loveずっきゅん | Chiffon+

loveずっきゅん

先輩は多分優しい。
日曜日に呼び出して、全く興味のなさそうなジャンクパーツ漁りに来ても、文句一つ言わない。
外出が面倒くさいからと電話で飲み物を頼んだだけで来たりする。
逆に外出に誘われて行くと言って半日遅れても待ち合わせ場所にちゃんといる。
2月の寒空の中を歯をガチガチ言わせながら、遅いよ、の一言ですんでしまう。
「時間を守る、というのは大切なことなのでござるよ、せめて遅刻するとわかった時点で一報入れるのが最低限の作法。そういう部分が足りないからいつまでたっても嫌な奴呼ばわりされ……って聞いてる?」
まあ、それで済むわけはなくて、温かいものを飲みながら長々説教を聞くことにはなるが。
内容が変わらないからほぼ聞いていない。
「何で帰らねェんスか」
こんなに長い説教をしたくなるなら帰ればいいのに。俺ならきっとそうするし。つか待ちたくない。先輩なんか。
「え、だって誘ったの僕だし……連絡ないし。それに何だかんだ言っていつも来るじゃない」
来るじゃない、そう言いながらほほえまれて、耐え難い気持ちになる。ばつが悪いとはこういうことだろうか。
確かに遅刻はするがすっぽかすことはない。
初めて呼ばれた日はすっぽかしたけど。
次の日普通に学校に来ていたから、そして俺に気づけばおはようと笑っていたから、よくわからないとあの頃は思ったけど。
あの頃とは気持ちが違うから。
「割とあったしね。かくれんぼで隠れてたら帰られるとか……うん、あったなあ。ひどいよね。僕あの日お母さんに怒られてさ……」
段々と落ち込み、周りに何か淀んだ空気が漂い始める。
放置して新しい飲み物を買いに行った。
「そういえば1回あったっけ……すっぽかされたこと。まあいいけど。それはあの時予想してたし」
帰ってきたらそんな事を言い始めていた。
財布に札しかなかったから一緒に買った先輩の分の飲み物をさりげなく置く。小銭が多い釣り銭は面倒くさい。
「じゃあ帰ったんスね」
「帰ってないよ!会ったら何話そうかな、何しようかな、って考えてたら朝だったんだよ。すごく傷ついたんだからね。楽しみだったのに!でも君の性格だから来ないかもなあって」
少し膨れ面で空いた紙コップをまとめて後ろ手に投げ捨てる。見事に燃えるゴミのボックスへ。
「……ナイスシュート」
それにはふれないまま先輩の話は続く。先輩の話は長い。
「でも万に一つでも来たらもったいないから、ほらあの頃ってあんまりしゃべったことなかったし。会って一週間くらいだったし」
何でそんなに俺に会いたいんだよ。
というか、帰ってないって何だ?
その日を思い出してみる。確かに前の日の朝に約束をして夕方会うつもりということになっていた。おはようと言った先輩は前の日と同じ服を着ていた。大体似たような格好だからわからないが。
多分俺はその日故意に行かなかった。妙に親しげな先輩が鬱陶しくて、こうしたら次の日話しかけてこないと思って。
先輩は異常に優しいのかもしれない。
最近も近道だからと芝生を乗り越える俺の服の裾を持ったまま芝生の手前で戸惑っていることもあるし。
理由を聞けば、たんぽぽ踏みそうというくだらなすぎる理由だったり。草花なんかどうでもいいのに。
飛び越えれば?と言えば本当に飛び越えるし。あそこ3メートルくらいあったけど。服の裾を持たれていたせいで俺は転んで芝だらけになったような。
いや、今はそんなことより。
「先輩、もう植物園閉館してる時間なんスけど」
本当は閉館時間を調べて閉館時間に待ち合わせに来たけど。
「え! 本当だ。君が遅刻するから」
「ていうか先輩が学習しないのが悪ィんじゃないですか?」
先輩はそうだね、と笑った。そして続けた。
「明日にしよう。ここからなら僕の家が近いからそっちにしよう」
自分でも下衆な笑みを浮かべて俺は言う。
「結局寝過ごしちまいそうですね」
敢えて何のことかは言わない。
先輩は、俺の予想通りに真っ赤になってうつむいたけれど、ぽつりと言った。
「承知の上でござるよ」
今の所、嫌がらせが通用した試しがない。

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