liar


   act.3



 優は屋上を好んで、天気のいい日によく正純を連れては気持ちよさそうにしていた。
 どこにいても目立つので、こういう人気のない場所に来ると落ち着くのだと…穏やかな顔で話すクラスメイトに、自分は特別な領域に踏み込んでいるんだと、その度正純は思ったりした。嬉しいというより、胸のどこかがスッと冷えるような、変な感じ。
 まだ入学して一ヶ月ちょっとしか経っていないのに、毎日一緒に過ごすうち、もう随分長い間慣れ親しんだ関係のような錯覚を起こす。
「今日、放課後何か予定ある?ヒマだったら、正純うちおいでよ」
「うちって…楽園?僕が行ったら、迷惑じゃないの」
 自分は楽園の動向を探る、スパイのようなものなのに。アッサリ招かれてしまって、正純の方が戸惑ってしまった。
 絶好のチャンスだというのに、素直に喜ぶことができない。
「どうして。みんな喜ぶよ、俺が友達連れて帰ったら。いや、ビックリするかもな。…でも、来にくかったら無理にとは言わないし。俺の家が楽園ってことは、変えられないからね」
「優は将来、楽園のトップになるの?」
「さあ…。興味ないんだよね、そういう権力とか、名前とか?愛に生きられたらいいなあ」
 何でもないことのようにサラリと告げ、優は大きな瞳を瞬きさせる。男女問わず、たったそれだけで陥落してしまう人間は多いのだろう。甘える術を知っている。
 本当に自分とは対極だなと感心して、正純はふうんと相槌をうった。
「遊びに行こうかな…」
「本当!?嬉しいなあ。早く放課後になればいいのに。楽しみ!」
 優のそんな笑顔を見てしまったら、誰だってきっと、もう何も言えない。

 今日に限ったことではなく、優は毎日車の送迎で学校に通っている。
 あの『奇跡の日』から少しずつ、全国的に寮生の数は減った。今までの距離を取り戻すかのように、それぞれが、家族の元へ帰っていったからなのだけれど。
「優様。今日もお疲れ様でした」
「箕輪(みのわ)、今日は友達も一緒なんだけど」
「優様がいつもお世話になっています。今後とも、どうぞ宜しくお願い致します」
「白鳥正純です。こちらこそ、よろしくお願いします…」
 運転手に深く頭を下げられて、正純も礼儀正しく自己紹介する。
 優が普通じゃないことは、わかっていたつもりだった。大事にされているであろうことも、勿論。
「お邪魔します…」
「いらっしゃい。正純、楽園へようこそ」
 実際に正純が楽園の中に入ったのは初めてで、任務のこともあり少し緊張する。
 施設内というよりは、楽園はホテルのようだった。ビジネスではない、高級ホテルの類だ。違いといえば、従業員がいないことくらいだろうか。
「俺が住んでるここの本部は、外部の客を招くこともあって、他の施設と比べれば派手な方なんだよ。一般信者も出入りがある。実際住んでるのは幹部とか、楽園に深く関わりのある身内の人間だけだけど」
「へえ…」
 知っている情報だったが、こんな風に気軽に話していい内容なのだろうか…。正純は、余計な心配をしてしまう。流してくれればくれるだけ、什宝会は喜ぶだろうけれど。
「あ、ねえ正純。何か食べたいものはある?何でも手配させるから、言って言って」
「いや、その…お構いなく」
 優の部屋は予想通り、広い。
 ベッドはフカフカしているし、テレビもこんなに大きかったら見にくいんじゃないか、というサイズだ。あとやたらと、小さいものから大きなものまでぬいぐるみが置かれてあるのが気になった。寂しがりやなのかもしれない…。
「そう?探検でもする?さすがに機密までは見せられないけど、外部の人は面白いかもね」
「優。駄目だよ…お前がそんなじゃ、他の楽園の信者が困るだろ。しっかりしないと」
 さすがに心配になって、自分のことも顧みず正純はそう友達を諭した。直接内部を探れと言われた和ノ宮ゆとりに知られたら、こちらの方が叱られそうだが…。
 きょとんとした表情になった優は、やがて嬉しそうに笑って正純に飛びつく。
「わ、何?」
「へへっ。でも、俺、正純に聞かれたら何でも答えちゃいそう!正純大好き」
「それはどうもありがとう」
「そうだ、紹介したい人がいるんだけどね」
 まるでタイミングを見計らっていたかのように、ドアが開いた。その青年は正純と目が合うと、丁寧に頭を下げる。笑っているような気がしたけれど、表情はあまり読み取れない。
「白鳥様、私は神津仁と申します。以後お見知りおきを」
「真眼って知ってる?正純」
「えっ?うん…。知ってるけど」
 動揺を悟られないように、正純は視線を神津へと移す。この男が、真眼だとしたら…今自分の、一体何を見られているのだろう?隠していることは、沢山あるのだ。無邪気なクラスメイトに対して、後ろ暗い類の。
「大丈夫だって言ってるんだけど。一応、念のためチェックさせてもらう、だってさ。ごめんね、こんな風に正純を試すようなことして…」
「白鳥様が、優様の大切な友人であることは承知しています。優様は我々にとって、特別な存在。くれぐれも、その輝きに傷をつけることがないように、どうかお願い致します」
 神津の目は、正純の何もかもを見透かすようだった。こんな時こそ、平静でいなければ。
 隣りで二人を見比べる優は、何の心配もしていないようだし。
「わかっています」
 ただ一言そう告げた正純に、神津は柔らかな笑みを浮かべる。失礼しましたと席を外しても、なかなか緊張感はほぐれてくれなかった。
 丈太郎も真眼を持っているけれど、この雰囲気の違いはどこから来るものなのだろう。そういえば自分はゆとりのことも苦手だったと、思い出して正純は溜息を殺す。
「嬉しいな!これで心おきなく、一緒に遊んだり泊まったり出かけたりできるよぉ」
「そうかな…。もしかしたら、友達失格かもしれないけどね。僕は」
 ここで優に苛立ちをぶつけるのは、お門違い。わかっているのに、段々正純は苛々してきてしまった。この苛立ちは、状況に対してなのだろうか?自分でも、気持ちが掴みきれない。
「今日はこれで帰る。バイバイ、優」
「正純…」
 不安そうな友達に、かける言葉など何もない。自分が帰ったら、神津は一体優に何を告げるだろう?気が気でなくて、とても普通でいられない。


