友情or愛情?



 ACT.5



 クリスマスも正月も、なんだか静かに通り過ぎていった。
 
 陣内に予定を尋ねてはみたけれど、「特にないね」の一言で済まされてしまい、誘うこともそれ以上話を繋げることも倉内にはできないのだった。そういう雰囲気だった。
 羽柴が「こんな日だからこそ、あえて街に繰り出すべき!」なんて喚いていたけれど、今年のクリスマスは(も、だろうか)倉内家で過ごすことにしたのだ。後藤は相変わらず、何を考えているのかわからない。まあ、いつものことだ。初詣くらいは一緒に、という誘いに乗って三人で神社にお参りする。
「羽柴は何、お願いした?」
「俺?マサが早く元気になりますように、って。新年早々、景気の悪い顔してるからね〜」
「なんていうか羽柴、本当、お前はそれでいいの…」
 冗談か本気かわからない。自分の周りはよく考えたらそういう人間ばかりだと、倉内は脱力した。確かに冬休みに入って、後藤の覇気の悪さときたらますます磨きがかかっているけれど。
(疲れないの、そういうの。みんなもっと、自分に正直になった方がいいんじゃない)
「オレは、健康第一だな…。今年こそ、早寝早起きができたらいいと思う」
「小学生………」
 おみくじは吉だった。後藤は大凶、羽柴は大吉しか引いたことがないと笑う。
 お前むかつく、と理不尽な暴力を受けた羽柴は、じゃあ取り替えっこしようとよくわからないことを言って、後藤を呆気にとらせていた。二人の不毛な会話が始まったので、倉内は一人木の枝におみくじを括りつけることにする。
(それにしても、人、いっぱいいるな…。一体どこから、こんなに集まってくるのか不思議)
 ふ、と視界の中を見知った人間が横切って、倉内は瞬きをする。
 教師の秋月と、同じく同僚の長谷川だった。どことなく穏やかな雰囲気で、二人は手短に参拝を済ませると人の波に消えてしまう。…そんなに、仲が良いのだろうか。学校でもよく一緒にいるようだし、そういえば夏休みも二人を見た。そんなことを、思い出す。
「静、どうかしたのかよ」
「え?いや、別に。屋台何食べようかな、と思って…」
「たこ焼き分けようよう。あ、ポテトも食べたい!そういえば、向こうにホットドックもあった」
「はいはい」
 なんとなく、見たままを口にすることはできなかった。
 本人はあまり指摘してほしくなさそうだから黙っているけれど、後藤の好きな人なんて、後藤のクラス担任である秋月文久で九割正解、なのだ。ただ後藤のリアルな恋愛なんて倉内も別に聞きたいとは思わないから、それとなく流してしまっているけれど、この駄目男の不調の原因なんて、あのきれいな大人以外にない。秋月だって、後藤のことが好きなような気がする。真っ直ぐ向かっていけるような、立場ではないかもしれないが。
 キューピッド役をかってでるような性格でもないし、自分でなんとかするしかないから、倉内も見守ることくらいだ。…できることと、いえば。
 ここのところ、後藤は意図的に恋愛話を避けるようになった。それが何なのか、倉内には全然わからないのだが…。それと同じ時期くらいに、秋月はそれとなく倉内を避けるようになった。今までよく話をしていたのに、もしかしたら、と思うようなさりげなさでいつもタイミングをずらされるので、きっと避けられているのだろう。後藤はともかく、秋月自身のことは倉内も気に入っているのに、そんなつれない態度を取られると少し落ち込む。
(フミちゃんが後藤とどうなろうが勝手だけど、僕のことまで避けないでほしいよね)
 だが自分は部外者であり、黙って成り行きに任せるしかない。倉内は、そんな風に考えていた。
「おい、魔法少女のお面があるぜ。買ってやろうか、お土産に」
「いらないよ!!!!!!!!!馬鹿にしてんの?」
「…何怒ってるんだよ、お前にじゃねえし。兄貴と違って可愛い可愛い、チビたちにだよ」
 愛と恵のことを、後藤はチビたち、と呼ぶ。まあ実際そうなのだが、お嬢ちゃんと呼ばれるのも犯罪臭がするから…このままでいいか。
 倉内は妹たちの喜ぶ顔を想像して、自分の勘違いに溜息を殺す。
「あ、ごめん。そっか」
「どうしたんだよ、静。お前にも、何か買ってやろうか?」
「いらないよ…」
 後藤が急に優しい声でそんなことを言うので、居心地悪くなって倉内は俯いた。
(大体、どうして僕が心配してる後藤に心配されなきゃいけないんだよ。僕はお前のことで、モヤモヤしてるのに…) 
「ところで、羽柴は?」
「アイツはくじ、引いてるみたいだな。ガキかよ…」
 羽柴はすぐに戻ってきて、戦利品を二人に見せびらかす。
「見てみて、万華鏡!すっげえきれい。俺、万華鏡好きなんだ。いつもすぐ、なくしたり人にあげちゃったりするけど」
「へえ…」
「そういやお前って、きれいなもん好きだよな」
「うん。きれいって、正しいことみたいじゃない?薔薇で戦争が起きちゃうんだよ、圧倒的だよ」
「…よくわかんねえ」
 正直な感想を呟いて、どこか眩しそうに目を細め、後藤が羽柴の笑顔を見る。
「それだけで、何もかも許されそうな気がする」
「あ〜、それは何となく…わかる、かもな」
「それって、潔癖性ってこと?僕にはよくわからない」
「いや、そうじゃなくって。ホラ、俺は倉内が好きだってことだよ。たとえばね」
「ぐわ」
 いきなり飛びついてきた羽柴に、倉内は思いきりよろめいてしまった。何やってんだか、とさりげなく後藤が支えてくれたので難を逃れて、はいはいと犬みたいな友人を引き剥がす。
 楽しそうな笑顔を見ながら、今年がいい年であるようにと願った。まだ恋は実らなくてもいいから、せめて大事な人たちにとって優しい年になるように。


