれだけだ」
「なら、いいけど…」
「そんなに大事かな。後藤のこと」
「…誤解しないでもらいたいんだけど。
 僕は忙しい友人の代理で、コイツの心配をしてやってるだけなんだから」
「まあ、俺にはどうでもいいよ」
「とにかく、後藤にはおかしなことしないでよね」
 何か言いたげに肩を竦めて、志賀は教室を出て行ってしまう。
 なんだかもう、このポジションもいい加減うんざりだと思いながら。
 倉内は溜息を殺して、幸せそうに寝息を立てる後藤から目を逸らした。





  2005.03.12


「マッサぁ、いつまで寝てるのさ」
 背後から羽柴にのしかかられて、後藤は低い声で呻いた。
 振り返れば嬉しそうな笑顔が自分を捉えていて、文句を言い忘れてしまう。
 クラスは離れてしまったが、羽柴の人なつっこさは相変わらず。何かにつけて遊びに来ては、こんな風に元気な顔を見せる。
「放っておけば、後藤は夜まで寝てるよね。
 寝る子は育つっていうけど、今年は多分僕が身長追い抜くと思う」
「お前、まだ伸びてんの?」
「まあね。後藤は、一年の時からもう成長止まってるもんね。ご愁傷様」
 可愛げなく唇をとがらせて、倉内は勝ち誇ったようにほほえんだ。
「俺も俺も!今成長期だから、そのうちマサのこと抜くと思う」
 あどけない笑みを浮かべる羽柴から視線を逸らし、後藤は溜息をついた。
「羽柴に抜かれるのはともかく、静に見下されるのは我慢ならねーな」  
「へえ、いいこと聞いた。憶えとく。その時が、今から楽しみだね」
「お前な」
「…二人とも、毎時間そんなんでよく飽きないよね」
 感心したように頷いて、羽柴は軽やかに教室を出て行ってしまった。
「ちょっと、誤解解いてくる」
「……戻ってこなくていいぞ。静」
「………後藤こそ、永遠の眠りにでもついたら?」
 不毛な睨み合いの後、ピシャンと煩くドアが閉まる。
 肩を竦めて、後藤はもう一度目を閉じた。


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