贈りあう人たちを横目に見て | Chiffon+

贈りあう人たちを横目に見て

ある程度の大きさに砕いてボウルへ。温めている湯にそれをつける。直火はダメだ。
溶けたら氷水へ。今度は少しずつ温度を下げる。
そしてまた温度を上げて。
「これが、テンパリングってやつな」
「へえ」
興味のなさそうな声が横でする。
「溶けたチョコのあの白いのをファットブルームっていうんだぜ」
「そう」
バリバリと包装紙を開けながら、先輩は俺の手元を見ている。そして見上げて、言った。
「で、何でそんなことするのかな? それ、僕が貰ったやつなんだけど」
顔は完全にあきれ果てた表情。ちなみに先輩が食っているのは、俺が貰ったものだ。今日はバレンタイン。どうでもいい。
「先輩誰にこれ貰ったんだよ」
「いや、それが」
困ったように先輩が笑う。
「誰なのか全く見覚えがなくて」
「じゃあ持って帰ってくんなよ、そんなもん」
何が入ってるか、わかりゃしない。けれど包装紙の下はただの板チョコで、俺は少し拍子抜けしていた。
「今度見かけたら返そうと思ってたのに、君があけちゃったんじゃない」
「つか、追いかけろよ」
先輩なら、きっと追いつける。
「でも君のこと待ってたから、どちらかと言えばそっちのほうが大事かなって」
先輩に向けられたであろう好意を叩き割って溶かして、とりあえず薄く広げてナッツを乗せて放っておく。
とりあえず捨てなかった。曲がりなりにも食べ物だから、捨てたら先輩は怒るから。別に怒られてもいいし、捨てなくてもいいけれど。
ボウルに残ったチョコを先輩が掬って舐めた。
「甘い」
「当たり前だろ」
「君がそんな風にしてたら、別物になっててもおかしくないなって、お菓子だけに」
何がおもしろいのかクスクス笑う。指先を舐める舌は赤い。
「錬金術師かよ」
「近い気がする。よくわからないし、君のやってること。不思議でしかないよ」

ところで、と先輩が気まずそうに切り出した。
「これって、やっぱり失敗だよね?」
白い波のような模様の浮かんだ、いかにも子供の作りそうなアルミカップを冷蔵庫から取り出した。
「失敗だな」
「そうだよね」
それはどうした、と聞こうとする俺をしゃべらせまいとするように先輩がまくし立てる。
「友達がね、手作りしたいって言うから作ったんだけどね、二人とも洋菓子ってよくわからなくて、焦がしたり、固まらなかったり、で、まだこれはマシな方なんだけど、手作りはやめようって2人で……これは残り物」
「その友達はどうしたんだよ?」
「結
局その足で買いに行ったよ。渡せていればいいけど」
「先輩にも友達居るんスね」
「いるよ!前も言ったじゃない。あ、そうそう」
先輩はどこかに行ってしまった。テンパリングのうまくいったチョコを食べた。調合みたいなものだ。化学の実験のようなこういう作業は得意だ。あまりやる機会はないが。
俺は先輩にチョコを押しつけて帰った奴に心当たりがあった。最近しきりに先輩について聞いてくる女がいた。適当にあしらっていたが、先輩が俺の所へくる度に、じっと先輩を見ていた。居心地の悪い気分になった。
それは早い話がやきもちの類のものたのだろうが俺がそんなつまらない感情を持つもんか。
しかし、あいつが「いつもくるあの人何が好き?」って聞いたからシンプルなものとは言ったけど、そうくるとは。
内心でそのとき思った。
「あと、先輩は俺が好きだぜ」と。
不意に鳴る着信音。
そして嬉しそうな先輩の声。
「渡せたって。ありがとうって言われたって」
よかった、と向けてくる笑顔が余りに嬉しそうで思わず目をそらした。
「そりゃ良かったっすね」
先輩は子供のように大きく頷いた。そして俺の肩に頭を預けた。予想外の行動に、ぎしり、と体が硬直した。
「別に思いを伝えるのに、女の子同士でも構わないんだね」
「先輩の友達はそうなのかよ」
先輩の口調は何かを確認するかのようだった。俺は全ての手を止めて先輩をそのまま抱いた。
「わからないけど多分」
先輩は頬を擦り付けて甘えるような仕草で目を閉じた。心音を聞くように、温かさに甘えるように。
これをからかうのも野暮な気がした。
「だから僕が君に何か伝えても構わないんだよね 」
柔らかそうな唇が潤んで見えた。
少し背伸びをした先輩を、俺は抱いたまま、突き放さないでいた。
「普段できないから適当に理由つけたってだけだろ?」
「そうだね。僕も素直になれないんだ」
先輩は微笑んで小さくささやいた。

「ねえ、何をしてほしい?」
それだけの言葉に今俺の信条がぐらついている。

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