ちくちく | Chiffon+

ちくちく

寒い夜。
借りたマフラーはちくちくする。
けれど微かに残る温もりに、何となくする彼の匂いに微笑む帰り道。
「したはいいけど素材悪すぎていらねえから、して帰ればいいんじゃねェスか?」
何だかんだ言いながら、ラボから出てきてくれた今日を思い出す。
寒い寒いと文句を言いながら玄関を出てくれたことが嬉しくて、隣だからもう見送りはいいよ、と言いそびれてしまったけど、彼に寒い思いをさせてしまったけれど、言えなかったのはある意味幸せな事なのだろうと今は思う。
何となく今帰るとにやけてしまいそうで冷えた空気で熱を冷ます。
口布を取って、自分のマフラーを僕にクルクルクルクル巻いてくれた。
引きずるくらいの長いマフラーが、少し重い。
あ、そういえば口布返してもらってない。
来た道を振り返る。
忘れ物を取りに行こうか、やめようか。

僕は地下に戻った。
呼び鈴を押して正しく彼を訪ねる。
面倒くさそうに呼び鈴から声がした。
「忘れ物をしたような気がするのでござるが」
「ああ、入んな。つかわざわざ来なくても明日でよくね?」
それは言わないでほしい。
「名残惜しくなったのでござるよ」
素直な気持ちを言葉にしてみれば、返ってきたのは舌打ち。
でもそれでいいんだ。
こういう子なのは知っている。
「ちょうど湯が沸いたから茶でも飲んでいけばどうスか?」
その申し出に少し驚きながら、ありがたく受け取った。
ちくちくマフラーを少し下げて、カップに口を付けた。
「マフラーとらねえんスか?」
少し熱い茶を冷ましながら僕は笑う。
「クルル君が巻いてくれたから。取らない」
「知らねえっすよ。そんなちくちくするマフラーずっとしてて首が赤くなっても」
そうだね、と僕は頷いた。そこまで肌は強くない。
「でもいいんだ。君がしてくれたことに意味があるから」
機械をいじる後ろ姿が、どうでも良さげに言う。
ああ、そうかよ。
カタカタ機械音。
僕はもう少しだけこの後ろ姿をみていたい。

go page top