   ***


 新学期が始まっても、倉内の見る限り後藤にあまり変化はない。
 たちが悪いなと思うのは、後藤と秋月が完全な先生と生徒を演じきっているので、そこに含まれる感情がまるで倉内には理解できない。誰に言われたわけでもないのに、どうしてその二人のことを心配してしまうのか…。
(陣内さんのことを、考えなくてもすむから?…そういう、わけじゃ…ない)
(後藤は、秋月先生のことを諦めたの?あんなに好きだったのに?諦められるものなの)
(僕のことを好き…っていうのは無いな。多分、いや絶対どう考えても。あれは恋愛感情っていうより、何だろうな)
「あ…」
 長谷川が、廊下の向こうから歩いてくる。授業中の校舎は静かで、誰にも今なら邪魔をされない。チャンスだ、と倉内は思った。
(一人でぐるぐる考えてたって、しょうがないよね。よし)

「長谷川先生はフミちゃんと、つきあってるんですか?」

 倉内がそう問いかけても、長谷川は無表情だった。日頃素っ気ない長谷川が、秋月には妙に構うので他の生徒にも散々、噂されていることだ。
 どこか危なっかしい同僚の面倒を見ている…そんな風に思われないのは、秋月の独特の色気のせいなのだろう。何かありそうなエロさ。そんなものと倉内は無縁なので、ある意味羨ましい気持ちにもなる。
「そうだと言ったら、どうするんだ?」
「そうなの?フミちゃんは、後藤のことが好きなのに」
 長谷川はきっと、秋月を好きなのだろう。牽制というわけではないが、確信を持って倉内は告げる。
 秋月の視線が秘めた想いのように、後藤に向けられていることを知っている。両想いなのにどうしてグダグダ悩んでいるのか、倉内には理解できないが…大人は色々と大変、なのかもしれない。
「人の気持ちは変わるものだ。それに、つきあう人は好きな人と同じとは、限らないのではないかね」
「答えになってないよ。どうして大人は、ずるいごまかし方をするんだろ…」
 陣内もいつだって、自分の気持ちを上手くはぐらかす。…やるせない。  
「文久は俺のものだと言ったら、君は悪友に手を出すなとでもアドバイスしてくれるのか?」
「…え?」
 長谷川の声に熱が帯び、冷えた視線は真っ直ぐに倉内を捉える。
「確かに一時期、後藤のことを気にしていたこともあったようだが。文久は今は俺とつきあっているし、後藤のことなんてもう頭の隅にもない。後藤だって、同じじゃないのか?二人の仲が昔と違うということくらい、あいつのそばにいる倉内が一番よく知ってるだろう」
「何か不自然だとは感じてたけど。後藤は…っ、フミちゃんのこと好きだと思うよ」
「そんな感情は、迷惑だと伝えておくんだな。友達思いなら、尚更だ」
「意味がわかんないよ!何で…!?」 
「どうしてそんな、泣きそうな顔をするんだ?倉内、お前後藤に惚れてるのか」
「なっ…」
 信じられないセリフだった。そんなわけがない。憤りすぎて、反論する声が掠れる。
「だからっ、それは違うって何度も言ってる!先生たちは、いつも勝手だ。僕たちのことなんてどうでもよくて…平気でこんな風に傷つける。長谷川先生なんて嫌いだ!」
「どう思われようが、俺の知ったことじゃない。倉内、どうしてそんなにあの二人に固執するんだ?そんなに、後藤が大切か?それは恋とは違うのか?友情だと思いこみたいだけで、お前本当は後藤のことが好きなんじゃないのか」
「違う!違う、違うっ…!!そんなんじゃない!やめてよ、勝手に……何でもないよ?!」
 必死で首を横に振る。どうしたら信じてもらえるのか、どうやって伝えればいいのか。
「どうして、そんなに必死になる?考えてもみろ。お前がそんなに動揺することが、他にあったか」
「僕は、他に好きな人がいるんだ!先生、いい加減に…してよ……」 
 理不尽だ。どうしてこんなことを言われなければならないのか、理解できない。

