二人の距離 | Chiffon+

二人の距離

かなわないと思うことはいくつもある。
「そろそろ降参してはどうでござるか?」
頭でかなわないはずがない、そう思っていてもなぜだか負けるときがある地球のゲームとか。
「クッ……」
嬉しそうにしやがって。
「戦績で言えばクルル殿の方が勝っているし、今回くらいは良いではござらぬか」
それはそうだけれど、負けました、とは言いたくない。それなら初めからやらなければいいのかもしれないが、それなりに勝てるし、まず俺は天才だし、日々進歩もあるかもしれないし、だったら次は勝てるかもしれないし、ヒマになればとことんヒマだし、なによりも、いや、これはいいか別に。
とにかくもう手は何も思いつかない。
「仕方ねぇな」
「いい勝負だったでござる」
盤を挟んで向かいに座る先輩がぺこりと頭を下げる。一礼するのが何かの礼儀、そう言っていたが俺にはわからない。
「そりゃどーも」
ぼんやりと最初の手から今までを思い出して組み立てて、どこから劣勢になったか考える。
「勝負もついたし、お茶でもいれてくるでござる」
先輩が立ち上がる。
「あ、俺冷たいやつ」
「承知した」
当たり前のように俺の分まで持ってくることが、当たり前ではないことを知っている。 実
質この小隊の階級には意味がない。少なくとも内部で何も起こらなければ。 一応先輩後輩はあるけれど、年齢差もあるけれど、全体的にどこよりもゆるい。
関係性は色々ある。
俺と先輩は同じ種族で、軍人で、同じ隊で、俺の方が階級は一応上で後輩。申し訳程度に敬語になるのは、そういう理由。ただそういうもの、というだけかもしれない。深い理由は特にない。
盤と駒を片付ける頃先輩が戻ってきた。
「麦茶でよかった?」
「別に何でも」
受け取ってカップに口をつける。特にありがとうとも言うことはない。
「先輩はそれ、何?」
「緑茶でござる」
俺に飲み物を渡したまま、立ったままの先輩に言う。
「座れば?」
「あ、うん。ありがとう」
さっきまで座っていた座布団に先輩が座る。盤を取り払ったら、微妙な空間に見える。向かい合うのも気持ちが悪い。
「ねえ、クルル君」
何か言い澱むような先輩の声。心なしか恥ずかしそうに俺を見ている。
「何スか?」
「あ、あのね、もうちょっと近寄ってもいい、かなあ?」
好きにしたらいいと言えばまた嬉しそうに、座布団を並べてすぐ側に。そして今度は並んで座ったその距離を、身を預けるようにこちらに寄り添い、なくした。
その緩
やかな重さに僅かに身をかたくする。
「休日だからね」
甘えてもいいよね、と先輩は恥ずかしそうに笑った。
「いつだって休みみてえなもんじゃねえか」
進まない侵略のせいで、いつしか生まれた関係性のせいで、穏やかにすぎているかのような時間のせいで、色々鈍って行きそうだ。
俺は先輩の素直さにかなわない。
「そうかもしれない」
ずっとこうしていられたらなあと先輩が呟く。
「好きにしな」
同意の言葉が出てこなくてそう吐き捨てた。そればかりだ。けれど俺の真意なんて知らなくていい。伝える気もない。
「そうさせてもらうでござる」
そうしてできた空気のせいで、気持ちのせいで、そうやって言い訳を積み上げて。
「先輩」
気持ちからくる行動に言い訳をする。
もたれかかっていた先輩を抱きしめようとして、俺たちは二人、もろとも倒れた。

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