おふろのおはなし | Chiffon+

それはとある冬の日のこと。

「夏美殿!お風呂掃除終わったであります」
風呂の汚れは侵略できたかもしれない宇宙人が1人。
「あっ、じゃあお風呂にしようか」
ゲームをしている弟と、珍しく居間にいるこれまた宇宙人。の横でお菓子を食べるまたまた宇宙人。
「ゲームしてるから姉ちゃん先に入って」
ちょっと人の多いいつもの日向家。
ごく一般的な奥東京の冬の夜。

そんなところに割り込むインターホンと、楽しそうな声。
「夏美さーん!」
玄関先に小雪と、何かまた宇宙人。
「小雪ちゃん、どうしたの?」
ちょっと申し訳無さそうに、けれどやけにうれしそうにされた説明。
お風呂が壊れたから貸してほしい、そう言う話。
「いいけど……今日大所帯なのよね。まあ二人ずつ入ればいいかな?」
これはそんな夜のお話。

おふろのおはなし

「私は小雪ちゃんと入るとして、あんた達適当に二人組作んなさい」
じゃあ行こうか、と夏美殿と小雪殿は浴室へ向かう。
「じゃあ軍曹一緒にはいろうよ!」
「いいでありますな!」
冬樹殿の無邪気な声に、一組決定。
「俺はいいぜ。ラボに帰るから……」
「ダメだよ。クルル何かカレー臭いもん。入りなよ」
あっさり却下されるクルル殿の意見に、タママ殿が拙者とクルル殿を交互に見て、大急ぎで窓を開けた。
「ギロロ先輩〜一緒にお風呂どうですか〜?」
「なんなんだ藪から棒に」
ぶつくさ言うギロロ君が、お茶の間の面子をみて、納得したように心底嫌そうな顔で言う。
「ああ……、ま、まあたまには良いだろう」
「じゃああとはクルル先輩とドロロ先輩で!」
えっ?えっ?僕の選択権は?
その問の答えは返らずに断る理由も別段見つからなくて、頷いてしまう。
ククッ、短くクルル君が笑った。
だんだんだんだんだんだんだんだん……嫌な予感。

何だかんだで最後になった僕らの番。
うう、嫌だなあ。そう思いながら刀を脱衣場に。
少し不安になるが仕方がない。
「あれ?クルル君メガネ外さないの?」
必要になったら外すからどうでもいいという返事。
……まあいいか。


そう考えた
身支度を終えて掛け湯をする。
「はい。クルル殿も」
そう言って桶の湯を掛ける。
驚いたように、曇っためがねがこちらを見た。
その後無言で頭を洗い始める。
僕は湯船に浸かって何となくそれを見ていた。
「痩せているでござるな」
「は?」
あんな普段スナック摘んだり、やたらジャンクフードばかり食べてるのに。
ラボから出ないし、訪ねていっても何かしている気がする。
彼はやや考えて言う。
「体質じゃねェっスか?
それと人の体じろじろ見てるとか、気持ち悪い」
気持ち悪いの言葉に傷ついた。あれは川遊びに行った時、川の淀みにふざけて落とされたとき、川藻だらけの僕も言われたっけ。ごめんのひとこともなく。
さらにおいてゆかれて川藻だらけ水浸しで一人で帰って、寒いし、生臭いし、惨めな思いをして、後日病気になって熱がなかなか下がらなかったっけ。お母さんにも怒られた。


「ドロロ先輩、スイッチ入れてないで
俺も湯船入るからちょっと端寄ってくれよ」

「すまぬ。では交代と参ろうか」
そう言って湯船を出ようとすると手を引かれた。
「待てよドロロ先輩」
湯船に戻される。そして背面から抱きしめられた。
「クルル殿、いつ隊長や冬樹殿が入っているかわからないときにかようなことは……」
「ああ、あいつらなら寝てるだろうよ。ぐっすりとな」
何かしたのかな。あまり聞きたくない。
手が回って、後の見えない彼が首筋をなめた。
湯船に居るのに肌が粟立つ。気が動転して、取りあえず肘鉄を入れた。何かの危機を感じた。
ぐえっ、と低いうなり声がした。

