エスカルゴ | Chiffon+

エスカルゴ 1

 終電間際の駅のホーム。冷たくなった風が頬にしみる。試しに息を吐いてみると真っ白。帰りにコンビニでおでんでも買うかな、とか考えてやっぱりカレーでいいやと思いなおす。
中途半端な田舎のこんな時間の駅には本当に誰もいない。電気を節約しようというのか、それとも面倒で変えていないのかホームの端は明かりすら消えている。
何となくヘッドフォンを外す。外気に触れる耳も冷たい。
「あの」
子供のころはそういえばイヤーマフなんかしていたっけな。
「あの!」
自分の耳元の装いが変わったのはいくつくらいの頃だろう。覚えているはずもないけれど。
「あの!そこのお兄さん!!」
「……何だよ」
人が珍しく昔を思い出しているというのに。自分でも驚くほどの面倒くさそうな声が出た。騙されるわけもないけれど、話しかけてくる他人というのは大体面倒なことを一緒に連れてくる。
「あ、な、なんでも……ないでござる」
怯えたような声が後ずさり。退かれると何となく構いたいかなというのは天性のひねくれのせいだろうか。ちらりと声の主を見る。
薄暗い電灯に照らされる肌は白い。マスクをして読めない表情のはずなのに、怯えているのがわかるくらい目がうるんでいる。可愛いかもしれない。その時そんなことを思ってしまった俺はやっぱり少し疲れていたんだろう。
「ないこたねえだろ?何だよ」
両手でその頬を引っ張る。
「いひゃいいひゃい」
パチンと離す。両手を頬に当てる目が俺を見上げている。声からして明らかにこいつは男なんだけど。
「初対面の人にこういうことを言うのは大変申し訳ないのでござるが」
言いづらそうにする、その雰囲気がやっぱり好きな感じで。
「電車代を貸してほしいでござる。お財布落として切符もその中で……」
何かチョットだけ構いたくなったと言うか何と言うか。
「……いいけど」
「本当でござるか?」
あ、初めて困ってない顔。今日最後の電車がホームに入ってくる。
「いいけど条件がある。けどまあとりあえず乗ろうぜ。最終電車だ」
待って、と言いたそうなその人の手を引いて電車に乗り込んだ。反対方向かもしれないとかそんなこと知らない。
「条件とはどのようなものでござろうか?」
心配そうな目は吸いこまれそうな色。陳腐なきれいの表現が当てはまるような人。
「俺と付き合ってくれ。友達からでいいぜ?」
一目ぼれなんてもの、誰が信じるものか。
それが俺と先輩の出会い。



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