ぬけるように青い空。透き通って輝く青い海。 長い間旅をしてきて何度も何度も毎日のように見て、すっかり見慣れたはずの景色がたまらなく輝いて見えるのは、やはり――あの子たちといるからだろう。アディムはそう一人ごちた。 「お父さん、お父さーん!」 「どうしたんだい、セデル?」 セデルの溌剌とした声に、優しく微笑んでアディムは振り向く――見ようによってはでれでれにだらしなく笑み崩れた顔で、とも言えるが。 セデルはそんな感想など抱いた様子もなく、満面の笑顔で愛する父親に抱きついた。 「あのねあのね、ボク船員さんに褒めてもらったよ! 物怖じしないいい子だって!」 「そうかぁ、よかったなぁ」 愛する息子を抱きしめて頭をなでなでするアディム。そのとろけそうな笑顔を見れば、誰もが彼が今非常に幸せだと断じるだろう。そしてそれは事実だ。 「それでね、これからボクマストの登り方教えてもらうんだ! うまくできたら船乗りにしてくれるって!」 「船乗りかぁ、よかったねぇ……でも、セデルはもう王子なんだから船乗りにはなれないんじゃないかな?」 「えーっ? ボク船乗りになれないの?」 「ううん、でも仕事の経験を積んでおくことはいいことだよ。セデルがその気なら王子で船乗りにだってなれると思うしね」 「そうだよね! ボク、行ってくる! 見ててね!」 にこっと明るい笑顔を見せて、セデルはマストの方へ向かっていく。その後ろ姿を見てにこにこしながら、アディムは小声で呟いていた。 「可愛いなぁ……ホントに可愛い……なんであんなに可愛いんだろ……口の中に入れてしゃぶしゃぶしたい……」 「お父さん」 「なんだい、ルビア?」 ふいに数m先から小さい声で呼ばれて、アディムは顔に満面の笑みを浮かべて振り向く――見ようによってはそれはちょっとおかしいんじゃないかってくらい幸福そうな笑み、とも見れるのだが。 ルビアはそうは感じなかったようで、はにかんだような笑みを浮かべると、背伸びをした。アディムがかがんでやると、嬉しそうな顔になって耳元で囁く。 「あのね、鳥さんがね、もう少ししたら島があるって」 「教えてくれたのかい?」 こくんとうなずく愛娘に微笑んで、頭をなでなでするアディム。やはりその笑顔は怖いくらい幸福そうだ。 「ありがとう、ルビア。お父さんが船長さんに知らせておくよ」 「うん……あのね、お父さん」 「なんだい?」 「わたし、この船好きです。みんな優しくて、暖かくて、気持ちいいから。これってきっと、お父さんの船だからね?」 「そう感じてくれたのかい? ありがとう」 微笑みかけると小さな笑みを返して、ルビアは艫の方に向かっていく。その後ろ姿を見て微笑みながら、アディムは小声で呟いた。 「可愛いなぁ……死ぬほど可愛い……なんでこうまで可愛いんだろ……ガラスケースに入れてしまっておきたい……いやなにを言ってるんだ、そんなんじゃあの子たちの魅力が半減しちゃうじゃないか。あの子たちは太陽の下で元気に動いていてこそ……」 「……楽しそうですな、アディム王」 声をかけられて反射的にそちらの方を向くと、すぐそばでふてくされていたのはこの船『久遠の希望』号の船長、ウィルヘルム・マーゴット氏だった。 「マーゴット船長……」 「久しぶりのご一緒の航海だというのに、私らになどちっともかまってくれんで。こんなに近くで見ていたというのに気づいてもくれんのですからな」 「す、すいません……」 小さくなったアディムに、船長は笑った。 「冗談、冗談ですよ。あなたがどんな人間かはよく知っているつもりです。だからあなたがどんなにあの子たちを愛しているか、よくわかる。八年という月日は私らにも長かったが、あなたと、あの子たちにはことに長かったことでしょう。可愛がっておあげなさい」 「……はい。ありがとうございます」 アディムはぺこりと頭を下げた。 