「あ、思ったより近かった……申し訳ござらん」
「ウソだ。絶対ウソだ」
嘘ではないが、根に持つ心はこもっているような。
しばしの沈黙。男二人湯船に並んで浸かっている謎の状態。
湯船から出るタイミングがわからない。
触れてこなくなった隣人が呟いた。
「あーあ、二番風呂が良かった」
その意味をはかりかねてそしてそろそろ髪を洗いたいのだけどどうしていいのか会話もないし、すごく気まずい。
「夏実と小雪の湯……」
沈めた。
そういうことをいうようなのはここでとりあえず秘密裏に抹殺しよう。
そして石鹸に滑って転んで死んだことにしよう。問題はない。事故に見せかけるなど容易いことだ。
ブクブクと出ていた泡と狭いながらに暴れていたのが静かになるのを見届けて、そういえば髪を洗いたいんだったとその手を放して湯船をでた。
同時に出てきたクルル殿に冷たい視線を向ける。
「何か言いたいことがあるなら聞くでござるよ」
半ズレのメガネで首を振ったあと、湯船のへりにのりだして盛大に咽せていた。
「でも先輩でいいっスよ」
頭をぬらしながら、腹を立てていた。
でも、って何? 何?僕も弄ばれてるわけ?
何だかんだで本当に死なすつもりはない。
だってそれはやっぱり。腹が立つからがしがしシャンプーを泡立てた。
別段短気ではないのに、振り回されるのにはなれているはずなのに。
「どうせ僕なんか誰かの代用品なんでしょ」
「先輩はガチだろ」
きっぱりと言われて顔を見れば、さっき死にかけていたような顔じゃなくまたニヤニヤと笑っていた。
「何でそう思うの?」
すっかり素になった心が勝手に膨れ面を作る。
「小雪と住んでるのに何もねぇし」
「クルル君は妹や姉をそういう目で見るんだ? 家族をそういう目で見るんだ? 不潔だね。このカレー野郎」
洗い終わって湯船に戻る。
深いため息をついてさっき暴れて減った湯に浸かる。
「そういうのいねぇし。あと臭かったのは多分服だし」
「ああ、そう、じゃあ今日は洗ってもらえてるからよかったね」
沈黙の間に誰かが洗濯機を回していた。
「あれっ、そういえば先輩、着替え持ってきてたっけ?」
「当たり前でござる。そのつもりでお邪魔したのに」
「あー、あれ着替えだったんスか? あー……」
含みのある言い方に嫌な予感がした。


「あと思ったんスけど、地下の大浴場つかえば良かったんじゃないんすかね」
にやつく顔がやっぱり苛立つ。
どうせ全部わかっててやってるに違いないんだ。

「……で、どうしてこうなるのでござるか」
彼が偶然持ってた白衣を着て地下に帰る。帰るというか、ラボに向かっている。
寝静まったしいんとした廊下が鳴ると身がすくむ。
気配を隠すことには自信があるけれど今の格好はちょっと。
白衣の下は何も着ていないから心許なくて仕方がない。それにやっぱり少し寒い。
不安でいっぱいで目の前の彼の袖をつかむ。
「いたずらしないでね」
「どうしようかなー」
得物はあった。白刃を突きつけて言う。
「しないで、今は」
夏美殿や冬樹殿に知られる訳には行かない。
幸いケロロ君は冬樹殿と眠っている。
誰にも知られずにラボにたどり着いた。
「あ、ワープできたかもしれなかった」
またどうせわざとなんでしょう?

ラボにつけば端にある居住スペースに通された。ソファーひとつ。机一つ。こんなところもある異空間。というより最近作られた場所。
頭を乾かされて、彼もそうして寝る支度。
だまってお茶を出されて、クルル君は笑う。
「いい格好だけど帰れねえよなぁ?」
思わず白衣の前をしっかり閉めた。確かに帰れない。アンチバリアがあっても外にでるには抵抗がある。
「泊めてくれる?」
ここにいるのも抵抗があるけれど。
「高くつくぜぇ?」
そう言って唐突にソファーの背もたれを倒す。
押入から出した掛け布団を乱暴に置いた。
ここでの僕は寝床がこれ。自分で布団を正して上に正座した。
クルル君は見下ろしている。
「それで?」
何かを促す声。
僕は観念して白衣のボタンをあけた。
「ねえ、クルル君」
「あ?」
これでいい?
心の隅の期待はかき消した、つもりだった。
「寒いよ」
ニヤリと笑って肩から倒された。彼の手は勢いよく白衣の合わせ目を開く。
もう何も着ていないから全裸に近い。恥ずかしい。
「知るかよ」
手のひらが這い回る。
冷たくて変な声がでる。寒さに上乗せされたからだがふるえた。

