ひとりぼっち | Chiffon+

ひとりぼっち

俺だって授業にはでている。
大きな教室の、必須科目の授業に出るために教室に入る。
目は悪いけれど内容に興味もないし、と一番後ろの端に座った。居眠りでもしていようかなと考えながら遅刻している教授を待つ。
全体的にやる気のない風な教室内。
ふと視界に見覚えのある何かがうつった気がした。
けれど気のせいだったようで特別何もなく、取り留めもないことを考えているうちに授業が始まった。
お経のように区切りなく続く教授の話に、聞いていないのに眠気を覚え始めた頃、船をこいで一度前を向いたとき、さっきの感覚がまたあった。
目を細めてよく見れば、先輩の姿が見えた。
前から三番目の列。板書きを書き写している真剣な顔。
先輩、こんな授業の単位落としたのかよ、と半ばあきれながら何となく先輩の動作を見ていた。
ヒマなこの時間にはいい時間つぶしになるだろうとじっと見ていた。
前を見て、ノートを見て、教授を見て、何やら書き留めて、あ、今教授のダジャレに笑った。誰一人笑っていないのに。
そのしらけた空気の中でも先輩だけ声もなく笑っていた。
真横にいる奴すら気にも留めない。
先輩だけが異質に思えた。けれどきっと気にしない。駅で酔っ払いが寝ていて
も気にされないように、存在自体を見られない。
俺は、そんな先輩を見ている。妙な違和感を覚えた。

そんなに気にされない奴を、存在感のない奴を俺は気にしている。
恐らく今世界で一番先輩を気にしているのが俺だと言っても、大袈裟ではない気がする。
そこまで考えて、少し自分に苛立ちを覚えて考えるのをやめた。
先輩のことなんて考えてられるもんか。
それにしても退屈な授業だ。
俺は教授の言っていることなどとうの昔に知っている。ここで質問攻めにしたら教授の方が答えられなくなる自信がある。やらないが。
最後に配られる出席用紙に名前を書けばそれで済むような授業だ。
先輩はどうしてそんな授業なんかの単位を落とすのだろう?
ものすごいバカなのか?
いや、それはない。ある程度知識もあり、技術もあるはずだ。
俺とは違うある分野では、右にでる者はいないのではないかと思っている。
しかしこんな授業に出ている。
俺と先輩の歳の差から初めてではないのだろう。
気がつけばまた先輩をじっと見ていた。
発想を転換する。
存在感のない先輩を、逆に気にしてやるのも面白い。
つまらないことを考えて、思わず俺はのどで笑った。

授業が終わる。
配られた出席カードを所定の場所に置き、俺は先輩に声をかけた。
「せーんぱい」
声なんざかけられる事はないだろう
と思っていたのか先輩が目を丸くして俺を見上げた。
「あれ、君も受けてたんだね」
「必須スからね。仕方なく」
そっかぁ、と返す先輩はどことなく嬉しそうだ。
驚いた顔でも見てやろうかな、と気まぐれな思いがよぎる。

「これから何かあるんスか?」
「今日は何もないよ。これから帰って、夕飯でも作るのかな」
ひとりぼっちな先輩のひとりぼっちの食卓を想像してはニヤニヤと見下して笑う。
かくいう俺だって大差はないのだが。
研究室に戻って、いつものように寄せ集めで何かを作る。プログラムを組んだり、ただ音楽を聴きながらネットサーフかもしれない。
「じゃあ星でも見に行かねえッスか?」
こんな気持ちの悪い誘い俺なら願い下げだ。このクソ寒い中、空なんか見ている奴の気が知れない。
「本当に? いいね! 行こう。ありがとう」
そんな奴の、気が知れない。
要は、先輩わかんねー。
そんなの冗談に決まってる。一笑に伏してやろうと見た先輩の笑顔が余りにも、これはどうとは言いたくないけれど、あまりにあまりだったので、
俺は先輩と並んで教室を出た。

そういえば今日は晴天。
そしてどこぞの流星群がやって来る。

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