この船、『久遠の希望』号はもともとルドマンの所有する船である。持ち船の数は軽く二桁を超えるルドマンの、個人的目的に使うための船だったのだ。 いかにルドマンが大富豪とはいえ、長距離の航海にも耐える船を商売抜きでそう何隻も所持しているわけではない。それをアディムにぽんと貸し与えてしまうあたりルドマンも大物かもしれないが、この船長もそれをあっさり受け容れてアディムの言葉通りあちらこちらに船を走らせて文句も言わないというところ、ある種大物であるだろう。 本人以下『久遠の希望』号船員たちは、アディムという人物の器に惚れこんだのだから気にすることはないと笑うが、明日の行く先が知れぬ身で笑ってついて来るには様々な苦労があったことだろう。それを思うとアディムは自然に頭が下がる。 アディムがグランバニア王となってからはグランバニアが正式にルドマンから買い上げてグランバニア所有の船として働いてもらっていたそうだが、アディムが国に戻ってきてから数ヶ月、新たな長い航海に向けて準備をし、自分たちを運ぶだけのために待っていてくれた。 その間アディムたちはあちこちの町をルーラで回り、情報を集めると共に子供たちのレベル上げを行っていたのだが、一週間前ようやくエルヘブンに向けて出航することと相成ったわけだ。 子供たちは今まで定期便とルーラを使って旅をしていたので、持ち船で自分たちの思うところに行けるという経験に興奮しているらしい。この一週間というもの何度もアディムに話しかけに来る。 船員たちの間ではしゃぐセデル、潮風を浴びて気持ちよさそうなルビア。二人とも船員たちの目から見ても可愛らしく見えるのだろう、親しげに声をかけられている。 当然だな、とほくそえむ気持ちが半分、ふたりともあんまり可愛いから変なことされないだろうな!? と抑えよう抑えようとしても湧き出てしまう馬鹿な考えが半分だったりするのだが、それはそれとしてセデルもルビアも楽しそう、なにかにつけていろんな発見を自分に報告してくれる。陸の旅では二人とも普段は馬車なのでそう頻繁にお喋りはできない、お喋りは町に着いた時だけなのだ。それを思いつつ四六時中ずっと一緒でお喋りしたりはしゃぐ姿を見たりできる現在を考えると―― ああ、航海って素晴らしい! とアディムは一人涙ぐむのだった。 「せんちょーうっ! 見慣れねえ船が見えまーすっ!」 見張り台で叫ぶ一人の船員に、急に涙ぐみながら恐ろしいほど安らかな顔で子供たちを見つめているアディムにちょっとひいていた船長は大声で怒鳴り返す。 「旗の色は!?」 「旗は出してませーん! 信号を送ったんですが返事がねえんで……あ、旗が上がって……」 一瞬言葉が途切れた。船長が怒鳴る。 「どうした!?」 「赤地に黒のぶっちがいの髑髏……」 息を吸いこんで、絶叫した。 「海賊でーすっ!」 「海賊? そんな。今時海賊なんて成り立つんですか?」 アディムの言葉も無理はない。八年前から魔物の活動はますます活発になっている。それに対抗して長距離貿易をする船はどれも国の支援により、様々な武装を行い海軍の一部隊ぐらいは乗り込んでいるのが普通だ。個人の力でで対抗できるレベルではほとんどなくなっている。それに海の魔物に対抗するだけでも相当な労力を使うはずだ。どう考えても採算が合わないと考えるのが普通だろう。 だが、船長は矢継ぎ早に戦闘準備の指示を下しつつ首を振った。 「最近の海賊どもは、怪しげな方法で魔物どもを手下にしているようなんで。中には本物の魔物までいるような始末で、今じゃ海賊と魔物はほとんど同じ扱いをされてます」 「……邪悪な意思が人間まで支配し始めてるってことか……それとも光の教団の力か……」 口の中で小さく呟くアディムをよそに、戦闘準備はどんどん進んでいった。帆を畳み、舵をとって船を回頭させる。すでに大砲には火薬も砲弾も準備してある。