やめちゃいな | Chiffon+

やめちゃいな

この気持ちは密かに、曖昧に。
笑顔で毎日なんていられない。
「ふーん、先輩に好きな人ねえ」
半分聞いてない顔の後輩にするそんなお話。
「どうせ相手にされねえんでしょ? また忘れられたり」
「そうなのかなあ。結構知り合いなんだけどなあ」
やっぱり好きなんて言わないでいようかなという気持ち。
「先輩の知り合いっていうと……先輩の幼なじみとあの女位しか思い浮かばねえなぁ。一目惚れしそうにも見えねえし、知り合いだろ?」
女はともかく、幼なじみには忘れられてんじゃねぇの?とククッと笑う。
「嫌なこと言わないでよ」
「だったらそんな事俺に相談するもんじゃないぜェ。弱みになるっスよ」
「うう、君に弱み握られるのは嫌だなあ」
後輩は陰険な笑みを浮かべながら、ノートパソコンから視線を外さない。
「ほら、だったら何だって俺にそんな話ししたんだよ」
……。
「君は色々いやらしいから。詳しいかなあって」
研究室の片隅で語らう。
他愛のないお話。
話題は何でもよくて、ここに僕がいることに意味がある。
「盗撮くらいはするけど、そういうことは本人に言うべきじゃないだろ」
それに、と続ける。
「純愛みたいなものは専門外だぜェ」
知ってる。
僕のそれは真っ当じゃない。
だからこその彼だけど。そして、いや、これはいいか。
「僕の好きな人、男なんだ」
一瞬、キーボードを叩く手が止まる。
しかしすぐにその音は続く。
「先輩の弱みなんか握ってもなあ……あんまり使いどころねえよなぁ」
これがほかの誰かなら色々楽しいのにと盛大なため息。
「君はどう思う?」
少し間が空いて返事が来る。
「何なの? 先輩はそういう人なの?」
恋愛対象の話か。
それは違う。
たまたま男だっただけだ。
だから首を振る。
視線はこちらを向いてないのに、そうか、と返事。
「アリかナシかで言えば、アリなんじゃないスか?」
うらやましいこった。彼がそう言ったのが聞こえた気がした。
「そんなに気になるなら心でも読めばいいんじゃねえスか」
「そ、そんなことできないよ! 人道的にダメだよ!」
パソコンをパタンと閉じて、彼がこちらに向き直る。頭からつま先まで眺めて、考え事をするように腕組みをした。
「見た目は悪くねえと思うっスよ」
「そうかな」
少し嬉しくなる。
「でもなあ、存在感はねえし、先輩だしなあ」
陰惨な笑みを浮かべながら話は続く。先輩だしの一言に全てが集約されている気がする。
「ちなみに俺は先輩の夜のオカズを知っている」
少し戸惑った。どうしてそれを?
恥ずかしさで頬が赤くなる。
それを見て彼の表情は一層陰鬱になる。
「し、仕方ないじゃない。お金なかったんだもん。どうせ卵かけご飯だよ」
彼が舌打ちした。
「あー、やっぱり通じねえんだな」
何が? 首を傾げる。
何でもねえよ、と彼は大袈裟なため息をついた。

「なあ、先輩」
陰険な上に陰鬱でさらに陰惨で、そして淫猥な手つきで彼が僕の顎を持ち上げた。
「やめちゃいなよ、そんな片思い」
耳元でそんな声。背筋がぞくりと粟立った。
「やだよ、好きだもん」
あの嫌な笑い方で彼は言う。
「俺が代わりになってやるよ。日曜日に手をつないで出かけたり、夜は泣かせたり、昼間も泣かせたり、好きって言ってやったり、代わりにしてやるよ。可哀相な先輩のために」
僕は繰り返した。
揺らぐ気持ちを押さえつけて。
「嫌。好きでないと嫌だもん。あとね、好きなのは君なんだ。だから、好きになってくれなきゃ嫌だ」
彼は僕から手を離した。後ずさって、顔を背けた。
「じゃあ何で俺にそんな話したんだよ」
僕はクスクス笑う。
「どうしてだと思う?」
知るかよバカ野郎。
そう言って崩れ落ちる彼を見て密かに笑った。
彼の本音、今日こそは聞けるといいのにな。

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