   ***


 誰にも会いたくないし何も喋りたい気分でなどなかったのに、和ノ宮邸に帰ると犬上がちょっかいをかけてきた。面倒くさいことこの上ない。
「今日は、お前の相手なんてする気にならない。失せろよ」
「今日はじゃなくて、今日もじゃねーかよ!」
「るさい」
 ベッドに寝転がって背を向けたまま、正純は溜息を繰り返す。
「自分でわかってんのか…。すっげー気が乱れてるぜ?らしくねえのな。一体誰のこと考えたら、そんな風になんだよ。妬ける」
「お前のことじゃない」
 頭が全然働かない。ベッドが軋んで、気が付けば目の前に犬上の顔があった。とっさのことで身動きが取れず、正純は眉をひそめる。
「隙だらけ」
「重いうざいどいて」
「嫌だね。大体、それが人に物を頼む態度?オレがこうやって押さえつけても、強張りもしないなんて甘く見られてるよなー。本当、本気で好きなのに」
 そのセリフのあまりのウザさに、正純は舌打ちをした。今は一人でボンヤリしていたいのに、たったそれだけの些細な希望すら叶えられないとは。
「マッジ、かわいくねえ…」
「お前の趣味がイカレてるだけ」
 携帯のメールが鳴る。優の着信音だ。すぐにでも見たい気持ちになって、正純は落ち着かなくなる。変な別れ方をしてしまったので、優は気にしているのだろう。
 …いや。もしかしたら、神津が自分の素性を話してしまったかもしれない。そうならばいっそ、スッキリする……?けれど、任務失敗だ。
「あっ、ヤベ…。匂いで勃ってきた。チンコが硬いです」
「実況しなくていいから!!」
 荒い息が頬にかかるのが、死ぬほど居心地悪い。押しつけてくる下半身から逃れるように、正純は身体を捩った。犬上は完全に、ソノ気になってしまったようだ。
「オレの勃起したチンコを、白鳥のお尻の中に挿れて、グチュグチュに掻き回したい…」
 熱っぽく囁かれた後、耳を舐められる。本気で涙が出てしまった。
「や、やだ…っ」
「その、やだっつーの超そそるわ。…ゴメン、オレ、もう我慢きかない。ぶち込みたい。それしか考えらんねえ。白鳥…好きだ、好き…」
「ん…!」
 まさか、犬上とキスをする日が来るなんて考えたこともなかった。吸いついてくる舌が、息苦しくて涙が止まらない。
「真っ赤になっちゃって、超可愛い…。恥ずかしいの?オレ、夢見てるみたい」
「…ぁ……怖い…!」
 セックスという行為は、正純にとっては誘いに犯されたただ一度だけ。瞬間の恍惚を過ぎてしまったら、罪悪や恐怖に堪えきれず、結果自分の存在を認めることができなかった。
 それがトラウマになって次の恋に進めないでいることに、正純自身は気づいていないのだけれども。
「自分で扱いたりする?こうやって…優しく撫でたりさ」
「ひっ…ゃめっ、犬上!お願い…」
 性的行為と正純、というのはなかなか結びつかない。だが犬上はそういう目で正純を見ているので、そんな妄想をするだけで(ソッチが)元気になってしまう。
「可愛い。可愛い…触りたい……」
 下半身を揺らす緩やかな手の動きに、正純はクラクラする。気持ちと身体が離反していく。胸が、締めつけられるように苦しかった。