これから撃ち合いが始まることだろう。 「アディム王。王子と王女を船室にお入れなさい。海賊は我々がなんとしても食い止めます」 「……できるなら、そうしたいところなんですけどね」 「え?」 振り向いた船長は目を丸くした。アディムの隣にはいつの間にか、セデルとルビアが武器を持ち、盾と鎧兜を着けた完全武装で立っている。 セデルが元気いっぱいに宣言する。 「ボクたちだって戦うよ! お父さんと一緒に旅をして、ずいぶんレベルが上がったんだから!」 「ですがねぇ……お二人はまだ八歳なわけですし……」 「八歳は自分のすることに責任のとれる年だと思います。わたしたちは、自分たちだけ特別扱いされてお父さんたちが傷つくかもしれないのを手をこまねいて見ているなんていやです」 「そんな、無茶な……」 困り果てる船長の前に、アディムがすっと進み出た。 「マーゴット船長。ここはこの二人の言う通りにさせてあげてください」 「お父さん!」 「アディム王、なにを……お子さんたちが心配じゃないんですか!?」 「心配に決まってるじゃないですか!!!」 ほとんど血涙が流れるんじゃないかと思うほど血走った目で凄まじい殺気を込めて睨まれ、船長は固まった。アディムはその船長の胸倉をつかみ、がっくんがっくん揺らしながら迫る。 「戦闘に出るってことは怪我をするってことだし、まだ八歳のこの子たちが戦うってこと自体辛くてたまらないし! それにこの可愛い可愛い可愛い二人が海賊に立ち向かわなくちゃいけないなんて考えただけで泣きたくなりますよ! この可愛い可愛い可愛い二人がむくつけき男どもに迫られておかしなことをされるんじゃないかと思うといてもたってもいられないし、人間と戦うことでなにか傷ついたりしないかと思うともうっ………!!」 「わ、わか、わかりましたから首を絞めんでくださいっ……!」 「でも」 そこで一度言葉を切って、たまらなく愛しそうな顔でセデルとルビアを見つめ、言う。 「セデルとルビアは、僕と一緒に戦いたいって言ってるんです。一時の感情だけじゃなくて、ちゃんと努力もして、苦しいことを乗り越えて、戦うことを選んだんです。僕は、その気持ちを、大事にしたい」 「お父さん……」 セデルは嬉しそうに笑って、ルビアははにかむように微笑んで。アディムにそっと近寄って裾をつかみ、くりくりと頭を擦りつける。 アディムは優しく微笑み、そっと二人の頭を叩いた。神父が祝福を与える時よりも、はるかに優しく。 仲むつまじい親子の情景ではあったが――今のこの状況にはあんまりそぐわない。船長がすぐ隣で倒れこみ、げほげほ咳きこんでいるのもマイナスポイントだ。 「船長! 向こうが撃ってきました!」 「お、げふっ、応戦しろっ! ……ああもうけっこう! もう好きにしてください! そのぶんじゃアディム王がつきっきりで見てるつもりなんでしょうが?」 「もちろん!」 「じゃあそうそう間違いも起こったりせんでしょう。まあ棺もあるし、万一の時は街まで戻ればいいだけですし……」 「……マーゴット船長?」 「あ、いや、ははは、これは失言でしたなっ? 取り舵だ! 向こうの船の側面に回りこんで撃て!」 棺というのは馬車に付属していた、死体をしまっておくための棺である。だがこの棺には魔力が付与されており、中に入った死体は決して腐らず、傷つきもしない。どころか生き返れないような損傷があっても修復してしまうのである。 死体の状態さえ万全ならば基本的にどんなに時間が経っても蘇生させることが可能な現代では、この棺を持つことはいつ死んでも大丈夫という保証に等しい。これを作るのには相当な費用が必要だったはずなのだが、それを馬車と一緒に八つも300ゴールドで売ってしまうオラクル屋は、本当に商売をする気があるのか多くの者が疑っている。 それはとにかく、船長は部下たちに懸命に指示を飛ばした。