この距離が | Chiffon+

この距離が

がらんとした駅のホーム、まだこない電車を待つ。
決められた位置に並んで立って、先輩は線路をみて、時刻表を振り返り、何度かそれを繰り返す。
俺はそれを横目に見て、でもあまりそれも悟られたくはなくて、ごまかすようにがりがりと頭をかいた。指に髪がこんがらがった。
「猫背でござるな」
やや俺を見上げた先輩が言う。
「ああ」
そうかもしれない。
「真っ直ぐ立ってみたら?」
「何でだよ」
一時間に一本の電車を逃した俺達はヒマだった。言葉に従うつもりはなく、少し真っ直ぐに前を見てみる。先輩と目が合わない。そこまですごい身長差はないが、俺の方が少し背が高い。
「少し話しかけやすそうな印象になったでござるな。真面目にしていれば少しは違うのではござらぬか?」
何が楽しいのか先輩は笑い、俺はもとの姿勢に戻った。体に悪かろうが何だろうがこれでいい。困ることは別段ない。
それに、いや、これは別に関係ないか。
「ああ、じゃあ背筋伸ばしてない方が生きやすいな」
「僕には関係ないけどね。君がどうであれ」
いつもの目線で、今度は普通に先輩をみる。目が何?とたずねている。初めから変わらない距離が、いつの間にか居心地よくなってしまってはいないだろうか。
丸めた背中で少し人より下を向きがちな、俺をのぞき込んでくる先輩に、安らぎなんてダセェことを思っていやしないか。
「僕は君がどうであれ、こうして並んでいたいからね」
思わず先輩から顔を背けて生返事をした。興味のないふり。嬉しくなんかない。誰から理解されようなんて思わない。俺のことは俺だけがわかっていればいい。先輩なんか勝手にそこにいればいい。俺はただそれを都合よく利用しているだけなのだから。
先輩の気持ちを知っていて、受け入れた顔をしているだけなのだから。変わりなんか、誰でもいい。そのはずだから。変わりなんて。
「勝手にしろよ」
変わりなんて、いらない。
本心なんて言わない。

ようやく着いた電車に乗り込んで、隣に座る。目算数センチの距離がなぜだかもどかしい。


列車に揺られ、俺は伝えたいことを伝えるすべを考えては消していた。
この気持ちは伝わることなどないはずだ。
今日も先輩の好意を俺はただただ享受する

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