 犬上を、恋愛感情で好きなわけではない。かといって、そういう視線で自分が誰を見ているか考えたら…その人には手が届かない。届いたと思ったのは、ただの自分の妄想だった。浅ましさでこの身を滅ぼした卑しさを、正純は心底嫌悪していた。
「や、気持ち…悪、いよ…!助けて……怖い…また…おかしくなったら……」
「オレは受けとめる。白鳥、オレは、お前がどんなになっても支える自信あるよ。だから、」
 ほんの少しだけ、言葉がちゃんと届いた気がした。早くここから抜け出したいと思っているところから、手を差し伸べられたような…。
「…んと、に……?自分でも、受け入れられないものを、お前…が……」
「じゃあその分も、愛してやるから」
 なんだか、身体の力が抜けた。確信を持って告げる犬上を、格好いいなんて思ってしまった。ほだされてしまったのかもしれないが、流されたわけじゃない。
「信じて…いい、の」
「大切にする。誓うよ」
 今度は違う涙が零れる。おずおずと、正純は犬上の背中に腕を廻した。
「犬上…」
 いつも頑なに自分を拒んできた正純のぎこちないその動作に、犬上は天にも昇る気持ちだった。他人に頼ることを苦手とするこの少年が、身を委ねようとしてくれている。
「いいよ…。怖いけど……、犬上の好きに、しても、いい」
 ああ。やっと、赦しを得ることができた。
 犬上は震える身体に、丁寧に愛撫を落としていく。どうやってこの感情を表現すればいいのか、愛していると教えてあげるにはどうすれば伝わるのか。
 口づける毎に、感じやすい正純の吐息が跳ねる。それが本当に嬉しかった。
「白鳥が、オレのことを感じてくれてるのが嬉しい。泣きそう…」
「大げさ…っ…あ、駄目…声、出ちゃ……」
「出してよ聞かせてよ。全部見せて。見たい」
 広げた脚の真ん中で、蜜を垂らしながら上下するペニスが美味そうだった。アナルに指を挿し入れると、緊張した正純の声が詰まる。
「息、して。力抜いて。大丈夫…酷いこと、しねえから」
「はぁ…んんっ……ぅ……あ、あぁん…!」
「ちょ、可愛すぎて困る…。ええと、そろそろ挿れていっすかね」
 その衝撃と、耳を塞いでも粘りついてくるような卑猥な音に、正純はどうしようもなくなってしまった。汗で指先が滑る。心臓が壊れてしまいそうなほど、早く刻んで圧迫される。
 自分の中に、徐々に犬上の質量が入り込んでくるのがわかる。
「あ…あっ……!」
「ほら、繋がった…。オレのチンコは、ようやく白鳥の中に…う…気持ちいい……」
 幸せそうに心情を吐露され、正純はものすごく恥ずかしい気持ちになった。
「馬鹿っ…ぁ…」
 正純の肩を抱き、ゆっくりと犬上は腰を動かし始める。このまま二人で、ドロドロに溶けてしまえたらいいのに。
「……アァ、いっ…犬上……」
「正純…。正純…!」
 どさくさに紛れて呼び捨てしてきた犬上の現金さを、なじる余裕すらなく…。抱き合う腕に力を込めて、正純はキスに応えるのだった。


  2009.01.11


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