まきまき | Chiffon+

まきまき

「寒い」
今日何度目かのクルル君の言葉。僕は密やかに苦笑いをする。
「それならいつものように地下にこもっていればよかったのではござらぬか?」
これもまた何度目かの僕の言葉。何かを言い淀むような微かな沈黙の後で彼がひねくれた笑みを浮かべる。
「俺様の行動を先輩なんかに決められたかネェなぁ」
並んで歩く坂道。
「帰ったら温かいものでも飲もう」
「ああ、来るんだろう?」
二人で外に出たときに帰る場所は、僕の住処じゃない。あの地下基地の、あの怪しいラボに行くことを僕はいつの間にか帰ると形容するようになっていた。
歩く度に振られる手を盗み見る。きっと冷たいだろうけど、その手に触れたいなあなんて思ってしまったり。でも気恥ずかしくてできないでいる。
彼の片手にぶら下がる袋には、僕にはよくわからないスパイス達。いつも僕がいない方の手に荷物を持つのは、何か意味があるのかな? 考えては意識しすぎだと自重する。
「あー寒い寒い寒い」
歩いて帰りたい、そんな僕の希望を彼はいつも何故か聞いてくれる。二本の足で歩くには、少し遠いな、と思う距離を一緒に歩くこの時間が好きだ。
言えばきっと笑われて終わるけど。


強い風が吹く。
マフラーが
風にたなびいた。
「そういや先輩、マフラー長すぎじゃね?」
自分の、確かに長すぎるマフラーを改めて見た。もうひと巻きすればいいかな、と結び目を解いた。
「何だってそんな長えマフラーしてんだよ」
「小雪殿の着なくなったセーターを編み直したんでござるよ。小雪殿にはサイズが合わなくなったとはいえ、まだ毛糸としては使えるもの、勿体ないでござろう……まあ、長くなっちゃったんだけどね。楽しくなっちゃって」
彼が鼻で笑って僕のマフラーの端を掴んだ。
「手編みかよ。何か先輩が編み物してるとか、面白れえ絵面だぜェ」
「いいじゃない別に」
つい膨れ面になる。女々しいとでも言いたいのか。
「言ってくれりゃあリサイクルくらいやってやらねえこともないのによ」
わざわざ地球の方法に則って編むなんて、馬鹿にしたように言う。
「そんなことでクルル君の時間とらせるのも勿体無いかなあって」
彼が忙しいことを僕は知っている。だからそんな自分で何とかなることで手を煩わせるのはどうかと思っていた。
「先輩が思うほど忙しかネェよ」
1人で仕事をして居眠りをする姿を思い出した。
その余裕に強がりが混じることも、そうまでした努力の過程は誰にも言わないことも
知っている。でも言わない。きっとそれを彼は認めないから。余裕綽々であることにしたい気持ちを知っているから。
「ま、でも、あったけえな」
掴んだ端をぐるぐると彼は自分に巻き付ける。必然的に僕らは寄り添うように巻きついた。彼が指を絡めて手を繋ぐ。
「ち、ちょっと、クルルくん、往来で何をするでごじゃる」
舌がもつれる。この距離じゃ鼓動が伝わりそうで怖い。恥ずかしい。でも暖かい。
むしろ暑い。いや、熱い。
これは温度じゃない。


どうか誰にも会いませんように。
願いながら手を握り返した。
「帰ったら、どうすっかなー」
いつもの陰険な笑い声。
「好きにしていいよ」
自分に湧き上がる熱の正体を僕は知っている。
歩きづらい体勢で僕らは離れずに家路についた。

go page top