SとM



 彼はそのサイトで、「S氏」と自らを名乗っていた。要は、ハンドルネームである。他のメンバーはそれに対して、「サディストのS」だなんて言っていたのだけれど…おれは名字が槙というので、マキと名乗っている。実際、そう呼ばれることが多いし。
 最初はちょっとした暇つぶしのつもりだった、チャット中心のコミニティサイト。今では、日課になってしまった。そのうちにS氏とツーショットチャットばかりするようになって、おれの青春は本当、方向性を見失っている。

「マキくんはさ、本当に可愛いね」
「可愛いも何もネット上のやりとりだけで、そんなのわかるわけないじゃん…。S氏も、女の子に言いなよ。そういうのは」
「そういうところが、本当に可愛いよね。ねえ、今どんなパンツ穿いてるの?」
「S氏………」
「言えないほど恥ずかしいパンツ?w」
「別に、普通のボクサーパンツだし!!!!!馬鹿じゃないの?」
「照れてるマキくんも可愛いね」
「S氏は普通に キ モ イ と思うよ」
「でも君、毎日僕に会いに来てくれるじゃない。キモイおっさんが趣味なの?変態だね^^」
「…………………」
「僕ねえ、これでも自分の容姿には割と自信があるんだよ。逆ナンパなんて珍しくないし」
「自慢ですか…」
「マキくんが、僕を好きになる自信がある」
「はあ?」
「だって、マキくんはもう僕を意識してる。僕も、マキくんを意識してる。僕たち両思いだ」
「ちょっと待ってよ。おれは、ただS氏が何者なのか不思議に思っているだけ」
「僕に興味があるんだ?いいよ、何でも教えてあげる。勃起した時のチンコの大きさは、」
「聞いてねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーよ!」
「今度見せてあげるね♪」
「ね♪じゃねーよ。あのさあ、すぐ下品な話題にもっていくの止めない?」
「じゃあ、君のこと教えて。好きな色は何色?好きな匂いは?好きな飲み物は?お茶、珈琲、炭酸?猫派犬派?」
「青。家に帰った時のご飯の匂い、お茶なら何でも、可愛ければ犬でも猫でも」
「なんていうか、健全だよね。マキくん。汚したくなるね」
「普通って言ってよ…」
「普通って何だろうね。僕、よくわからないなあ。大多数っていうこと?マキくんは普通じゃないよ。特別だよ」
「S氏に普通という概念について語られたくはない、かな…」
 
 S氏とのやりとりは、初めはおれの、小さいけど重要な悩み相談をS氏が聞いてくれる…そんな感じで、いつしか徐々に形態を変化させていった。
 おれにはあまり仲の良くない、どう接していいかよくわからない六歳上の兄がいて、就職をしてもまだ実家にいる兄に、時折ストレスが溜まってしまう。嫌いというわけじゃないんだけど、大好きとも言えない微妙な距離。S氏は兄と同じ年齢だったから、相談してみようと思ったのだ。あれがすべての、間違いだった。それからおれと兄との関係が変わったかといえば、別に変化もなく。
 今じゃツーショットチャットで、なんだろうなこれ…と時々我に返ってしまうような、微妙な時間を共に過ごしている。夜の11時。それがいつのまにか、示し合わせたように、おれたちの夜の始まりの時間になっていた。
「最近、夜遅いんだろう。こう」
 夕飯が一緒になった兄がおれに、そんな風に話をきりだす。
「何で知ってんの?お兄ちゃん」
 高校生にもなって、お兄ちゃんと呼ぶ間柄。それは兄貴と呼べるほどお互いが精神的に成長していないのと、他の呼称で呼べるほど、親しくないからこそである。
「明かりが漏れてるからな。あったかくしとくんだよ。こうは昔から、すぐに体調を崩すんだから。お兄ちゃんは心配だよ」
「…わかってるよ。おれだって、いつまでも子供じゃないんだしさあ」
 兄は昔から、小言が多い。げんなりする。
「子供じゃなくたって、いつまでもこうは僕の可愛い弟だからね?」
「おやすみ!」
 うちは母子家庭で、兄はおれにしょっちゅう気持ちの悪い世話を焼く。彼女を連れてきたこともなく、外で上手くやっているのかもしれないけど、おれにとって兄はなんだか得体が知れない。母は水商売で忙しく(ありがたいと感謝してる)、兄は一人で、母と父と兄の三役をこなそうとしているのか…確かに今日の夕飯だったロールキャベツも最高に美味しいけど、それでもやっぱり腑に落ちない。だからおれはあんまり関わらないように、当たり障りのない会話しかしようとしない。
 そのはず、だったのに。