「ドロロ先輩は本当はこんなにあっさり引っかからねえんだろ」
真面目な声がする。けれどすぐに笑って、
「まあでも俺様が本気になればアサシントップだろうが忍びだろうがチョロいぜェ」
いつもの調子になる。
組み敷かれた僕はまた刃を突きつける。喉笛がもう少しでかき切れる。
「調子に乗っていると寝首をかかれるでござるよ」
暗殺には今の状況がとても都合よい。
「俺を殺したら軍法会議ものだぜ」
「証拠を残すとでも?」
言いたくない本当のこと。こうして誰かを手に掛けたことがあること。
だからこういう営みにはそういう意味しかないと思っていたこと。
何も感じない。欠落した生き物の心。
「それに丸腰のクルル殿など、ただの若造にしか過ぎぬ」
そこまで言って刃を投げ捨てた。
微動だにしなかった、できなかったクルル君が頬をなでた。
いつも言うことは憎まれ口、嫌み、トラウマを呼び覚ますこと、そんなことばかり。
なのにその手が優しくて泣きたくなる。僕は時々、彼と居ると泣きたくなる。悲しみじゃない。
地球へ来て、小雪殿と過ごして、少しずつ変わっていったけど、ずっと心に溶け残っていた何かが、崩れていく。
「ああ、知ってるよ。先輩もおっさんだからな」
どういう気持ちで彼が僕を抱くのかは、きっとずっと知り得ないことだろう。
ただもてあそんでいただけと言われた時に傷つかないように武装した心は
「でも俺だってここにいる」
いとも簡単に解けてしまった。
「誰が好き好んであんたなんか。ああやって殺されるかもしれねえのによ。危険な遊びは好きだし、トラブル、アクシデントは俺の信条、でも。
それでも、そんなどうでもいいリスク、おもしろくも何ともねえよ」
鎖骨に吸い付く彼の頭をなでた。
「何だかんだで好かれてるのはわかるから大丈夫だよ」
位置をずらして噛みつかれる。妙な声が出て思わず手で口を覆った。
「調子に乗んなよ」
侵略されていくことに謎の喜びを覚えながら笑った。
「たまにはいいじゃない。うれしい事があっても」
「別に好かれたかねぇけどな」
僕は知っている。
それ相応に大人だから。
「先輩なんか忘れておけばよかったかもな」
その言葉がねじくれ裏返った嘘であることを。
そして賢い彼が僕がこう言葉を捉えているのを知っていることを。

「ああ、そういえば」
淫蕩に耽るその最中、ポツリと彼がつぶやいた。
「な、に……?」
切れ切れの息で返事をする。本性だ。演技などではない。
「初めてこういうことした時思ったな」
何を? と聞く自分の声は声にならず、それでも伝わるようだった。
「いや、そんな話はいいか」
少しだけ僕が特殊だから、少しだけ歳が上だから、彼のことがとても本当は好きだからわかってしまうことがある。
もう余裕がないこと。
彼の普段は虚勢では決してないけれど、彼の中身の中身には計り知れない性格があること。
それは案外優しく甘やかしてくれること。
……そして現実的な問題が今色々危ないこと。
若いから、なんて言えば自分がひどく年寄りじみている気がして悲しいが、彼はやっぱり少し子供だから、こういう時後先考えてはくれない。
「あ、あっ、だ…ダメだからね!」
始末の事を考えてしまう自分もいやだ。
「は? 何が? ……っつか」
遅すぎた警告を後悔したような、悔しいけれどつなぎあった手や色々が嬉しいような、複雑な気分になりながら、僕らは崩れた。
あとには呼吸の音ばかり。
「お風呂に入った意味がないでごじゃる……」
ちょっと泣けてきた。ああ、何で僕はこんな感覚を知ってしまったんだろう。
「もう一回入ればいいんじゃねえの?」
もういやだ。この格好で出歩くのはもう嫌だ。
もし誰かと会えばもう何をしていたかなんて感づかれてしまう気がする。
今の僕に忍べる程の余裕はない。
ちょっとだけ、弱くなったのかなあ、なんて考える。
けれどそれはやっぱり幸せな事なんだと、今は思う。
何も言わずに腕をのばせば、軽い舌打ちをして仕方ねぇと呟いて抱きしめてくれる。
凍らせてきた心はもういない。

「ねえ、じゃあ初めからクルル君はラボに帰ればよかったんじゃないの?」
本日二回目の浴室は地下。彼のラボの中。案外何でもある謎空間。
幸いカレーのにおいは今しない。
「空気的に先輩がぼっちになるからいてやったんだよ。俺なりの愛ってやつ?」
ククッと笑う。
奇数になったら僕は忘れられていただろう。
少し愛という言葉に絆されそうになったけれど思い出す。
「白衣一枚で歩かされるなら残り湯にひとりで構わないでござる!そんな愛……」
いらなくないけど。
一層陰険な笑みを浮かべて彼は手を合わせた。
「ごちそーさんです」
やっぱり全部わかっててやっているんだからたちが悪い。
そしてそんな人が好きな自分に少しがっくりする。
こんなはずじゃなかったよね?少し問いかけた。
過去の自分は苦笑した。面倒くさい人と縁があるのは仕方がないよと。



色々片付けて、戻ってくるまった布団の中で膨れ面をする。
「お粗末様です」
「いんや、粗末じゃねぇから安心していいぜ」
そういう事じゃない!
「服が乾くまで、ここにいてよ。クルル君のせいなんだから。あとあの格好もういやだからね」
「へいへい。いつまでもこうしててやんよ。仕方ねぇから。貰うもん貰ったしな」
そう言って軽い口づけを落とされた。
「ギブアンドテイクってやつだな」
……今は何も言うまい。

朝になればはためくであろう洗濯物を思い浮かべて寒さにくっついたまま僕らは眠った。

地上では記録的な大雨が降り出していた。
そして二人で一緒に休暇をとった。

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