現在地点 | Chiffon+

現在地点

目の色が不吉だと言われた。態度が気に入らないと言われた。才能がいけすかないと言われた。とにかくまあ色々と言われた。存在が苛立たしいと言われた。

だからなんだ。他人の言うことなんかどうでもよかった。
そう言うそいつらなんか、きっと何をしたって俺を評価したりなんかしない。


「ぼんやりしてるなんて、らしくないでござるな」
そんなつまらない昔の事を思い出していた。
片手のカップでコーヒーが冷めている。
「先輩は俺といて腹立たねえの?」
いつも気づけばいつの間にかいる先輩に問う。
「立たないはずがないでござろう」
呆れ気味な言葉は当たり前で想定内のはずなのに、何だか少しだけ刺さる。
日頃の行いは災いしているのだろうけど、それを災いとはもう思わない。
これは俺の信条で、今更変えられるものでもないし、変える気もない。
先輩のことはそれなりに好きだけど、もうそれを素直に伝える自分なんて想像できないし、したらしたで不気味で仕方がない。
「でもクルル殿程度ならかわいいものでござるよ」
冗談ですまないことの方が多いけどね、とのんきに笑っている。
「クッ……」
「今すごく嫌な気持ちでしょ?くやしい?」
してやったりな顔が腹立たしい。先輩のくせ
に。
「何がしてえんだよ」
手持ちぶさたでコーヒーを口にした。冷えきって不味い。少し前までうまかったとまでは言わないがそれなりだったはずなのに。
「たまには逆の立場になってみるのも一興でござろう?」
何がしたいのか、全く答えになっている気がしないのだが。
「逆ねえ……」
どうしてこんなことで楽しそうなのか、この人は。
「あ、だからって下品なこと言わないでね」
言おうとしていた。
先読みされて少し苛立つ。
「わかりましたーとでも言うと思うんすか?」
「言わないね」
くすくす笑いながら少しだけ先輩が身を寄せてきた。手の範囲でカップを遠くに置く。
大事なデータを破損しないように、服を汚さないように。
先輩に冷たい思いをさせないように。

最後のひとつは、ない。
意地悪されるに決まってる。そう言いながら甘えるように体重を預けてくるこの人は、どこかおかしいのではないだろうか。
俺がこんなことを言えた義理はないが。
「もう仕事は一段落?」
「ああ、まあしばらくはヒマだろうな」
手が重ねられる。目だけで先輩を盗み見れば、潤んだ目がこちらを見ていた。
思わず唾を飲み込んだ。
「お疲れ様」
労いの言葉と、表情が合っていない。先輩の目はきれいな色なのかなと、どうでもいいことで思考をそらす。
どうして今、逃げ腰なんだろう。
「別に疲れてねえよ」
「それなら……」
頬に唇の触れる感覚。
先輩の方を向いた俺が今度は先輩の唇に。
「ここにいていい?」
先輩の素直さは時々俺を気まずくさせるけど。
「先輩」
了承とともにささやいた。
「クルルくんのいじわる」
くすぐったそうに笑うこの人が俺は存外嫌いではない。
重ねた手を繋いで、もう一度キスをした。
受け入れてしまう自分も、少しおかしいのだろう。
けれどだからなんだというのだろう。
「アンタはさ」
聞いてみたいことはいくつかある。
「なあに?」
「いや、今はいいっス」
でも聞かないでも知りたいことはいずれわかっていくような気がしている。

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