ひなた | Chiffon+

ひなた

寝ぼけ顔が眩しそうに目を細めている。光に弱そうな赤い色。それをかばうように日陰を作る手のひらにも赤。草の緑色は映えるけれど彼には不釣り合いで、自分で連れ出したくせに妙な違和感を覚えた。今日もラボに顔を出し、
飽きもせず世話を焼きたがる僕に引きずられるように外に出たお昼前。
「何だよ、見とれてんじゃねえよ」
おそらく日向にいる彼、という珍しいものを眺めてしまっていたのだろう。そんな僕に気づいて彼がそんなこと言う。少しだけ斜め下の方に視線を向けて、僅かに気まずそうな顔を見せて、全く不気味な冗談で笑う。見とれてなんかいない。
「やだー先輩ってばオレのこと好きなの?」
わざとらしく頬に手を当てて恥じらう乙女のような仕草。
「多分、でかい男がそういうことをやっている、という状況だとギロロ殿よりクルル殿の方が気色悪いでござるなあ」
くねくねとした仕草が本当に気持ちが悪い。
「失礼なこと言うなよなァ?」
いつもの半笑いの引き攣りではなく、本当に嫌がっている表情で片頬を上げた。例え話だと謝るけれど僕も思わず笑う。そして少しだけほっとする。少し前の問いかけを彼は忘れてくれただろうか。
「さみーから帰ろうぜ。もういいだろ」
まだ冷たい春の風に身を震わせて、寒くて眩しくて鬱陶しいと、立ち上がりかける彼の白衣の裾を引っ張った。大げさなくらいにつんのめって、責めるような目がこちらを睨む。
「まあまあ、もう少しくらいよいではござらぬか」
元気そうではあるけれど、日にあたらないせいか青白くなっていくのが心配だ。そう言ったらこの人は意地でも日にあたらなくなりそうだ。けれど特別うまい言い訳も思いつかない。
「もう少し、二人でいたいだけ」
ああ、これもここに引きとめる言葉にはならないな、と思いながら口にする本音。本当にただ二人でいたいだけ。ここでなくてもいいけれど、僕と彼が何者でもなくいられるところなら、もっといい。
「嫌だね。こんなに日に当たったら溶けちまうかもしれねえけど、それでもいいのか?先輩だってオレが溶けたら悲しいだろ?」
いるはずの人がいなくなったら、もしも今、水たまりに変わってしまったら。ありえないことなのはわかっているのに悲しくなって彼の手を握る。この手ごたえがなくなってしまったら、そんなことがあったらどうしよう。
「それは嫌でござる」
「だろ?」
いつものように笑って手を握り返してくる。この冷たい指先が好き。
「すごく嫌だ」
ここで想像して泣くほどは子供じみていない。ただそうでない今は嬉しいなあと、身を寄せる口実にしては触れている面を増やしてゆく。
「・・・・・・眩しくてマジでウゼェ」
どこに向かうでもなく吐き捨てられた言葉と、身をすり寄せる僕を抱く片腕と手をつなぐ片手は同じ人のものとは思えない温度差。それから先輩は面倒くせェ、と付け足した。
「本当にそうなら、手を離せばよいのでござろう?」
繋いだ手を離しかける。させまいと力のこもる手が少しだけ温かくなってきた。
「先輩のくせに何言ってんだよ」
「はいはい」
「余裕あります、みたいな物言いしてんじゃねえよ」
「左様でござるな」
そんなやり取りは割といつも繰り返されているだけの、言葉以外の意味のあること。舌打ちをした彼が手を離して、両腕を僕の背中にまわして力を込める。
「帰ろうぜ」
背中を手のひらが意味深に撫でる。
「そういうことがしたい」
僕はその手をそのままに、頷くのをためらう。気持ちは決まっているのにまだいつも迷ってしまう。
「まあ、ここがいいってんなら別にいいけど?」
彼が企むように笑う声が耳をくすぐる。
「帰ろう」
冷たい風の隙間の陽が暖かい。こんな雰囲気にいつまでも浸っていたい。こんなやり取りからの帰り道は少し気恥ずかしいから。けれどその先を思っては、指先は熱を持つのだった。

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