「ねえ、マキくん。僕に会いたくない?」
「幻滅されそうだから嫌です」
 そんなのは、まっぴらご免だ。そんなの、というのは幻滅されることにではなくて実際に顔を見る、ってこと。ネットを介しての他人だから、秘密も打ち明けられるし楽な関係だっていうのに。だからこそ安心して、数々のセクハラ発言(大体、年下の同性の男にだよ?)も受け流すことができたわけで。
「可愛いこと言うね…。あるわけないじゃない、そんなこと。僕がそんなに、君に幻想を抱いていると思ってる?」
「S氏が何を考えてるかなんて、おれにわかるわけないじゃん」
 考えたくもない。おれのこの日常の習慣は、暇つぶしに近い深い意味のないものなんだし。
「君に悪戯がしたい」
「犯罪者予備軍^^」
「ところで、マキくんって童貞?」
「チェリーですみません。…いや、別に謝る話でもないか」
「僕が、すっごく気持ちいいことをしてあげるよ」
「きもい」
 おれはS氏に対して、何度こんな罵詈雑言を吐いてきただろうか。今日はそろそろ落ちた方がいいかな、と思ったりなんかする。エスカレートするから、S氏の発言て。
「今すぐにでもいいよ。君が望むなら」
「何言っちゃってんの?パソコン越しにご主人様ごっことか勘弁、」
 そこまでキーボードを叩いた時、おれの部屋を誰かがノックする音がした。
「マキくん」
「え?」
 セリフと声が、一瞬、リンクしなくて…おれは呆然とドアを見つめる。
「マキくんの初めてを、もらいにきたよ」
「お、お兄…ちゃんの声、なん、だけど……。えっ、嘘、だって」
 ゆっくりとドアが開いた。そこに立っていたのは紛れもなく、おれの兄だった。兄の名前は確かに真一(しんいち)というので、S氏というのは嘘ではない。ちなみに、おれは昂治(こうじ)という。でも、それにしたって。誰が想像するだろうか、そんなS氏の正体を。
「その考えは…なかったわ……」
「槙は僕の名字でもあるからね。盲点だった?」
「なんの、冗談だよ。笑えねーよ…」
「僕のことで悩むマキくんが、いとしくてたまらなかったよ」
 そこにほんの少しの怒りでも見いだせれば、まだ、おれが心の底から恐怖を抱くこともなかっただろう。幸か不幸か、兄はまったく、この状況に苛立ちなど感じていないようだった。
「マジで気持ち悪い………。っていうか、実の弟に欲情できるの?」
 おれの素朴な疑問は、もしかしたら何かを通り越していたかもしれない。
 兄がドアを、さりげなく後ろ手に鍵を閉めてにこっと笑う。おれはなんとなく後じさって、表情を引きつらせた。
「スキンシップだよ、スキンシップ。これも一つの愛情表現。素晴らしい家族愛じゃないか」
「いやいやいやいやいや」
「お兄ちゃんには何にも話してくれないくせに、見ず知らずの他人には心を開くなんて、寂しいな。S氏は僕だから、そんな不毛な嫉妬なんてしないけどね。まあでも、こうの身体がきれいなままでよかった」
「お兄ちゃん怖いです」
「高校生になってもお兄ちゃんって呼んでくれるこうって、本当に可愛いよ。ムラムラする」
「……………」
「お前は他の、誰にもあげない。僕だけのものでいて」
「…本気……?」
 尋ねるまでもなかった。昔から兄は冗談を言うのが下手だったし、ブラコンなのは日々、実感していることだ。そして兄の本気、というものにおれが敵うわけはないのだと、幼少の頃からの刷り込みが絶望を増長する。
 体温が下がる。人生最大のピンチだ。兄が弟をそんな目で見ていたとは、知りたくなかった…。怯える弟を目の前に、何にもしていないのに兄の下半身はもう、正直説明もしたくないほど、見てわかる状態。
「変態。犯罪者。最低。気持ち悪い…」
 そうだね、と短く同意して兄はおれに馬乗りになった。
 この男と同じ血が自分にも流れているのだと思うと、おれは吐き気が込み上げてきて、せめてもの反撃に遠慮無く嘔吐してやった。兄は想定の範囲内だったのか、素早く処理を済ませると(もう何もかも信じられない)おれを連れて風呂場へと直行する。
「風呂場は狭いんだけど、シャワーを浴びてなかったから丁度いいかな?ね」
「死ね」
 今のおれの、兄に対する一番素直な気持ち。
「こう…。ツンデレなんて今更、時代遅れだよ」
「もう会話すんの止める。お兄ちゃんなんか大嫌いだ」 
「そんなこと言われると愛の告白みたいで、僕は興奮してしまうな」
 兄はウキウキしながら、おれの服を順調に脱がせていく。どうせ逃げられないし家を飛び出しても行くあてもないおれは、もはや抵抗する気力もなく、悲壮な表情で自分の人生を憂う。
「終わってる」
「きれいにしてあげるよ、こう。昔はよくこうやって一緒に風呂に入ったよね。懐かしい」
「思い出まで汚すな…」
 洗ってもらう、という行為と真逆ではないだろうか。これは?
