ぼくらのおんがく | Chiffon+

ぼくらのおんがく

 僕も音楽を聴かないわけではない。小さい頃はアニメの曲を歌えていたし、音楽の授業もあった。でもそれだけ。大人になった今は静けさや風の音、美しい地球の音が何よりも好きだ。彼はいつも何を聴いているのだろう。人が話しているときも、何をしているときも耳についているヘッドフォンの音は僕には聞こえない。
 彼に何を聴いているのか尋ねてみた。彼は怪訝な顔をしたけれど、そんなに知りたきゃ聞かせてやるよ、とヘッドフォンにつながっていたプレイヤーをスピーカーにつないだ。母星にいた時にも、ここにいる時も、テレビから聞こえてくるようなそんな音楽。愛や恋がこの世のすべてみたいに歌っている、素敵な軽薄な音。
「趣味じゃないですって顔してんな」
ニヤニヤ笑う彼が言う。僕はそうですとも言えずに曖昧に笑った。彼の趣味を否定はしない。僕にはちょっと不似合いなだけでそれはきっと素晴らしいものだから。
「でも人にまるで興味がないようなクルル殿が聴いているのはいささか驚きでござる」
「ま、今時の若者だからな。おっさんな先輩から見た言葉を借りるなら」
またそういう嫌な言い方をして、僕が年上なのを揶揄して笑って。それなのに僕がこうして個人的に会いに来るのを迷惑そうにすらしないで。
「けれど愛や恋に一生懸命になれるのはよいことでござる。生き物はそれがないと続かない」
「本能で増えてるだけじゃねえの?愛だの恋だの信じてんじゃねえよ。ガキかよ」
おっさんといったその口で、今度は子供扱いして。思わず膨れ面になる僕の鼻をつまんで笑う。
「そんなもん下らなくてどうでもいいから聴き続けられるんだろ、少なくとも俺に向けて言われる言葉じゃねえしな。うるさくない」
もしかしたら彼はずっと誰かに何か言われ続けていたのかもしれない。その中にはきっと悪口も多かったはずだ。この人には敵が多すぎる。それは元の性格に起因しているところが大きいのだろうけど、きっと若くて実力のある者への妬み嫉みも多分に含まれていたに違いない。少しだけ僕にも覚えがある。でも今は、優しい人に囲まれた今は気にならない。傷ついてもすぐに忘れられる。思い出してもしまうけど。
「では全く興味がないのでござるか?」
過去より何より気になるのは今の彼がどう思っているか。何を感じて何を思うか。レンズに映る僕のこと、嫌いじゃないかなあってこと。
「なくはないな。そこまで枯れてねえよ」
両手を彼に差し出して、僕はできるだけよく見えるように笑う。恥ずかしくて震えだしそうな心をどうにかごまかしたいけれど、指先は既に緊張で冷たくなっている。いい歳をしてこんな反応をしてしまうのはどうかと思うけど、そんなの関係ないと言い切りたい。
「興味があるなら、それで僕を翻弄してよ。どうかもてあそんでよ」
脈拍が早鐘のよう。信じられないものを見るような目の彼が両手を取った。
「言われなくてもそうするぜ」
彼の腕に収まって、胸に耳を当てた僕は彼の心臓の音を聴いた。今は鳥の囀りより雨の音より、何より彼の生きる音が好き。



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