桜の季節 | Chiffon+

桜の季節

楽しそうに小走りになる先輩の後ろ姿を目だけで追いかけた。全く何がそんなに楽しいのやら。
真っ青な空と陽光が照らす。
「何をしてるでござるか、はやくはやく」
振り返り、笑顔で俺を呼ぶ。俺はわざとゆっくり歩きながら先輩に近づいた。いつも物静かな先輩が今日はやけにはしゃいでいる。 この場所も随分と賑わい、時折誰かの笑い声がする。そして桜が咲いている。何でこれがこうも人をうかれさせるのかあまり理解できない。
「別に早くしなくても逃げねえっスよ」
「それはそうだけど」
少しだけ挫かれたようにおとなしくなる先輩に追い付いて並ぶ。橋の上。橋のしたに川を挟んで遊歩道がある。いくつもの桜の木が生えていた。
「大体なんだってこんなもん見に来たがるんだよ」
「こんなもんではないでござる。美しいものではござらぬか?」
まあまあ、かな。
「まあ、そう言うんならそうじゃねぇスか?」
首をたてにもよこにもふりたくない。
「情緒がないでござるな」
少しすねたようにそう言って、先輩は俺の手を取った。
手を引かれて遊歩道への階段を降りれば、そこは地球の春だった。地球の春というのはこういうものらしい。それは知っていた。
うすいピンクとも白とも
とれる花が咲き乱れている。だからなんだというのだと思いながらも、桜の木を見上げる先輩から視線が外せなかった。気づかれまいとしたところで、有効かどうか。まあいいか。
開き直って先輩の横顔を眺めていた。ただ嬉しそうにニコニコしている先輩はムカつくくらいかわいい。
どうにかして泣かせてやりたいような小さな破壊衝動を覚えながら、面倒だから何もしない。面倒だからだ。他に理由は何もない。
「先輩は花が好きなんスね」
街を花で一杯にしたいと言ったり、こうして花を見に来たり、わざわざ隊長に四つ葉のクローバーを見つけたと報告に行ったりもしたらしい。
「地球の自然はいいものでござる。拙者、この地球が好きになってしまったのでござるよ。守りたいと思ってしまったくらいに」
それは少し問題があるような気がするが、まあ俺の知ったことではない。
「わかんね」
勝手にすればいい。責任もとるのは俺じゃないし、隊長だろうし。でも。
「本来はそうなのでござろう。あ、でも、地球に全く興味がないわけではないよね」
もしも先輩のそういう気持ちが問題視されたらどうなるだろう。
「まーな、面白いヤツもいるしな」
撤退になるのだろうか?或いは先輩だけいなくなる
のだろうか?もしくは特に咎めはないのだろうか。
恐らく個としての先輩は心配しなくても消されたりはしないだろうが。日頃の扱いから忘れかけてしまうが、有能な人材ではあるし。いや、心配は別にしていない。人の身を案ずるようなキャラじゃない、はずだ。
「何か悩みでもあるの?」
先輩が俺の顔をのぞきこむ。
「別に」
「本当に?」
納得していない様子で眉間にしわをよせている。誰のせいだ。そう思いながらもそれは言えない。

「先輩さぁ」
ふと口にしかけて、やめたくなった。真に受けて喜ばれたりしたら、どういう顔をしていいのかわからない。かと言って伝わらないのも癪だ。
「何?」
「いや、別に」
もうこれは考えないでおこう。そもそも何も起こってやしない。楽しくない未来なんか想像するのも面倒だ。
「何だかそればかりでござるな」
こうものんきに笑われたら、馬鹿馬鹿しくなってくる。こうやって気持ちを先輩にもって行かれたのが気に食わなくて、何か嫌味のひとつも言ってやりたくなる。もともと心配なんかしてはいないけれど。
「人、多いっスね」
嫌味も言うだけムダな気がしてきた。楽しそうな先輩に水を指すのは愉快なことかもしれないが、今はちょっと面倒だ。
「皆心待ちにしているのでござるよ」
「どうせすぐ散るのに」
「だからこそ美しいと思うのでは」
そこまで言って言葉を切って、先輩は恥ずかしそうに微笑んだ。
「何てね、実はどうして綺麗でどうして好きかはよくわからないんだ」
俺もだ。よくわからない。
「わかんねえって気持ち悪くないスか?」
そうだね、と一言。そして繋いだまま、正確には捕まれたままの手に力が加わった。
「わからないけど、気持ちがあるならいいじゃ
ない。後で考えればそれで」
わからないまますりかわったような話は、もうどうでもいい。
同意も否定もしないで俺は、また少し楽しくない未来を考えた。別に離れがたいわけではない。心配だってしていない。

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