ギリギリ期限 | Chiffon+

ギリギリ期限

バレンタインがやってくる。去年の不良在庫もそのままに。また新しい日がやってくる。無謀な隊長殿の策略を連れてくる。
睡眠不足の彼が休めるときはなし。
「甘いもんとか下らねえ」
小さく呟くその声にただならぬ邪気が渦巻いている。
「これも侵略活動なのでござるか?」
刃に手をかけ少し退く。それならば阻止しなければと思う。
愛するこの星を守るため。
「あ?うまくいくわけねえだろ。くっだらねえ。ま、俺様の仕事は完璧だけどな」
ニヤリと口のはしをあげる顔を見て、手を離す。
この人はとても意地悪だ。
ただ一言侵略だと言ってくれれば、この作戦を壊す口実もできるのに。
彼を暇にしてこちらを向かせることもできるのに。
……できなくても彼の疲労でさらに傾いた背を癒すことはできるはずなのに。
嘘だ。
またしても蚊帳の外にいる自分のさみしさを埋めたいだけだ。
好きな人の隣で構われたい。無視しないでこっちを向いて。その目に僕を映して、と。
「あー甘いもんなんか下らねえよなあ」
君が好きだと叫びたいなあ。
「何で去年と様変わりしねー作戦にするんだかな。不良在庫だよなあ、そうだよなあ畜生」
そうしたら明日もかわるかなあ?
「つまんねえことはしたくねえんだよ」
あくびをした彼がこちらを向いた。涙目に僕が映っている。
「つか先輩はさ」
「えっ?な、なんでござるか?」
じっと背中をみてる僕は邪魔だったかな?
また少し退く。
彼が手を伸ばして僕の腕をつかむ。
「なんでくっついてこねえんだよ」
まるで常識を間違った者を責めるような声で僕を引く。
「だって」
仕事を邪魔してはいけないじゃない。
何だかんだ言っても僕は、彼の努力を台無しにしたくはないんだ。
下らねえと言いながらも僅かに通う血が好き。あの嫌な笑いかたが好き。
僕を貶めてないがしろにして涙目越しにみるあの表情が―
いやそれはまあまたべつのお話。
「背後でそわっそわしやがって……うぜえ」
吐き捨てられた言葉にしょんぼり。ごめんねと言う前に気づけば僕は腕の中。
「先輩のくせに」
頭を彼の冷たい手が撫でている。
「素直に構ってって言えよ」
この人に素直になれと言われてもなあ。
「一応俺にも血が通ってんだぜ?」
「えっ?あ、う、うん」
そのリアクションは何だよと彼が笑う。
「海綿体には血液が集まって……」
なんとなく言いたいことがわかって視線を落とした。
話をそらす。
「どうして拙者がそわそわしていると思ったのでござるか?」
前を向いてた彼に僕は見えないはずなのに。
楽しそうな彼が机に目をやる。
「仕事してる俺カッコいいよな」
鏡がちょこんとおいてある。
「一部始終しっかり見せてもらったぜ」
ニヤニヤする彼の口に不良在庫のいきなりだんごを押し込んだ。
とうに期限は切れている。
もしも彼がまだ明日も生きていたら、素直に構ってもらいたい。
そう、生きていたら。
こんなことで死ぬような人ではない。

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