冬の終わりの街並みで | Chiffon+

冬の終わりの街並みで

知りたいことがある。

データはたくさん持っている。経歴や種族や色々全て調べられるようなことは全て。
この世界で認知され記録されているものは恐らく全てを手にすることができる。たとえそれが裏で出回るような情報であろうと。それだけの力が俺にはある。そして知識もある。知識や情報ならこれから手にすることもできるだろう。
「まさか出かけようなんて申されるとは予想外でござった」
けれどそういうデータは今を助けてはくれない。
そんな話は、賑やかな街を二人で歩く時にはまるで役立たずだ。
せめてこれが先輩じゃなかったら、もう少し何か違ったのかもしれないが、色々と仕方がない。
「まあ、1人でぶらつくよりかは。ヒマだし」
わからないから認知もされていない、目にも見えない。頭の中にあるとして、それを不思議におもうようなそんなこと。人の気持ちはどこにも載っていない。
「それでも拙者に連絡をしてくれるなんて」
嬉しそうに笑うこの人の、心の内を知りたい。つないだ手の意味を知りたい。いや、知っている。互いに知っている。でもそうじゃない。俺が知りたいのはそうじゃない。
知りたいんじゃない。聞きたい。隠されたその口で、本当の気持ちを教えてほしい

無理矢理暴くのではなくて、言ってほしい。こんなことを思うなんてらしくないが、他者に翻弄されるなんて本意じゃないが、それでも。
「なあ先輩」
異国、いや別の星にいるのに道行く人は誰も振り返らない。
「何でござるか?」
慣れすぎたかなと思うけれどそれはそれでまた楽しい。先輩の目に俺が映っているだけでうれしい。それがくやしい。正直腹立たしい。
大体そこまで長いつき合いでもない。初めて誰かを好きになったわけではない、はずだ。思い返すとわからなくなるから、そういうことにする。変に深読みをしている気がする。ああそうだ、好きなんだ、脳内でも知覚すると薄ら寒いがそういうことだ。どうしてこうなった。
「クルル殿?」
不思議そうな先輩の声で我に返る。先輩なんかのことで何をそんなに考え込む必要があるのか。
「やっぱりいい。何でもねェよ」
「そういうのが一番気になるでござる」
「まあ、そうだろうな」
わかっててやってるなんて性格が悪いと、少し怒り気味の先輩を笑う。特にそんな意図はなかったことはこの際置いておく。これで己が己であることが先輩の中で確定したままでいてくれるなら、多少の嘘くらいは容易いものだ。もとより嘘をつくこと自体に
抵抗はない。本当のことしか言わないのに相手が誤解していく様をみる方が愉快ではあるが。
「何か上の空だね」
立ち止まって先輩がポンポンと俺の頭を撫でた。何やってんのこの人、と思わず後ずさる。
「クルル君が何考えてるか、僕にはいつも全然わからないけど今はわかるよ」
何か返そうとした。何も浮かんできやしない。
「クルル君は頭はいいし、嫌な意味で人の心理を掴めるよね。きっとそれは本意とするところなんでしょ?うまくいってるよ、それは」
まあ、ほめられているのだろう。
そこまで言って、先輩は少し目を伏せて言い淀んだ。ほとんど隠れた顔のその目元が上気したような色をしている。
「まじめに聞いてね。茶化さないでね。あとバカにして笑ったりしないでね」
たくさんの前置きと、力の籠もる手。言外に知りたいことは読みとれるのに、次の言葉を待ってしまう。
無言で見下ろしている。
「やはり往来で言うことではないでござる!」
恥ずかしいのか、涙目になって首を振った先輩を強引に引っ張った。
「だったら場所を変えようぜェ」
地球人の体でいることはこういう時に都合がいい。すぐそばの建物に入って人の目を遮断した。
「たまにはこういうのも悪くねェだろ」

外の様子さえ遮断されたその部屋で、悩んだ分先輩を追い詰めたくなった。
俺の聞きたいその言葉は、これから少し先、譫言のように聞けるだろう。
「ま、ゆっくり聞かせてもらうことにするぜェ。先輩のが体力あるはずだしな」
これから何をするかなんて、言うだけ野暮だ。
覚悟を決めたような面持ちで目を閉じた先輩の口布を下ろした。
口移しで伝わる思いもあるはずだ。そのはずだ。

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