みとめたくないおはなしを | Chiffon+

みとめたくないおはなしを

「あー終わったあ。ったく隊長も人使い荒いぜ」
独り言を言いながら丸くなってた背筋を伸ばす。
パキパキと音がする。
「お疲れさまでござる」
優しい声が背後。
「いつから居やがった」
近づくその人に悪態をつく。徹夜で作ったデータを隊長に送信して、イスごと振り返る。
「隊長殿の人使いの荒さはもうしかたがないのでござるよ」
「まあ、知ってるけどよ」
「それについていけるんだから、クルル君はすごいね」
言葉遣いが変わる。
先輩が手を広げてニコニコしている。
何のつもりだ、と一瞬たじろいだ。広げた両手をただただ見る。
それで数分。
しょんぼりしたように先輩が手を下ろした。
「やっぱり、なれないことはするもんじゃないよね……」
真意をはかる。
何となく、薄ぼんやりと気づいたそれは、都合のよすぎる解釈で、けれど、間違いだったとして、それは知らなかったで押し切れる、そんな気もした。
俺が先輩に歩み寄る。
「でもマジ疲れた……先輩よくあんなのと友達やってられるっスね」
倒れ込むように、先輩に全体重を預けた。
向かい合わせにまるで抱き合うように、甘えるように、そんなつもりは更々ないが。
「うーん、怖い思いはたくさんしたけど、ケロロ君がああじゃなかったらきっと僕は小隊にいなかったんじゃないかな」
「ああ、そりゃ隊長のいい加減さに感謝しなきゃな」
先輩に会えない今を想像する。それは生活にも仕事にもなんの支障もないし、むしろ願ったりかなったりな世界だった。
先輩さえいなければ、こんな気持ちにならずに済んだのに。
アイデンティティを揺るがすような事件もなかったのに。
「感謝ついでに、ヒマができたから先輩で遊ぶかな」
八つ当たりをしてやろう。俺が俺であることを侵害したその償いを。
向かい合う、警戒心の解かれていそうな先輩の口布を引き下げた。
うっすら染まった頬が複雑な気分をまた呼び覚ます。
「甘えに来たんでしょ? たまには応えてやるぜェ」
そう言って笑えば、違うもん、と恥ずかしそうに目をそらす。
「あっ、そう。じゃあいいか」
離れようとする俺を先輩が引き留めた。
「えっと……その」
染まった目元が変な気持ちを呼び覚ます。
ここは思い切り冷たい床の上。
けれどそれが何だと言うんだ。
悔しいけれど据え膳を放っておけるほど枯れても達観してもいない。
露わになった唇に自分のそれを重ねる。ああ、いつから俺は先輩なんかにこんなことをしたかったんだろう。
心の隅で自分をあざけり笑い、どこかでそんな自分に小さな自慢をした。
うらやましいだろう。
こんな風にできる相手が居て。それが先輩で。
先輩にも悪く思われていなくてうらやましいだろう。
散々した酷いことの後も先輩は穏やかに笑っていた。
「ん……はっ、あ……」
苦しそうにもれる吐息にほくそ笑む。
「素直になっちゃいなよ」
息を整えながら一層潤んだ目で先輩は笑う。
「それをクルル君がいうの?」
互いの顔を見てひっそりと笑った。

所変わって簡易ベッドの上。客人なんか来る想定はしていないから寝床に戻るのが面倒くさいときのために作った、ボタン一つで出てくるマットの上。
最近は専ら先輩が寝ている。
別に泊まりに来てる訳じゃないが、最終的にそこで寝ていることになる。
服をはだけて素肌に触れば、手が冷たいと先輩が身を捩った。ずっとキーボードを叩いていた手は冷え切っている。
「あ、そう、じゃあやめてもいいんスよ」
そう言って手を離せば名残惜しそうな声、そしてクスクス笑う先輩が膝をずらした。
「いいの? 本当に?」
それは俺の、欲情の証拠をなぞり、妖しい目が俺を見ている。
悔しい気持ちになる。
意地でいいよ、と言いかけた俺に先輩が言う。
「嘘だよ。僕が嫌だもん。ね、やめないで」
一層悔しい気持ちが煽られて、俺は先輩をひん剥いた。暗いラボで裸体を晒す先輩にぞくりとした。
恥ずかしそうに、でもこちらを見ているその表情がたまらない。
先輩がおずおずと俺のベルトを外しにかかる。
敢えて抵抗しないでそれを見ている。
恥ずかしそうな表情と、きっと本気を出せばあっさりできてしまうような行動に、恥ずかしさのせいかもつれる手が、認めたくないけれどかわいかった。
「 えらく積極的じゃねェの」
からかうように言う。
「つ、疲れてるんでしょ。えと、あの、ご、ご」
ご奉仕……?と小さな声。
「嘘付け。徹夜明けって知ってんだろ? 自分がヤりたかっただけだろ」
嫌味に笑えば図星をつかれたように先輩が黙った。
「いいぜ、付き合ってやるよ」
仕方ねぇな、と何度目かのキスをした。

「う……っく」
苦しそうに先輩が跨っている。
確かにしたかっただけだと照れ笑いした先輩は、だったら自分でするから、と言って聞かなかった。
主導権を握られるのは本意じゃないけれど、
「あっ……ん、うぅ…」
これはこれでいい光景だ。
「随分と良さそうっスね」
こちらはこちらでない余裕を隠しながら、先輩を責め立てる。
「いや、動いちゃ、ダメ」
そんなこと、聞いてやらない。
勝手に体勢を変えれば、予測していなかったその行動に、先輩は大いに乱れていた。
何だかんだでいつもどこか余裕風を吹かせている先輩へのお返しだ。
日頃の小さな復讐を果たしながら、果てる先輩をニヤニヤと見ていた。

徹夜がたたって、ひどく疲れて、俺は泥のように眠った。
うっすら目を覚ましてみれば、無防備な幸せそうな寝顔が腕の中。
あの、物音一つで目を覚ます先輩が。
警戒心の塊みたいだった先輩が。
俺みたいな何をしでかすかわからない奴の腕の中で幸せそうに眠っている。
俺は先輩が嫌いじゃない。
「……クルル君」
寝言で呼ばれて、とろけるような笑みを見せられて、

これは言わないでおきたい話。
先輩の事が、俺は好きだ。
ちくしょう。

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