エスカルゴ | Chiffon+

エスカルゴ 2

 
その人が俺の突然の告白に考え込むこと数駅。
俺のよくわからない気持はどんどん冷静になっていく。何か変なことを言った。完全に今の俺は変な奴だ。ああ、願ったりかなったり。
でもそうだ、この人がどこの誰かわからない。歳も知らない。
「承知したでござる。友達でもいいのでござろう?」
手を差し出して俺にほほ笑みかける。よろしくねの握手とでもいうのか。というか本当にいいのか。そんなあっさりと。この人にかかってる電車賃って一体いくらなんだよ。今財布に二千五百円しかねえんだけど。こんなこと言っといて払えませんでしたとかダサいことになったら嫌だな。
「どうされた?」
まあいいか。
「いや、何でもない」
その手を取ってできるだけ何も悟られないように笑った。

下車駅やら名前やら、今何をしているのかやら、個人情報を聞き出しながら電車に運ばれる。同じ大学の先輩。嘘みたいなことを知る。
「アンタみたいに綺麗な人なら知ってそうなんスけどねー」
こんな人、さっぱり見たことがない。
「存在感ないからね……」
少しだけ表情に暗い影。つつくとおもしろい話のようだ。
けれどまあそれはおいおい。それだけ近ければ都合もいいからひそかに笑う。
「でも嬉しいでござる。友達はみんな卒業してしまって、正直さびしかったのでござるよ」
友達。確かに友達からでいいとは言ったけれど友達になって下さいとは言っていないのだが。
「何か勘違いしてね?」
友達から、なんだからいずれは友達じゃなくなるわけなんだけど、この人は単純に友達が増えたと喜んでいるように見える。

ホームを出て有人の改札へ。先輩が何事か事情を話し、俺が支払う。
細かいのいらね、と出た小銭を渡す。帰りに飲み物でも買えばいい。財布が軽い。
ありがとう、とほほ笑むその人はやっぱり可愛かった。けれど俺も何か血迷ってしまったのかもしれない。いくら可愛くてもこの人は男だし。
何だろう?故郷を離れたストレスとかあるのか?今さら?こんな時期に。
「誠にかたじけない。あ、お金は今度返すでござる。連絡先は……一寸待たれよ」
カバンから取り出したメモ紙にきれいな字が並ぶ。けれどそれは住所だ。
「電話番号でいいぜ?」
何もそこまで丁寧に個人情報を教えてくれなくてもいい。
「ないでござる」
きょとんとした顔が見上げている。
もしかして、と思う。
「メアドとか」
「ないでござる」
きっぱりと言いきる様に気が遠くなる。
「それさ、俺だからよかったようなもので別の誰かに金借りて言ったらキレられるだろ」
寸借詐欺だと思われる気がする。俺はもう僅かだけれどこの人を知ったから別にいいけど。
それも連絡先には変わりないのに、電話もメールもできないことは今じゃあ連絡が全く取れないことと同じ。
この人レポートとかどうしているんだろう?手書きか、なんて面倒くさいことを。
「左様でござるか。では君に会えたことを喜ばねば」
「いや、そういうことじゃねえよ」
天然ボケ。理解できない奴にお前なんかあり得ないとやんわり伝えるような言葉が脳裏をよぎる。
「まあ、いいや。コレ俺の連絡先っつってもあんたじゃ使いどころもねえけどよ。あとそれから」
電話番号とメールアドレス、それからいつも自分のいる研究棟の場所を伝える。
「承知した。明日改めてお礼に行くでござる」
「そんなすぐに来なくていいっス」
変な夜だった。そして変な人だった。
俺に言われたくはないだろうけれども。
笑顔で手を振って去っていくその人を見送って家路につく。
俺のアパートまであと数メートルくらいの所で着信。相手は公衆電話。
怪訝に思いながら出てみると鼻をすするような声がする。
「おうちの鍵もお財布の中だったでごじゃる」
早く帰りたい。そして寝たい。
肩を落として駅へ向かった。





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