先輩となつやすみ | Chiffon+

先輩となつやすみ

弱く冷房のかかる音がする。閉めきった窓の外で風鈴が面倒臭そうに一度なった。
「あ、ピンクのやつ」
小さいテーブルに素麺。
「よかったでござるな」
よくわからない反応をする先輩が一人。まあ、二人いても仕方がないが。ん?いや、それはそれでいいかもしれない。
「じゃあ先輩にやるよ」
半分口に入れた素麺をはしでつまむ。先輩が露骨に嫌な顔をした。
一気にすすって麦茶を飲んだ。全く、つまらないくらい典型的な夏休みの昼飯。
「子供の時は弟と取り合いになったなあ。今考えるとくだらないけど」
懐かしそうに目を細める先輩は、油断しきっている。
「弟いるんスか、へェ、弟ねェ」
含みを持たせて繰り返す。また嫌な顔。
「人の身内をそういう邪な感じでみるのはどうかと」
「まだ何にも言ってねェし」
大体わかるよ、とあきれながら笑う。こんなやり取りをここ何日か繰り返している。
「君には兄弟とかいないの?」
毎度嫌な顔をすることになるのなら、こんなに毎日の用にうちに来なくてもいいのに。
「さァね」
そうやって嬉しそうに笑ったり、俺の前で油断しきったように飯を食わなくてもいいのに。
「教えてはくれないのでござるな」
第一、学校が休みでも俺は別に休みじゃないし。迷惑だし。
「ホントに知りたいと思ってんのかよ」
わざわざ先輩のために家に帰ってきているわけでは絶対ないけれど。
「知りたいよ、だって」
恥ずかしそうに目を伏せる。外では知らないガキのはしゃぐ声。
「ホレられてんなー。さすが俺だぜ」
「ま、まだ何も言ってないでござる!」
「素直になっちゃえばいいじゃないっスかー」
みるみる頬を赤く染める先輩をからかう。その頬をつまんでやりたい。
「そりゃあまあ知りたいよ。好きな人のことなんだから」
照れたまま笑うその顔がなんだかまっすぐ見られない。じわりと染みのようにひろがる気持ちをごまかした。
「俺は別に先輩のことさほど好きではねェな。ま、ヤりたいけどよ」
それをつまりなんと捉えるか、それは先輩次第だ。
「ところで君は休みじゃないんでしょ?どうしていつも帰ってくるの?」
ほんのすこし意地悪そうにニヤニヤ。似ていない真似のよう。
「別にー忙しい合間を縫ってでも先輩に会いたいなーとか思ってないっスよ」
先輩が俺の逆さ言葉に気づいておずおずとそばによってきて、俺の肩に頭を預けた。
「全然好きじゃねェ。ヤりたいけど」
クスクスと先輩の方が震えている。
「じゃあいいよ。しても」
冗談の様に、でも恥ずかしそうに先輩。
目が合って、恥ずかしさが伝染する。
そばにいる先輩の肩をつかんで引き寄せて勢いに任せて唇を重ねた。


この先のことはまだわからない。

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