「……おい、天野」
「な、なに?」
 隼人にぎろりと睨まれ、天野は少し引きつった笑みを浮かべる。
「お前、言ったよな。『掃除当番手伝ってくれたお礼に隼人くんにご馳走してあげる!』って」
「う、うん。だからこうしてお弁当作ってきたでしょ?」
「だったらなんで!」
 びしっと隼人は隣に座っているリョーマを指差し、叫ぶ。
「リョーマも一緒にお前の弁当もらってんだよ!」
「……人のこと指差さないでくれない? 山ザルの住んでた山奥じゃ、そういう礼儀は教えてくれなかったのかもしれないけど」
「ぁんだと、コラ!」
「まぁまぁ、二人とも喧嘩しないで、ねっ? リョーマくんは俺のほしがってたCD見つけたからって買ってきてくれたから、そのお礼なんだよ。せっかくだからみんなで一緒に食べた方が楽しいと思ってさ」
「楽しくねーよ!」
「同感だね。意見が合っても別に嬉しくないけど」
「あはははははは……」
 天野は汗ジトで笑い声を上げた。んっとによー、と隼人は渋い顔をする。天野はいい奴なんだが、ことあるごとに自分とリョーマの仲を取り持とうというか、仲良くさせようとするのが気に食わない。
 実家を離れ、従妹の巴と一緒に青学に入学して一ヶ月と少し。そして、リョーマの家に居候して一ヶ月と少し。
 テニス部の厳しい練習にも少しずつ慣れてきた頃、自分とリョーマ、そして天野はテニス部レギュラーになっていた。
 といっても、自分と天野はまだ正規レギュラーというわけではない。レギュラー相手とはいえランキング戦では二敗している(腹の立つことにリョーマはレギュラー相手でも全勝しているのだが)。
 だが二年三年のレギュラーでない高ランク選手をなんなく下したこと、二人とも実戦をひとつでも多く経験した方が伸びる、即ち戦力になると考えられたこと、ミクスドダブルスの大会にも選手が必要なことからこれまでのレギュラーだけでは人数が足りないことなどから、暫定レギュラーという形でレギュラージャージをもらっているのだ。
 そんなこんなで自分たち三人はなんやかやと一緒にされることが多かった。同じ一年レギュラー、同じクラス、おまけに自分とリョーマは家まで一緒なのだ。
 ミクスドダブルスで一年レギュラーになっている巴や小鷹とも同じクラスだったり親戚だったりしているし、みんなで休日同じテニスクラブで練習することもしょっちゅうある。
 だが。同じクラスで同じ一年レギュラーで同じ家に住んでいるからといって、仲がいいとは限らないのだ。
 リョーマとは出会いからして最悪だった、と隼人は四月の出会いを回想する。桜乃に間違った道を教えられたからとはいえ逆方向に案内され、出る予定だった大会には遅刻で失格。それからも『負けて恥をかかずにすんだんだから出なくてよかったんじゃない』だの『山ザルがきょろきょろしてて遅れたのを人のせいにしないでくれる』だのムカつくことばかり言われた。
 一緒に暮らしていてもなにかと突っかかってくるし(隼人の方からつっかかっていくこともしょっちゅうなのだが、隼人はその記憶を削除した)、この前勝負して勝った時もまともに負けを認めようとはしないし。リョーマとは本当に、常時喧嘩状態というぐらいにとことん気が合わないのだ。
「まぁまぁとにかくさ、ここは俺に免じて、一緒に仲良くご飯食べよ? せっかく作ったんだから一緒に食べて感想聞きたいしさ」
 天野は困ったような笑顔を浮かべてそう言う。天野は隼人とリョーマが喧嘩するたびに、まぁまぁと割って入ってやめさせようとするのだ。
「……しょうがねぇな」
 天野を困らせるのは本意ではない。仕方なく、隼人は席に着いた。リョーマはというと偉そうにふんぞり返りながらじゅるるるとジュースを飲んでいる。
 天野はほっとしたように笑顔を浮かべて、弁当を配った。おまけにカップも配った。温かいお茶まで用意してきたらしい。
「じゃ、いっただっきます、と」
「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
 隼人は弁当の蓋を開けた。家から持ってきた弁当はとっくのとうに早弁してしまっているので、腹は激減りとまではいかなかったが、四限目が体育だったのでそれなりに空いている。
 一緒に飯を食った時に食べさせてもらった天野の飯はどれもうまかったので期待していたのだが、それを裏切らず弁当の中身は相当うまかった。
「……なに、このご飯に混ざってるやつ」
「あ、それひじきご飯なんだ。ひじきの煮物をご飯に混ぜただけなんだけどね、けっこういけるよ、栄養もあるし」