 兄の手が、ぬるぬるとおれの身体を滑っていく。石けんの匂い。兄はどこまでもご機嫌だ。一瞬チラ見しただけだけど、結構兄のナニはでかい。おれのはますます、萎縮するばかりだった。怖すぎる。
「可愛いこう。愛してるよ」
 抵抗?おれの生活は、なんだかんだ言って、兄の犠牲の上に成り立っているのである。家事全般は兄の仕事だし、毎月お小遣いも貰っている。ご飯は美味いし、家の中が散らかっているところなんて見たことはない。良くできた兄だった。後ろ暗いところなんて、何もない完璧キャラが苦手だった。
「…んんっ…………」
 ああ。昨日までのおれの兄に対する悩みが平和でちっぽけなものに感じられて、滑稽だ。いつからとかどうしてとか、返ってくる答えが恐ろしくて、尋ねる気にすらならない。今更解明したって、無意味だ。
 段々と変な気持ちになってきた。いやらしい手つきで泡を身体に塗りつけられて、おれの息は乱れてくる。萎えていたものが、ムクムクと勃ちあがってくるのがわかった。
「こう、感じてるんだ?お兄ちゃんにエッチなことされて、おちんちん硬くなってるよ」
 この変態!死ね!いや死なれたら困る…ああもう、訳わかんない。お兄ちゃんの馬鹿!!
「…ぁ…ぁあっ……や、めっ、て…」
 兄はわざとおれのちんこを避け、マッサージというよりはエロ親父の手つきそのもので、尻を隆起に沿って撫で回した。恥ずかしい話だけどおれは感度が敏感になってきて、それだけで膝がガクガク震える。
「やあっ、ああん…お兄ちゃ……」 
 そんなところより、ちんこを弄ってくださいとは死んでも言えない。かといって、自分で弄るのを兄に見られるのはもっと嫌だ。
「ギャッ…!?」
「ん?アレ、指が入っちゃった。まさかこう、アナルオナニーなんてしてないよね?このお尻、お兄ちゃんしか触ったことないよね?」
「あ…抜いて…!痛い、痛い痛い痛い!!お兄ちゃん、お願い!やだぁ…」
 おれは泣きながら、冷たい壁にしがみついた。兄はそんな弟に、無情なトドメを刺す。
「今夜のこと、一生忘れないようにもっと僕を感じて…。何度もヤればそのうちに快感になるから、笑い話になるよ」
 一生だとか、何度もだとか…。もうやだ、勘弁してほしい。痛くて死にそう。
「自分でおちんちん弄ってみな?そうしたら、痛いのも気持ち良くなるから。こうのオナニー見せて、お兄ちゃんにだけ」
 前言撤回。この痛さが少しでも和らぐなら、形振りなんて構っていられない。おれは自分のちんこを扱きながら、情けなく鼻水をすする。
「ぐすっ…うう…はぁ…はぁ…」
「恥ずかしいの?可愛いこう。僕も、いつもこうのお尻の孔に挿れたいって思いながらオナニーしてた…。でもこれからは、それが実現するんだからする必要もないね」
「…ぁ……」
 尻が割り広げられ、とうとうこの時が来てしまった…。兄のヌルリとしたちんこが、おれの身体を裂こうとする。恐怖と激痛のあまり、何も声は出なかった。
「ああ、キツイ…!おちんちん、根元まで挿れるよ?こう…こうの奥まで突いてあげる」
「っ!」
 兄は遠慮無く、尻を掴みグッと腰を押し込んでくる。それから、ピストン運動を始めた。
「いやあ!…うっ、うっ…アアーッ!やだっ!」
「こうの中、熱くて気持ちいい…。すごく締まって…最高…!はぁ……」
「…ぁああん…あぁ…はあん……」
 大きなよがり声が出てしまう。ビクビクおれの中で、兄のちんこが蠢いている。お尻を突かれ、泣きながらオナニーする弟。不意に兄はおれの身体にぴったりしがみついて、動くのを止めてしまった。
「おにいっ…」
「おちんちん、もっと欲しい?気持ちよくてたまらないよね?こう」
「…ぃや…嫌ぁ…嫌い…お兄ちゃんなんか…っああ!」
 制止していた動きが再開する。おれの内壁を抉るように、貪るように。ズブズブと兄は腰を動かす。この変態!なんて罵っても、どうせ痛くもかゆくもない。
「こうは素直じゃないね。嫌がられても悦ばれても、おれはどっちにしろ萌えられるけど…。飲んでもらうつもりだったけど、中に出すよ。お兄ちゃんの精子」
 どっちにしろ最低な二択だ、というのは後から思い返して怒りが湧いたところ。おれはそれどころじゃなかった。何でもいいから、早く楽になりたかった。
「ひっ…あ…ああああんっ!」
 何かが弾けたような気がして、ようやく兄のちんこが抜かれた。おれの尻から、白くてトロッとした液体が太腿をつたう。涙は嗚咽に変わった。
「…ううっ…ふぇ…う…う…ぐすっ……」
「僕はただ、きっかけを作っただけだよ。こう。可愛い弟を手に入れる為の、ね」

 開き直った変態だけは、もうおれの手には負えない。


  2007.12.27


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