てっぺん

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 シニア時代のチームメイト(オリキャラ)視点未来捏造





「ちわす」
 足の踏み場もない玄関先にちょっと引いたのは、多分、溢れんばかりのスニーカーやサンダルの数よりも、もわっと鼻を襲った異臭の方だったのだろう、と思った。

 今日は夏の甲子園の決勝がある。

 試合開始の二時間も前に、ずっと連絡も取っていなかったシニア時代の監督の家を訪れた理由は、大して広いわけでもないその部屋の中にあった。
 監督に挨拶をして、見知らぬガキ…後輩たちの好奇心溢れる視線の中で少しでも見知った顔を探す。
「よー、久し振りー」
「おー。つーか、マジでテレビ来てんだな」
「まーな。何か聞いてくるかもだけど、テキトーに持ち上げとけよな」
 自分の代のキャプテンの言葉は中々に日和見的なものだったけれど、それはまあ妥当すぎるところだろう。
 何しろ、あまり本当のことを言ってしまうのは、言われる本人よりも自分たちシニア時代の仲間や特に先輩方にとっての黒歴史だ。
 なんてことをごそごそ話していたら本当にカメラとマイクをむけられて、シニア時代のヤツのことを聞かれたから、当時から凄かったですとか、こんなチームには勿体なかったですとか、嘘でも何でもなく当時のシニアの名の知れたヤツらがアイツに向かって言っていた言葉を並べる。
 一緒にプレイをしたことのない後輩たちは、少しでもヤツのことが聞きたいのだろう。
 チーム全員が揃っているだろうに、ありえないぐらい静かだ。
 そして。アイツと一緒にプレイした連中も何だかんだと文句を付けながら集まって、そうして少し緊張しながら、ヤツの最後の夏をほんの少しでも共有できないかと思っている。
 座る場所をテレビ画面のよく見える最前列にされてしまったのは、自分がヤツとバッテリーを組んだことがあるからだ。
 ストレートはせいぜい120で、変化球もシュートだけというごくごく平凡なスペックでも、このチームでは一番マシだったらしく、最後の一年はエースナンバーをもらえていた。
 アイツが要求したのは丁寧なピッチングと相手に飲まれない気持ちだけで、そんなんで勝てるのかよと思っていたけれど、それでもそこそこには勝てていた。
 多分、アイツがチームに在籍していた期間の中で、その最後の一年が一番勝率は高かった筈だ。
 それも卒団した先輩たちには面白くなかったのだろう、先輩たちの殆どが高校での野球は続けていない。
 まあ、自分も本当は野球はやめるつもりだった。
 そこそこの進学校に進んで、部活なんて当然する気もなくて、それなのに同じクラスで隣の席になった丸刈りに野球をやってたことを簡単に見抜かれたのはやっぱり短すぎる髪型のせいで、何となく高校でも野球を続けるハメになった。
 一回戦負けが当然みたいなチームで、でも、一年からそこそこ試合に出させてもらえて、それなりに楽しかったとは思う。
 だけど、アイツはあんな名門校で一年から正捕手だった。
 本当に別格なヤツだったのだと思い知ったのは、その事実と一年で野球雑誌に注目選手として取り上げられたのを見たときだ。
 高校最後の夏、全国で一番遅くまで野球をやるたったの二チームの中に残る気分はどんなものなのだろう。
 試合開始が近付く。
 スポーツ番組の企画からシニアの監督の家でこうして集まることにならなければ、自分はこの試合を見ただろうか。
 そう考えることは無駄なことだ。
 自分の最後の夏はもう一ケ月も前に終わってしまっていて、今の自分は推薦狙いで、この画面の向こうにいる連中のこの最後の夏の時間なんて想像もつかないけれど、やっぱり見届けたかったのだろう。
 ベンチの様子が遠景で映る中に、そいつの姿はとても鮮明だ。
 カッケー、と見知らぬ後輩たちが無邪気に声を上げる。
 アイツのシニア時代なんて、おまえらよりもチビだった印象なんだけどなあ、なんて思った心は多分、他の同期のヤツらも同様で思わず顔を見合わせて苦笑してしまった。
 すらりとした今の体躯からは、当時のチビで小さくてそりゃあもうチビだったヤツが吹っ飛ばされまくっていたなんて、微塵も感じられないだろう。
 吹っ飛ばされてたのは、何もホームでのクロスプレーに限らなかった。
 あんなの、絶対に指導じゃなかった。
 もう、すぐに試合開始の時間になるけれど、この場に先輩たちの姿はまだ一人もなかった。
 監督たちが、声を掛けているのは知っている。
「やっぱ、先輩たち来ねーな」
「来るわけないだろ」
「だよなー」
 マスコミの耳には届かないように気にはしつつ、それでもついつい言葉にしてしまうのは、あの頃の先輩方の気持ちが全く分からないわけではないからなのだろう。
 弱小シニアチームに一人だけ凄いヤツがいた。
 それは紛れもない事実だったけれど、でも、そんなことを見ず知らずのヤロウたちにあたりまえのように面と向かって言われて面白い人間なんているわけがなかった。





 息詰まるような攻防戦にテレビカメラの存在が頭の中から消え去ったのは何回頃だったろう。
 最初から素直に声援を送っていた後輩たちのテンションも手伝ってか、そいつが本日二度めとなる盗塁刺を決めたとき、腹の底から出た声はずっとアイツに送りたかったものなのかもしれない。
「いいぞ!一也っ!」
 ちょっと驚いたような同期たちが、そこから弾かれたようにヤツに声援を送り始めた。
 マウンドの投手に寄っていったヤツの顔がアップで画面に映る。
 青道に行ってからプレイ中に掛けるようになったスポサンも、後輩たちには格好良く見えるものらしい。
 ニッ、と口元が自信たっぷりの笑みを形作った。
『          』
 ヤツが投手に何と言ったのか、聞こえるわけがないのに分かった気がした。
 今のヤツの声は何度もインタビューで聞いているから知っているし、バッテリーを組んでいた頃は声変り中でちょっとハスキーな声だった。
 それなのにどうしてか、声変り前のアイツの声で再生される、いつも言われていた言葉。
 そうだ。
 画面の向こうにいる、プロにもなれそうな投手たちも一回戦負けのチームの投手でしかない自分も、組んでいたときにはアイツにとっては、同じ投手というイキモノだった。
 今更のようにジン、と来た。
 本当に自分が凄いヤツと組んでいたのだ、と思った。
 声援を送る声に力が篭って、そうして、御幸一也というかつてのチームメイトは本当に遠い存在なのだ、と思い知った。だから。

 

 だから。どうせだから、てっぺんを取れよ、と思った。










 どうも書き始めたときと違う着地点になった気がするんですけど、まあいっか。2011/8/14


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