思い出話をしましょうか | Chiffon+

思い出話をしましょうか

「先輩は俺と初めて会った時のこと、覚えてる?」
唐突な彼の問いかけに答えようと記憶に潜る。誰かが頭をいじったかのように思い出せないことのある今日この頃は、あまり昔の話をしなかった。僕がまだ、この星を何とも思っていなかった頃のこと。彼とこうなることなど想像もしなかった時のこと。
「君は印象に残っていそうでそうでもないのかもしれないでござる」
覚えていないなんてことはないけれど、ここへ来るまでにいろいろありすぎてほんのわずかなその記憶は埋もれていく。確か握手をしようと出した手を無視された時が初めてだっただろうか。それとももっと前、あのときすれ違ったあの人は、もしかしてこの人かもしれない。もっともっと前。泣いてた僕を笑った子供が彼だったかもしれない。いや、そんなことは考えすぎで、小隊が初めて集まった時が多分、彼についての最初の記憶。
「何かまたしょーもないこと考えてんな」
頭の中をのぞき見ているような間で彼が笑う。ぎくりとして僕は目をそらす。確か他愛もないことを考えていたから。そんなことはないといってもこの人にはわかってしまうだろうし。ずいぶんと年下な彼に僕の性分を把握されているなんて、なんだか少し悔しい気もするけれど。
「もしかしたら小さい頃どこかで会っていたりするかもしれないと」
およそ他人に大きな興味を持つようには見えないし、よく言えば分ってもらえているのだろう。それは何だか愛されているかのようで、悪くない。
「どうだろうな。子供の先輩とか萌える」
見てみたいからとよく暴発する危険な銃を突きつける彼から逃れて、さらにそれを取り上げて、子供の彼はどんな風だったんだろうという好奇心をぎゅうぎゅうと押さえつける。赤子の彼のことは見たことがあるけれど、もう少し自我のある頃が知りたい。何を考えていたのだろう。きっとろくでもないことなのだろうけど。
「先輩が初めて俺と話した時のことは、覚えてるぜ」
意外だった。彼がケロロくんでもギロロくんでもない、タママ殿でもなく僕のことなんか覚えていたことが。それを意外がるのは哀しいけれど僕が誰かの記憶に残っていたことも。
「すげえかわいかった。口ぶりがお兄さんぶったり、思い出したようにかしこまったりして。先輩の階級なんてあってない様なものだし上下なんざ気にすることもねえだろうに」
ずいぶんと若い彼に僕はどう接していいかずっとわからなかった。今でも職務上はどうしていればいいのかよくわからない。私生活上ならもう、きっとそばにいて笑っていてもいいのだろうけど。それも本当かどうかはわからないけれども。
「そうだったかもしれないでござる。しかし左様なことをよく覚えているでござるな」
それでもまだ少しわからない。彼の好意は見えにくくて、僕はそんな感情を向けられたことがあまりなくて。
「天才だし」
いつもの軽口をはいはいと流す。僅かに眉間にしわを寄せたけれど彼はまた笑った。計り知れないけれど、楽しそうだ。
「でもかわいかったなんてあの頃は思ってなかったかもしれないな」
「左様でござるか」
「ああ、慣れ合おうとすんじゃねえとか思った気がする。うぜえって。今思うとあの時出された手を取ってなめてやればよかった気がするけどな。もったいねえことしたぜ」
想像して、あのときそんな事をされていたら切り捨てていたかもしれないなとありえないことを思った。哀しいくらい命のやり取りに正確な僕は勢い余って同胞を手にかけるような、そんな失敗はきっとしないのに。
「ま、過去なんざどうでもいいもんだよな。あの時ああやって努力した、とかあの時あんなことを言われた、とか過ぎちまえばなかったようなもんだ」
今の先輩がかわいいならそれでよし、と彼は僕の手を取り唇を寄せた。腹立たしいほど慣れた手つきは今僕だけのもの。
「君にとってはそうなのでござろうな」
「言っとくが先輩がどうかなんて興味ねえぜ」
僕は僕の積み重ねてきたものをどうでもいいとは言えないけれど、彼の思いも否定はしない。この話はやめてしまおう。けれどもし、昔の彼に会えたなら、いつかこういう者に好かれることになる、とそれだけは教えてみたい気もする。昔の僕に会えたなら、おかしな男に愛されることになるだろうということは隠して言ってみたい。埋まらないその寂しさは、いつか別の気持ちで満たされるから、と。
「またしょーもないこと考えてんな」
彼がニヤニヤ笑う。
「お見通しというのもいささか気持のわるいものでござるな」
「いいじゃねえかよ。理解されとけ。たまには忘れられる以外のことがあってもいいだろ」
忘れられて泣くことはやっぱり今もあるけれど、心が凍るほどにはさびしくない。今この瞬間だけは一人じゃないはずだから。

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