盛り上がった場所には、なにも――砂埃すら残っていなかったからだ。 「なんで!? 絶対ここにあるって話だったわよね、千影ちゃん!」 「ああ、それは間違いない……しかしこれは」 「……誰かが持っていったんだ」 じーっと盛り上がった部分を見つめていた衛が、真剣な口調で言う。 「ここにずいぶん前のだけど足跡と手の跡があるもん……たぶん男が、大人数で」 「え……それじゃあもう可憐たちの手には入らないっていうこと?」 「そんなぁー! せっかくエジプトまで来たのにー!」 「……ちょっと待ってくれ」 千影がぼそりと言った言葉に、全員千影の方を振り向いた。 ものすごく珍しいことに――千影が少しだけ、興奮している? 「ど……どうしたデスか? 千影ちゃん」 「この気……この魔力の流れ……みんな、どうやら逃げた方がよさそうだぞ」 『え?』 その言葉と同時にいきなりダッシュで出口へ向かう千影――それから数瞬遅れて、盛り上がった部分から唐突にどどーんっと大量の砂が噴き出した。 『!?』 思わず一瞬呆然とする兄妹たちの前で、その砂はあとからあとから噴き出しながら、まるで顔のような形を取って、こちらにあからさまな敵意をむき出して鳴いた。 『ウロオォォォーン!!』 「千影ちゃんっ、なになになんなのあれっ!?」 「超古代文明の作り出した番人というところだろう……さすが超古代文明、科学のみならず魔術的にも強力な力を付与してあるな。興味深い」 「そんなこと言っている場合ではないと思いますわっ! どうやったら倒せるのかとかどうやったら逃げ出せるのかとか教えていただけません!?」 「おそらくだが、この遺跡から逃げ出せばあの番人はそれ以上追ってはこないだろう。宝を取っていった奴らも無事逃げおおせてしまったようだしね」 「お前らそんなこと話してる暇があったらとにかく走れーっ!」 兄は背中に雛子、右腕に鞠絵、左腕に亞里亜を抱えて絶叫する。 番人の移動するスピードはそれほど速くはなかったが、こちらはなにしろ十二人の少女たちがいるのだ。衛や春歌のような例外はいるものの、その走る速さも決して速くない。 しんがりを特に足の遅い三人を抱えた兄が務めているが、それこそ一歩でも間違えれば即座に捕まえられてしまいそうな距離にもーひやひやものなのだ。 『俺はともかく、こいつらは絶対助けないと――』 そうこっそり誓う兄の前で、花穂がこてんと転んだ。 「花穂っ!」 こんな時に、と唇を噛んだが今はそんなことをしている暇も惜しい。 「花穂ちゃんっ、だいじょう……」 「お前らは先に行けっ! 花穂は俺が連れて行くっ!」 兄の真剣な声に、妹たちは気圧されてうなずいた。兄の体から降り、ぱたぱたと走っているとは思えない速度で駆けていく。 「大丈夫か、花穂」 「お兄ちゃま……」 泣きそうな顔でこちらを見る花穂に大丈夫だよと微笑んで、兄は花穂を抱き上げて走り出した。 番人はもう一mどころか、三十cmというほどの距離にまで近づいている。少しでも遅滞があれば番人は自分と花穂を飲み込むだろう。 ちくしょう、もっとトレーニングしとくんだった! としてもしょうがない後悔をしつつ必死に走る―― が、あと少しで出口! というところまで来て兄の顔はひきつった。亞里亜が自力で梯子を登れないらしく、梯子の下でくすんくすん泣いているのだ! 「亞里亞ーっ!」 「兄や……亞里亞ね、亞里亞ね……」 「大丈夫だ、あとで聞いてやるからしっかり捕まってろ!」 兄はもうとにかく妹たちを守らなければと、亞里亞も一緒に抱き上げて手のかわりに歯を使って梯子を登った。番人は自分たちの数cm後ろまで迫ってきている。このまま素直に梯子を登っていったのでは――間に合わない! あと少しで外、というところで、兄は迷うことなく花穂と亞里亞を一気に外へ放り投げた。仰天する二人。 梯子の途中でそんなことをしたのだから、兄は当然バランスを崩した。その一瞬の遅れが致命的、兄の足首ががっしりと番人につかまれる。 「お兄ちゃま……!」 「兄や……!」 泣きそうな顔で外からこちらを見やる二人に、安心させるように微笑んで、兄はここまでと覚悟を決める―― のはまだ早かった。 『あにぃに……なにしてんだよーっ!』 ドガズガゴゴゴバガガガン! そんな音を立てて遺跡の上の岩壁が崩れ落ちる(兄はぎりぎり崩れ落ちた範囲にはいなかった)。 兄は呆然として上を見上げる。そこには、身の丈四mのずんぐりした人型の巨人が―― 「……シスプリ号……」 『やった!?』 「いいえ、まだです! 兄上様はまだ解放されていません!」 鞠絵の指差した通り、番人はまだ動きを止めていなかった。むしろ活発さを増したように、潰れた岩壁の下でずるずるずると蠢いたかと思うと、どっぱーんと大量の砂――番人の体が噴き出してきた。兄をしっかり懐に抱きこんで、周囲の砂を飲み込み、どんどんと巨大化していく。 「どうしよう……どんどん大きくなっていってる……!」 「千影ちゃん、なにかいい方法はないの!?」 「……春歌!」 千影は春歌の乗ったシスプリ号に向けて叫んだ。 「君のシスプリ号の刀はセルシウス鋼で呪的処置を施しながら作った対魔物用にも使用できる特製だ! それで奴の核を斬れ! 君にならやれるはずだ!」 「核、って……」 「そんなのどこにあるデスか!? 見えないデス!」 騒ぐ妹たちをよそに、春歌はすっと刀の柄に手をかけた。 『……了解しましたわ』 他の妹たちは少しずつ後ろに下がる。衛と雛子のシスプリ号も同様だ。 春歌はじっと番人を、兄を見つめる。兄はもうがんじがらめに捕らえられながらも、必死に脱出しようと暴れていた。 一瞬、目が合う。 ――その瞬間、兄は優しく、励ますように、こちらはシスプリ号の中に入るのにそんなこと全然問題ではないように、笑いかけた。 (……兄君さま) 春歌は深呼吸した。兄はどんな時も自分を信じてくれている。 応えずして、今までの修行にどんな意味があろうか。 どぉんっ! と音を立てて春歌は跳んだ。シスプリ号の姿勢制御機能を切って、全コントロールを春歌の意識と同調させる。 空中で落ちざまに刀を抜く。空中での居合い術は死素振流剣術の秘伝、春歌は当然習熟している。 一瞬の閃き―― どざっ! と砂の上に着地した春歌が、静かに呟く。 『死素振流剣術奥義……斬空閃』 そう言った直後にどざざざ……と番人が崩れ落ち、妹たちは歓声を上げた。 |