「お前は、後藤に惹かれてるんだ」

「うるさい!!」
 いつもの冷静さを欠いて、倉内は長谷川を睨みつける。ポーカーフェイスが、憎らしかった。 
 きつく唇を噛んで走り出すと、今一番見たくない顔を見た。秋月だ。ざわつく校内に初めて、授業が終わっていたことを知る。そんなこと、今はどうでもいいが。
「……倉内くん、どうしたの?!」
「フミちゃんがそんな風に話しかけてくれるなんて、久しぶり」
 自分でもシャレにならないほど、冷たい嫌味が唇をつく。
 それほど今の倉内の雰囲気が、おかしいのだろう。壁を取り払ってしまう、ほどに。
「…誰かに、何か……」
「僕だって誤解されるのは慣れてるけど…、どうして信じてもらえないのかわからないよ」
(フミちゃんもそうなの?僕が後藤を好きだと思っているから、僕のことを避けてるの…) 
 二人の心配をしていた自分が、本当に馬鹿みたいだ。滑稽だ。…悲しい。
「倉内くん…」
 涙がこみあげてくる。秋月が驚いたように、目を瞠った。
 図書室に行けば片思いのあの人は、優しい言葉をかけてくれたりするのだろうか?期待することもできなくて、倉内は制服の袖で涙を拭う。肌を掠める感触に、じわりと痛みが広がった。
「…の、せいだ……」
 ぽつりと呟く。行き場のない感情をどこにぶつければいいのか、わからない。
 何を言われたか聞き取れなくて、秋月は眉をひそめる。
「倉内くん?」
「フミちゃんの、せいだ」
 はっきりと言葉にする。心配そうに伺ってくる秋月の手を、倉内は振り払った。
 友達なんて呼べる人間は後藤が初めてで、どう接して良いのかなんて、そんなこと知らずに育ってきた。女の子は何人も倉内を好きだと言ってくれたけれど、結局、女の子を好きになることはできなかった。同性は倉内の望む友情を与えてはくれなくて、どう接して良いかわからないようだった。オカマ扱いなんて、最低。
 でも、後藤は違った。笑っていてほしい。元気で、できることならその恋が実ればいいと願って。
「…ごめん、倉内くん。何の話なのかわかるように」
「大人は汚い。そんなことっ…、説明したくもない!」
 長谷川とつきあっているなんて話を、秋月本人の口から聞きたくはなかった。後ろから名前を呼ばれたけれど、倉内はもう振り返らなかった。足の速さには自信もある。
「…違う、僕は後藤のことなんて……!」
 走り疲れて、廊下の壁にもたれ座り込む。息を整え、膝に顔を埋めて目を閉じる。とんだ濡れ衣に、後藤に対する罵詈雑言が頭の中をかけめぐったが結局何も言わないだろう、そう思った。
 人間関係ほど、疲れるものもない。振り回されすぎている。よく知っていたはずだったのに、こんな面倒なものは他にないと。好意は、ろくなことにならない。
 それなのにまだ、友人を大切に思う自分がいる。恋だと疑われるほどに…。
「違う、違う…!」
 こんな感情は、友情に他ならない。
 頭痛に髪をかきむしり、倉内は荒い息を吐く。苦しくて死にそうだった。

 友情を証明する手立てを、何も知らなくてどうすればいいのかわからない。


  2008.01.30


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