それに対する小さな考察 | Chiffon+

それに対する小さな考察

お昼間の旧い商店街はお腹の空く匂いがする。
「カレーうどんって緊張する食い物だと思わねえっスか?」
並んで歩いていた彼が唐突に言う。
僕らはそば屋の前を通り過ぎていた。
「唐突でござるな」
彼が唐突なのは結構いつものことだけれど。
「メガネは曇るし、汁は跳ねるし、その汁がつくとシミになって洗濯しても落ちねえ」
「それは君の洗濯の仕方が杜撰なのではござらぬか?」
家事をしている彼、というのは見たことがないけれど、何となくそうなのではないか、と思った。
「俺だって気に入った服は大切に洗濯したりするぜ?」
「えっ?」
思わず聞き返して、頭からつま先まで見回してしまう。
「その反応ムカつく」
「あ、あの、ごめんね。つい」
普段のいいかげんな身嗜みのイメージがそうさせた。
服装に無頓着なのではないか、でも野暮ったくないのは彼のもって生まれたものの為ではないか、そう思っていた。
逆に僕は何となく野暮ったい気がする。無頓着というよりはよくわからない。
「ま、いいけどな。先輩じゃあ仕方ねぇよな」
その言葉もどうかと思うが。
「そういえば今日は白衣じゃないんだね」
「今日に限ったことじゃねえだろ。先輩いつも俺のどこ見てんだよ」
ニヤニヤと言われて首を傾げた。
「どこだろうね」
取り留めのない話をしながら歩いていたら、商店街が途切れた。
「あの角曲がった所」
彼が指さした。
「あんな所に。知らなかった」
「ああ、で、先輩今着てる服、好きか?」
自分の服を改めて見る。白い。
「それなりに」
「そうか」
彼がいやらしく笑った。
意図が掴めない。
「あれはカレーうどんの店なんだけど構わねえよな」
不意に取られた手が冷たい。
「さっきあんな話聞いて、それじゃあ緊張するじゃないの。わざとやってるでしょ」
バレましたー?と彼が軽い調子で肩をすくめる。
「別にいいけどね。君がやりそうなことだよね」
いつもの笑い声と共にカレーの匂いが漂い始めた。
「ほらよ」
突然バサリと何かよこされた。広げてみれば見覚えのある白衣。
「いらねえからやるよ」
いつも手ぶらな彼が珍しく紙袋を持っていた。そして中身がこれ。
「俺は大切なものはそれなりに大切にするんだぜ」


ほんの少し、気持ちがぐらついたけれど、結局ぶかぶかのそれをわざわざ着て、昼食をとることになったから、結局気まずい思いをするのだけど、そのことをまだ僕は知らない。

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