船に穴を開けられたら終わりだ。お互い大砲の射程距離に入った、やがては弓矢やらが飛び交ったあと接舷して斬り合いになるだろう。それまでに少しでも敵の優位に立たなくてはならない。 が、アディムはそんな大忙しの船員たちに構わず、ルビアに囁いた。 「ルビア。あの船の大砲のあるあたりにあの呪文を唱えられるかい?」 「はい、お父さん」 ルビアはうなずくと、短く呪文を唱えた。 「イオラ」 とたん、海賊の船のあたりでどごぉぉん、と閃光と爆発が起こった。驚いて船員たちが大砲を撃ちながらも騒ぎ出す。それを鎮める側の船長たちも絶句していた。 爆発が治まると、海賊船の大砲は残らずきれいに吹っ飛んでいる。船長はおそるおそる、横に立っているアディムに訊ねた。 「あの、今のはもしかして、王女さまが……?」 「ええ。ルビアが最近覚えた呪文です。木製の建物ぐらいならあれで吹っ飛ばせますよ。特に火薬が詰まった大砲のあたりにかければ、効果は覿面だったでしょうね」 静かに微笑みつつもその瞳に得意そうな色をたたえて言うアディム。ルビアは恥ずかしそうにうつむいた。 船長は軽い恐慌状態に陥って、ほとんど喘ぎながらアディムに言う。 「ですが、あんな遠距離まで呪文を!? わたしゃそんな呪文の使い手は見たことが……」 「本物の呪文の使い手はそのくらいのことは簡単にできるんですよ。そしてルビアはその本物の呪文の使い手だ」 「……ええと、とにかく、向こうの大砲は潰れたぞー! 近づいて撃って撃って撃ちまくれー!」 船長は驚くのは後回しにすることにしたらしい。とにかく今は勝つことだ、と船員に指示を出す。 だが、海賊船の動きは異常なまでに巧みだった。砲弾をかわし、切り込むように真っ直ぐにこちらの船に向かってくる。 こちらも必死に船を動かして海流溜まりに追い込んで放った会心の一発をあっさりかわされ、船長は怒りの声を上げた。 「馬鹿な! あれがどうしてかわせるんだ!? いくらなんでも、潮の流れにああも簡単に逆らうなんて不可能だぞ!」 「潮の流れを操る魔法を使っているのかもしれません」 アディムの言葉に、船長は驚愕の態を見せた。 「馬鹿な。そんな魔法は聞いたことがない」 「魔物には人間には不可能な魔法を使うことができる者たちがいます。おそらくはその類かと」 「ううむ……」 「船長ー! 船が動きません!」 とんでもない知らせに、船長は目をむいた。 「なんだと!? どういうことだ!」 「どういうこともこういうことも、舵を動かしてもさっぱり動かないんでさ! 移動装置そのものがいかれちまったとしか」 「馬鹿な! 毎日魔法技術者が点検してるはずだぞ! ……まさか」 「どうやら予想が当たったみたいですね」 アディムは剣を抜くと、素早く盾と鎧兜を装着して(瞬間的にどんな重装備も着脱できる魔力はどんな武器防具にも付与されているのが普通だ)、足早に船の中央へ向かう。 「アディム王!」 「僕たちが敵を防ぎます。船長はみんなを見ていてください!」 「みんなって……」 王子と王女は父親にくっついて行ってしまった。魔物たちもアディムのもとに集まってきているし、つまりこれはやはり船員たちの面倒を見てやれということだろうか。 だが自分たちも海の男だ、魔物相手ならともかく海賊を相手に引っ込んでいるわけにもいかない。ルドマンに使われていた時代には客の護衛もしていたのだ。船長は水兵たちに命じた。 「敵が突っ込んでくるぞ、王のあとに続け!」 衝角を使われなかったのは幸いだった。敵は接舷して、板を渡すと、次々とこちらの船に乗り込もうとする。その数はこちらのゆうに倍はいるだろう。 「イオラ!」 ルビアの声と同時に爆発が起こる。板と同時に乗り込もうとした十数人がまとめて吹っ飛んだ。 こちらの船には傷一つない。