階段 | Chiffon+

階段

登っても登っても先の見えない階段を2人で登る。
「せんぱ…ちょっと休憩…」
「ええー、もうあとちょっとなのに」
聞き飽きた言葉を無視して階段に腰掛ける。
階段下に停めた自転車が小さく見える。
上を見れば鳥居はまだ遠く、先輩のあとちょっとが信用できない。
これで何回目のあとちょっとだと思ってるんだ。
座った石畳の階段は冷たくて、12月の空気も冷たくて、体が心身と冷えていく。
「もういい? 日が暮れちゃうよ」
携帯電話で時刻を確認する。もうかれこれ一時間は登っている。
どうしてこうなったんだっけ?
さかのぼる数時間前。
昼飯のために校内を2人で出た。
たまには外出がいいと言い出した先輩に付き合って階段下の蕎麦屋に入った。
「見せたい物があるんだ」
店を出た先輩が指差したのが階段上。
「えー、登るんスかぁ」
近所の高校生が体を鍛えるために登り降りしているらしいと言われている長い階段。上には寂れた神社があるらしい。
ここは知っていたけれど、上まで行ったことはない。
面倒くさいと口から出掛かって、ふと気になった。
見せたい物って何だろう?
考える。
「どうせ花かなんかでしょー?」
「そうだけど、君に見せたいの!」
わがままを言う子供のように先輩が頬を膨らます。
その顔に負けたわけではないけれど、俺は階段を登っていた。
何回か体力は限界にきて、休み休み。
先輩はけろりとした顔で休む俺を見ていた。情けないけれど、俺に体力はない。先輩はやたらある気がする。そして今は関係ないが異常に素早い。

「もう寒いし、帰りたいんスけど」
けれどすでに半分は登ってしまっているから、どちらに行ってもさほどの違いはない。
「仕方ないなあ。じゃあおんぶしてあげるよ」
先輩の言葉に一瞬固まって、脳が処理して、俺は露骨に嫌な顔をした。
実際に負ぶさってあがればあっという間につきそうで、それはそれで嫌だ。
「登ればいいんでしょ」
俺は立ち上がって階段を駆け上がった。みっともない全力疾走で、そして段々と減速してゆきながら。
「はぁっ、着いた…っは、息きれた……」
ぜえぜえと息を切らして、鳥居をくぐり抜けるとそこは遅く訪れた秋のせいでまだ葉の落ちきらない紅葉の神社。
淋しい雰囲気に、冷たい風が吹き抜ける。
どことなく先輩に似ている気がした。
「やればできるじゃない」
全く息も切らさずに先輩は隣にいた。
「さ、お詣りお詣り。せっかく来たんだし」
先輩に手を引かれて少し笑う膝でよろよろとついて行く。
賽銭を投げて、手を合わせては見るが、しらけた気分ですぐに止める。
いつも思う。これに何の意味があるんだ、と。
先輩は何やらしばらくじっと手を合わせて目を閉じていた。
「じゃあ、行こうか」
どこへ行くのかわからないが、まあせっかく登った
し、もう来ることもないだろうと思い、手を引かれるままについて行く。
息は次第に整っていった。

「ったく、わざわざ連れてこなくても写メって送ってくれりゃいいのによぉ。面倒くさいったらないぜェ」
「一緒に見ることに意義があるんだよ」
先輩は境内の裏へ回る。
そして雑草が生えっぱなしの池の縁にしゃがみこんだ。
一瞬、手が滑ったふりをして池に落としてやろうかと思ったが、そんな三流の嫌がらせはやめておくことにした。
階段を散々登らされた代償はまたあとで。
「ねえ、見て」
草をかき分けた先輩が嬉しそうに俺を見上げた。
かわいいなんて思っていない。
「何だよ、見たことのねぇ雑草だな」
そこにはピンク色の花。
「僕も初めて見たんだ。昨日はなかったんだよ。ねえ、新種かな、発見かな」
まさか、気のせいだろう。
「突然変異か、もしかしたらどっかの宇宙人の忘れ物かもな。たいしたことじゃねぇスよ」
ああ、こんなことでここまで来させられて、損した、とぶつくさわざと嫌みったらしくいう俺を無視しているのかいないのか、先輩は嬉しそうに笑った。
「何でもいいよ。君と一緒に見られてよかった」
帰ろうか、と立ち上がった先輩を見て、何とも言えない気分になった。
そういえばお詣りをしている間以外ずっと手をつないでいたことに今更気がついて、俺は柄にもなく気恥ずかしくなった。
冷えた体に、つないだ手だけは暖かかった。

go page top