Monday



「いらっしゃいませ、こんばんは。…マンデイさん来たよ。充君」
「森上さん、ありがとうございます。いらっしゃいませ!」
 通称マンデイさん。見たところまだ若いその人は、月曜日の夜にだけ決まって、このコンビニを利用する。俺は大学生で、月水木とコンビニの夕勤でバイトをして、小銭を稼いでいるのだ。一人暮らし故の親からの仕送りは正直、甘やかされてて生活する上、遊んでもおまけがくるくらいの額。でもまあ、ちょっとは堅実なところも見せないとっていうので…家から一番近かったバイト先の、コンビニを選んだ。
 森上さんは頼りになる一歳上の先輩で、爽やかな女の人。俺のことを、弟みたいに思っているらしい。俺と森上さんが、シフトが一緒になることが多くて自然と仲が良くなって、時々買い物に付き合ってもらったりもする。森上さんには彼氏もいるし(俺は、その彼氏とも仲がいい)、俺はどうやらゲイのようだから、二人の関係がどうにかなるなんてことはないのだけれど。今までは、恋愛に興味がないから女の人を好きになれないんだと思っていた。でも違った、俺は男が好きだったのだ…そして、俺はマンデイさんに恋をしているのだった。
 マンデイさんは背が高くて、格好良くて、落ち着いた雰囲気で、でも堅そうに見えるわけじゃなくて、微笑んだ時の柔らかい表情とか、たとえば街ですれ違っただけで、全員が全員振り返ってしまうようないい男。モデルみたいに、手足が長い。歳は、二十五歳くらいに見える。もしかしたらもっと若いかもしれないし、三十を超えてるかもしれない。
(今日もかっこいいなあ…)
 俺はレジで、雑誌を立ち読みするマンデイさんに見惚れた。
「目がハートになってるよ、充君ってば」
「からかわないでくださいいい」
 知り合ったばかりの時、彼女がいないという俺に、森上さんは紹介してあげるよ?とおせっか…親切に申し出てくれた。どうやって断ろうか熟考した末、俺は隠してもいずれバレるだろうし、森上さんにならいいかと思い、自分の性癖を話して。俺の身の上話に、森上さんは「ふーん、そうだったんだ」とたった一言だけ感想を述べた。別にからかうことも、それ以上つっこんで聞きたがることもせず、俺にとってはありがたい返事だった。
「でもホント、マンデイさんは自由って感じね。今日も」
「何、やってる人なんでしょうね…。生活が、全然想像できない」
 クォーターとか、ハーフとか。そういう人種のような気がする。落ち着いたブラウンの髪は、自然なパーマ。服装は女の人が好きそうな、センスの良い落ち着いたカジュアル。この間はスーツを着ていたし、本当に、マンデイさんは謎の人物だ。
「お願いします」
 マンデイさんが、カゴを持ってレジに並んだ。サンドイッチに野菜ジュース、パスタ、缶コーヒー。今夜の晩ご飯なのかもしれない。自炊はしないのだろうか。
「マルボロライトください」
「マルボロライト、ですか?」
 そのリクエストに一瞬、俺は戸惑ってしまう。先週までの煙草の嗜好は、確かマイルドセブンだったから。俺の思考回路がすぐに読み取れたのだろう、マンデイさんはなんだか困ったような笑顔を浮かべ「変えたんです」と教えてくれる。それから、意味深なセリフを言った。
「飽き性みたいで、続かないんです。何でも」
 整った唇が歪み、それがあまりに色気があって、俺は惚けたようにマンデイさんを眺める。
「君は、学生さんかな?いつもありがとう」
 マンデイさんが煙草の銘柄以外のセリフ、(お願いしますとありがとうは除く)を喋ったのは初めてで、俺は舞い上がった。いつも、ということはマンデイさんに憶えてもらっていたのだ、俺を。…嬉しすぎる。
「あ、いえ…。あの、俺、お客様が来てくださるの、いつも楽しみにしてるんです」
「僕を?ふふ、これからもよろしくね」 
 一人称は、僕ときた。かわいかっこいい…。言葉遣いも、言葉選びも、マンデイさんにお似合いすぎる。冷静によく考えてみたら、こういう言葉を聞き慣れている流しっぷり。まあ、モテる人なんだろうとは思ってた。でもそんなものは、マンデイさんの笑顔に、一瞬でかき消されてしまう。テレビの中の人みたい、オーラ全開で。
「はい!ありがとうございましたっ」