呪文の効果を及ぼす範囲を操るのは術者自身とはいえ、ここまで完璧に制御できる者はそうはいないだろう。 「ルビア、しばらく下がっていなさい。これから先なにが起きるかわからないんだ、魔法力は節約しなくちゃ」 「うん、お父さん」 言うとルビアは大人しく後ろに下がる。 海賊たちは一瞬怖気づいたものの、ルビアが後ろに下がったことに力を得たか罵声を上げながら襲いかかってくる。さらって売り飛ばそうとでもいうのか、何人かがルビアの方へと向かった。 そこに素早く走りこんだのは、セデルだった。 「ルビアには指一本触れさせないぞっ!」 勇ましく叫ぶと天空の剣を抜く。 八歳の子供の恫喝だ、怯える者は一人もいない。それぞれに下衆な笑みを浮かべると、セデルに向かって斬りかかる。 「偉そうにわめくな、ガキが!」 「とっ捕まえて売り飛ばしてやる!」 きぃんきぃんぎぃん! 金属を打ち合わせるのとは違う、鈴を鳴らすような音がしたあと、その場に倒れていたのは海賊たちだった。 遠くから見ていた船長は驚いた。強い。それも鍛え上げられた実戦の剣だ。力も技も速さも、そんじょそこらの兵士たちなど足元にも及ばないだろう。少なくともこの船の船員で、太刀打ちできる奴は一人もいない。 強力な呪文を操るのは天才ということでなんとなく納得できるが、八歳児が大人より力が強いとは。レベルを上げるとはここまで人を強くするものなのか。 セデルは襲いかかってきた奴らを斬り倒すと、にっと幼いなりに精悍な笑みを浮かべて剣を高々と上げた。 「次はどいつだっ!」 海賊たちがたじろいで顔を見合わせると、セデルはくいっと鼻を擦って言った。 「来ないならこっちから行くぞ! ライデイーンッ!」 呪文と同時に天から何条もの雷がそこらじゅうに降り注ぐ。渡ってきた海賊たちは全員悲鳴を上げてのたうちまわった。 魔物たちも次々と海賊たちを打ち倒し、海賊船に乗り移って敵を倒している。立っている海賊は凄まじい勢いで減ってきていた。 セデルの側にいたアディムはそれを見て口の端に笑みを上らせたあと、軽々と向こうの船に飛び乗った。そして船の舳先に立っている一人のネーレウスに走り寄り、相手が逃げる間もなく剣を突きつける。 「君がボスだね? 降伏してくれないか?」 「…………」 「実力の差ははっきりしているだろう。無駄な戦いはしたくない。降伏してくれれば命の保証はするよ」 「…………!」 冷や汗を流していたネーレウスは、ふいに大きく飛び退って妙な印を結んだ。アディムは素早く剣で相手を斬り倒す。 ふぅ、と息をついて周囲を見渡し、アディムは目を見開いた。船の間から、大海竜が顔を出している。仲間の魔物だろうか。 セデルや魔物たちは船に乗り込んで、こちらを見つめているので全然気がついていない。大海竜が鎌首を持ち上げ、セデルの方を向いて素早く首を伸ばす――! 「セデル――――っ!」 「え?」 セデルがきょとんとするかしないかという刹那。 アディムは疾風のような速さで甲板を走り抜け、一撃で大海竜を斬り倒していた。 「うわあ、お父さん、すごい、すごーい!」 思わずぱちぱちと手を打ち鳴らすセデルを、じっと見つめると――アディムはおもむろに、ぎゅっとセデルを抱きしめた。 「お、お父さん?」 「心配したよ……あの一瞬、心臓が止まるかと思った……」 「………なんのことかよくわからないけど、えっと、ごめんなさい……」 困惑した顔のセデルに、おずおずと抱き返されるアディム。たたたっとルビアが二人の側に走り寄り心配そうに顔をのぞくと、アディムはルビアも一緒に抱きしめる。 その姿を見て、船長は思った。 確かに王子も王女もとんでもなく凄い。この年齢の子供とは思えない、というか大人でもめったにいないほどの能力を身につけている。 だが、そういう力の半分か、三分の一くらいはアディムが与えたもので、やっぱり二人ともアディムには適わないのだろうなあ、と。 |