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さよなら

僕の震える指が、クルル君には届かない。あと少しの距離。僕のか細い言葉は彼には響かない。悲しくはない。
この人と手を繋ぎたい自分がいた。
それはいつからだっただろう?嫌いではないけど、この気持ちはなんだろう。


「先輩ひまなの?」
会議が終わって向かい側の彼が言う。ずっと見ていたのは言わない。
「なぜそう思うのでござるか?」
飲み残したのみものを飲んで彼は返事をする。ただなんとなく。
「ひまなら飯でも行かねっすか」
予想だにしていなかった言葉に思わずクルル君の顔を何度も見た。ほんの少し口を歪めて嫌ならいいとも言った。
「ち、違っ……嫌というわけでは」
「じゃー決まりー」

そんなこんなで誰もいない道を歩く。何かあると行くいつもの街の雑踏が嘘のようだった。
僕は二言三言言葉にしては、会話にならない会話をした。無視されたり鼻で笑われたり。悲しみもあったけれど嬉しかった。意図はどうあれ話しかけてくれたことが。
そして今、突然降りだした雨の中。いつもは一人きりでさす傘をさしかけてくれたこと。
「風邪引くなよ」
優しくもないニヤニヤした声と表情をしていた。
でも僕にはそれが優しさに見えた。例えそれが間違いだとしても。

そばにいるのに触れられない。僕はどうしてかこの人がとても好きだから。
雨で冷えて震える指が触れたがっている。

地球の住宅街にぽつねんとある飯屋に入る。傘を畳む。僕らの距離はまた遠く。今度はテーブル越しになる。
もしも雨が上がっていたら、伝えたいことがある。
この嫌味な後輩に。たとえおかしくても構わない。

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