 マンデイさんは、それ以来ぱったりと姿を見せなくなった。
 週一日の寄り道ですら、飽きてしまったのだろうか?俺は気になって気になって、なんだかマンデイさんが心配で、毎日を上の空で過ごしていた。
 偶然マンデイさんを見かけたのは、講義が全部終わった夕暮れ時の帰り道。三ヶ月ぶりのマンデイさんは、迫力のある外人と口論していた。英語らしく、理系の俺には何が何やらわからない。二人とも端麗な容姿なので、まるでそこだけ別世界のような異様な空気が漂っている。映画の撮影、といっても通用しそうなほど、息が詰まりそうな緊迫感。
 やがて外人はマンデイさんを殴りつけ、何かを罵って、大股で去っていった。軽く吹っ飛ばされてしまったマンデイさんは、コンクリートの地面から起きあがり、溜息をついている。
「マンデイさん!」
「え?」
 考えるよりも先、俺はマンデイさんに駆け寄っていた。
(こ、こんな綺麗な顔を殴る奴がいるなんて…!)
 マンデイさんはきょとんとした表情をしていたけど、暫くしてようやく俺が誰なのかはっきりと認識できたらしく、おかしそうに唇を歪めて笑った。
「だ、大丈夫ですか?」
「慣れているから、どうってことはないんだよ」
 激しく動揺している俺をよそに、片手を上げてマンデイさんはとんでもない発言をする。
「…なんで」
 そんなことを赦しているのか、とか。立ち入ってはいけない事情がある気がして、俺は黙り込んだ。俺とマンデイさんは友達でも何でもなく、ただの顔見知り。余計なツッコミは、迷惑になってしまうだろう。
「でも、もう大丈夫なんだ。今さっき、彼とは別れたから」
「えっ…」
 マンデイさんてゲイだったの?とか、元彼が外人でDVとかさすがマンデイさん、とか。あ、じゃあ今は恋人いないのだろうか、とか。別に事情を話してくれたことに深い意味はないよな?とか、俺は忙しく頭を動かす。
「月曜日に会うから、マンデイさん?」
 その美貌に上目遣いは、俺にとっては相当な威力を発揮する。赤くなりながら、罰が悪くて俺は笑いで誤魔化した。もっと、センスのあるネーミングにすれば良かっただろうか?けど、結構マンデイさんという呼び名は気に入っている。
「あ…。そ、そうです。すみません、つい」
「いいよ。悪いけど、手を貸してくれるかな」
 マンデイさんと手を繋げるなんて、今日の講義も寝ずに頑張った甲斐があった。
 立ち上がったマンデイさんは、ふと俺を引き寄せて―――…
(キ、キ、キ、キ、キス!?マンデイさんと…ま、さか……)
 柔らかい唇はすぐに離れ、マンデイさんはペットをあやすような仕草で、俺の髪を撫でる。
「え、ええっと…」
「月曜日だけじゃなくて、他の曜日でも僕と会ってくれませんか」
 敬語が混ざる、柔らかいマンデイさんの口調。言われた意味を、俺の目がおかしくなければほんの少し上気したマンデイさんの白い頬を、自惚れでなく、多分理解した。
「あの、俺、マンデイさんのことを好きなんです。俺は色々と経験不足で、マンデイさんのことを満足させてあげられないかもしれないですけど、でも、絶対大事にします!こう見えて料理は得意ですし、浮気もしないし暴力も振るいません…」
 俺の決死の告白に、マンデイさんは端麗な顔をぷるぷると苦しそうに震わせる。
 笑いを必死で堪えているんだ、ということに気づいたのは、マンデイさんが目尻の涙を拭いながら吹き出してから。
「…真っ直ぐ……だね…っ。いいねそういうの、凄く好き」
「っ…もっかい、言ってくれませんか!?」
「好きです。君のこと」
 マンデイさんが俺を見てる。マンデイさんが俺を好きだって、マンデイさんが…。
(鼻血が、出そう。興奮しすぎて)
 ドキドキしすぎて、俺の心臓がマンデイさんにまで聞こえているんじゃないかと思う。
 マンデイさんが「僕も、もう一度聞きたいな」。そう言って微笑むので、俺の声はひどく掠れて、視界はぼやけるし、最高にかっこ悪かったけど、すごくすごく幸せだった。


  2007.09.26


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