「(もぐもぐ)……まぁまぁだね」
「お、天野このつくねうまいじゃん! なんかふわふわしてね?」
「えへへ、それは蒸し焼きの仕方にコツがあるんだ。あとは片栗粉の分量かな」
「これ……オクラ?」
「うん、オクラのピリ辛ポン酢和え。舌をさっぱりさせるのにいいと思って」
 などとわいわい騒ぎながら食べて、配られたお茶を一杯飲む。
「はー……うまかった。ごっそさん」
「はい、お粗末さまでした」
「……ま、せっかくのお礼なんだからこれくらいはしてもらわないとね」
「おい、リョーマ! 飯食わせてもらっといてその言い草はねぇだろ!」
「俺はちゃんと味わって食べてうまいって言ってるんだけどね。食べ物だったらなんでもいい山ザルと違って」
「ぁんだと、コラ!」
「まーまー二人とも落ち着いて! ……それよりデザートがあるんだけど、どう? 食べない?」
『デザート?』
 思わず声を合わせると、天野はにこっと笑って新しい箱を取り出した。
「って言っても簡単なのだけどね。さつまいも茶巾とシナモンスティック」
 開けられた箱の中から出てきたものは、さつまいもの饅頭みたいなものと細く切って揚げたらしきものだった。お茶に合いそうないい匂いが漂ってくる。
「うまそーじゃん。……いっただき!」
「あ、隼人くん、ずる!」
「……ホントに山ザルだね」
「とか言いながら自分の分取ってんじゃねぇよリョーマ!」
 食欲が落ち着いてきた頃に出された甘味は甘露だった。それも味はとびきりだ、楽しく温かいお茶を飲みつつばくばくとさつまいもデザートを食い――
 最後の一本のシナモンスティックに手を出した時、リョーマの手と手がぶつかった。
 当然互いに即座にぎろりと睨みつける。
「……なんだよ。お前シナモンスティック俺より四本は多く食っただろ」
「そういう山ザルは俺より茶巾一個多く食っただろ。スティックの一本ぐらい俺に譲ったら?」
「誰が譲るか! だいたいなぁ、お前はしれっとした顔して意地汚いんだよ! 昨日の焼肉でも俺がキープしといた肉取ったじゃねぇか!」
「そういう細かいことだけは覚えてるんだ、せこい奴。そのくせよく人を意地汚いとか言えるね」
「せこいだぁ!? てめぇの方こそ夕飯で自分のコロッケ取ったからって理由でジュースおごらせたくせしやがって!」
「ま、まぁまぁ、二人とも落ち着いて……」
「天野は黙ってろ。てめぇはテニスでもそうじゃねぇか、わがまま放題で自分のこと棚に上げて人の欠点ばっか言い立てやがって!」
「練習してる時に欠点言うののどこがいけないわけ? そういうお前こそ人のプレイなんてろくに見てないくせにいちゃもんつけるのだけは一人前なくせして」
「ぁんだとコラ!? てめぇみてぇな人に気遣いできねぇ奴に言われたかねぇよ!」
「ね、二人とも、別にこれでもう食べられないわけじゃないんだしさ」
「天野は黙ってて。人に気遣いしろって言えた義理? ウチでも遠慮会釈なく飯ばくばく食ってるくせに」
「うるせー! てめぇだってテニスクラブで俺らと一緒ってことで無料で練習させてもらってるくせに!」
「いるよね。自分が不利になると今まで言わなかったことを突然持ち出す奴」
「てめぇに言われたかねぇんだよ! このへっぽこ頭のへちゃむくれ!」
「……山ザル」
「傲慢ウィルス脳味噌満杯野郎!」
「……下手くそ」
「………いい加減に、しなさーいっ!」
 天野の怒声が教室に響き渡り、隼人とリョーマは思わず動きを止めた。
「食事中に喧嘩するんじゃないのっ! 二人ともここに手塚部長がいたらグラウンド二十周はさせられてるとこだよっ!」
『だってこいつが』
「だってじゃないでしょっ! このスティックは俺が食べるからね!」
『あーっ!』
 ぱくり、とスティックを食べられて、隼人とリョーマは声を上げ――同時にお互いを睨む。
「……お前のせいだぞ」
「山ザルのせいでしょ」
「もー……二人とも、ホントにもう。仲よすぎるっていうのも問題だよね、ホント」
『仲良くない!』
「……荒井先輩たちとのダブルスの時は、すごく息の合ったプレイ見せてたじゃない。いつも一緒だし」
「それは家が一緒だから仕方なくなんだよ」
「それはこっちの台詞。家が一緒なばっかりに仲いいことにされてすごく迷惑」
「んだと、それを言いてぇのはこっちだ!」
「もー二人ともいい加減にしなってば!」
 隼人とリョーマはもう一度互いを睨みつけると、ふん、とそっぽを向き合う。
 ――自分たち三人の昼休みは、たいていこんな風にして過ぎていくのだった。

戻る   次へ