ふかさかよみさま | Chiffon+

ふかさかよみさま

先輩の心の奥底を覗けたら、そんなのきっとできるだろう。
「たまには日光を浴びないと体に毒でござるよ」
日向家地下に引きこもりきりの自分に構ううるさい先輩。
「ポコペンの生き物じゃねぇんスから。関係ねぇよ」
実際は引きこもっているわけではないのだが、どうしてかこの先輩はそう思いこんでいる。
隊長もガキも誰もいちいち訂正しなくてもいいや、とスルーしている小さな誤解。
今日でこの言葉を聞くのは七回目。つまり七日目。
「それはそうかもしれないでござるが、やはり、クルル殿は不健康な気がしてならないのでござる」
だから外に行こうよ、というのが先輩の弁。
「健康診断、どこも引っかかってねえっスよ」
面倒くさくて、少し前の健康診断結果を見せてやる。
先輩はそれを覗き込みながら、どこか納得のいかない表情で俺を見た。
「大体、そんな心配してねえで自分の影の薄さについて心配したほうがいいんじゃねえっスか?」
俺だって先輩の事はしばらく忘れていたし。
そうだ忘れていた。
それならできれば忘れたままでいたかった。
「それは……し、忍びたる者そのくらいの方が」
「あーはいはい」
先輩の言葉を遮った。
何とも形容しがたい表情で、俺の方を見
ているのを横目に確認した。
さっきから、先輩をまっすぐ見てはいない。
「本当に嫌なところで相槌うつよね……」
小さなつぶやきも無視した。
そういう思いをするなら来なきゃいいのに。
屋根で睦実と将棋でも指していればいいのに。
そうすれば俺も先送りの問題を見ずに済むのに。
先送りは隊長の専売特許かと思えば、案外そんなこともない。
俺にも見たくない何かは存在する。
弱点になるなら消してしまえばいいとも思ったけれど。
「でも一応話はきいているのでござるな」
そんなことでうれしそうに笑う先輩を、どうやって消せばいいのかわからない。
最近は特に、先輩なんかのことを忘れないで生きている。
「まー、一応? 先輩だし」
階級は上だけどな、と笑った後で、相手がそんなの関係ないすごい奴だったことを思い出して笑うのをやめた。
正直、ガチでやりあったら勝てるかどうかわからない。
「聞いてくれてるなら、いいかなあ。無視されないだけでも嬉しいし」
恥ずかしそうにそう言った先輩の気持ちはマジでわからない。
「ドロロ先輩」
やっと先輩の顔を見た。
「何でござるか?」
「俺、先輩の事好きっスよ」
唐突に伝えたところで、俺の気持ちなんかとどきやし
ない。
「クルル殿の好きは……あ、でもひねくれてるから」
「本人前に言うことじゃなくねっスか」
「え、でもそうでござろう? 反対の意味かもしれなくて、クルル殿のひねくれっぷりは公然だから……」
ほら、やっぱりね。
逆の意味で嫌いだと言ったことになる。
その事に特に悲しみとかはない。
まあ相変わらず何か深読みしてやがるが、真実にはたどり着けまい。
「そういうことッスよ」
わかったらもう来るな、そう口にしようとしたのを先輩に邪魔された。
「え、あ、あ、あの、それは……真でござるか?」
軽い違和感を覚えた。
「ああ、仕方ねえって諦めて…」
「否、諦めじゃないよ。ありがとう」
先輩が照れくさそうにはにかんだ。

え?

ありがとう?
ありがとう? 何に対しての?
「僕もクルル君が好きだよ」
俺はとりあえず、適当に作った嘘発見器を先輩につけてみた。正直こんなものが役に立つかはわからないが。
ヘルメットだからかぶせてみる。
「疑ってるの? 本当だよ。好きだよ」
発見器は反応しない。
「ほらね」
ほらね、じゃない。
「次クルル君はい」
先輩が素早く俺にヘルメットを被せた。
「じゃあ言って。クルル君はどう思ってるの?」
さっ
さと脱いでしまおうと思ったけれど、先輩がそれを阻止する。
「教えてよ」
先輩が、ヘルメットを脱ごうとする俺を本気で阻止する。
「隙をうかがってたのでござるよ。こういう機会があるかもしれないと思って」
そこまで言って、先輩はふきだすように笑った。
「なんてこと、ケロロくんなら言いそうだなあ」
ごめんね、と先輩が俺からヘルメットを取った。
「そこまで無理強いしてはききたくないよ。だから、僕は好きだよってことだけでいいよ」
俺は先輩の手を取った。
「先輩のそういうところ、すげームカつく」
先輩はわかった風に微笑んでいる。

俺にはまだ、どうして先輩が俺を好きだと言うのかが判らない。
とりあえず、明日またここに来たら、日の光でも浴びに行ってやらないことはない。

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