オタ☆コイ



 既視感を感じる。恋と呼ぶにはトキメキを伴っていないし、記憶の隅がぼんやりと霧になっていて、定かではないのだが…。

 原田 進(ハラダ シン)がうちの高校に転校してきてからというもの、生徒が行方不明になったり、不審な人影を見かけただとか妙な噂が立ったり、学校でも一二を争う美少女が、原田と仲良くしていたり…連日のように、不思議な事件が起こっている。
 俺はコンピューター部に所属しており、放課後は週に三回程度、パソコンに囲まれ空調の効いた部屋で何となく過ごす日々を送っている。それなりに平和だ。とりたててやりたいことも、夢もまだない。まだと言いながら、見つけられないまま一生を終えるかもしれない。それでもいいか、と寛容できるくらいには俺は楽観的で、現実的な思考をしている。
 何故コンピューター部に入ったかというと、うちの高校は部活は強制参加というふざけた方針を打ち出しており、楽そうだったのが文芸部かコンピューター部、それから映画研究会の三択だったわけなのだが、俺はその中でコンピューター部を選んだ。それだけのことだ。そして、その選択は多分正解だった。検定という資格をコツコツと受けていけば、高卒で就職するには多少、有利だからである。
 
「…入部したいんですけど」
 原田がコンピューター室の門を叩いてそう告げた時、俺を含めた部員一同は空気が硬直した。
 何故なら原田は時の人で、そんな男がどちらかといえばアンダーグラウンド的な我が部に入部する、などと誰も考えはしなかったのだ。原田はいまや、校内一の有名人だ。その一挙一動が話題を呼び、(人気がある、というのとはまた別の話だと思う)校内中の注目を集める。
「えっ、君が?」
 部長の疑問には、俺も共感できた。
「はい。よろしくお願いします!原田進、二Bです。…ところで、村松はどこですか?」
 村松なんて名字は、十数名の部員の中で俺一人だ。
 俺に何か用なのだろうか。部員の視線が刺さるが、俺は原田と面識はない。どこかで知っているような気はする。会ったことがあるような気もしないでもない…でも、憶えていない。
「何か用かよ、転校生。俺が村松だけど」
 俺の顔を見ると、原田はまるで転生した恋人にでも逢ったかのように表情を輝かせた。
 …一体、何なんだ?
「ああ、久しぶり!逢いたかったよ、村松…!!」
 何かを勘違いしている転校生は、いきなり俺に抱きついてきた。
 久しぶりだと言われても、俺にそんな思い出は微塵もないわけで…熱い抱擁、どよめく部室。鳥肌が立った。俺に、そういう趣味はない。勿論、すぐに引き剥がす。
「何なんだよ。初対面だろ、離せよ気持ち悪い。つーか、お前らのそのリアクションも何だよ!?」
「へへっ…。ほんっと、すっげえ逢いたかったんだぜ?村松。今度こそ、おれは間違えないから」
「はあ?」
 何なんだろう、コイツは。人懐っこいを通り越したスキンシップで、こんな風に俺に接してくるなんて。
 そのファーストインプレッションから、原田の俺に対しての猛攻(どういう意味かは、全く理解する気もしない)が始まり、俺の日常も不本意ながら変化せざるを得なくなってしまった…。


   ***


 原田と一緒にいると、何故か事件が起こり、俺はそれに巻き込まれてしまう。そうした人間は俺一人ではなく、先述したようにやたら個性の強い、美少女ばかりが原田の周りに集う。
 これは、何かの陰謀ではないのか?そうでなきゃ、原田ばかりモテる理由がわからない。原田は特に美形ということもなければ、人一倍優しいとかそういう突出した性格も、特に見受けられない。至って普通だ。だがその普通さがかえって、不自然というか何か裏があるのではないかと疑ってしまう。
「村松う〜!!」
「寄るな触るな抱きつくなっ、暑苦しい!」
「そんなに照れるなって。村松だって、心の底ではおれのこと…」
「死ねよ」
 俺が足蹴にした原田を、キャーキャー言いながら女の子たちが寄ってたかって介抱している。
 …解せない。周りにこんなに可愛い子が沢山いる中で、どうして俺なんだろう。ふざけてる。思考回路は、ショート寸前だ!この男の俺に対する態度ときたら、露骨で、変態気味で、もうどうしようもない。俺にそんな趣味もない。
「なあ、村松。今日の放課後さ、おれとデートしない?」
「愚問すぎるな」
「じゃあさ、せめて一緒に帰ってよ。村松くん、お・ね・が・い」
「…………」
 俺が沈黙していると、一緒に帰るくらいしてあげれば?そうよ可哀想よ、と女の子たちの同情(そういう作戦か?)の野次が飛んだ。いくらなんでも、俺もそこまで非情でもない。
 彼女たちは一体どんな弱みを握られて、原田と一緒にいるのだろう。純粋な好意?友情?俺は?どんどん感覚が麻痺してきて、どうでもよくなってくる。
「わかったよ。わかりました。一緒に帰ればいいんだろ、もう。めんどくせえ…」
「………やった!」
 ほだされそうになんか、なるもんか。俺はご機嫌な原田から目を逸らして、溜息をつく。どうして俺は、コイツと一緒にいるんだろう…。答え、原田が俺についてまわるから。
「うわ、解決方法がねえ…」
「え?何の話?」
 ………悩みが深刻になりすぎて、思わず声に出してしまっていたらしい。
 放課後になるまで、俺は溜息を三十四回ついた。チャイムが鳴るなり、うちのクラスに原田が駆け込んでくる。
「帰ろ帰ろ!」
 お前はそんなに、早く帰りたいか。なら俺を置いて、猛ダッシュで家に飛び込めばいいだろ?そんな文句は、原田の勢いに完全に呑まれ、残念ながら発声されることはなかった。
 夕暮れが眩しく、俺たちの帰り道を照らす。公園を通りすぎようとした時、その中に見知った姿を見つけ、俺は思わず足を止めた。つられたように立ち止まった原田が、俺の視線の先を追う。
「お兄ちゃ…」
 妹の昌子が、俺に気づいてふらふらとした足取りで近づいてくる。
「昌子!どうして、こんなところに!?病院は?」
「あのね、昌子、お兄ちゃんに会いたかったの」
 昌子は身体が弱く、入退院を繰り返している。友達も少なく、兄の俺を慕ってくれているのだ。
 俺は携帯を見た。母さんからの着信が、しつこいくらい入っている。…鞄に入れっぱなしだったから、気づかなかった。
「その人、誰?」
 原田を怪訝そうな目で眺め、敵か味方か判断するような問いかけを、昌子は俺に投げかけた。
「お兄ちゃんの友達だよ、はじめまして。おれはね、原田進っていいます。進くんって呼んでね、昌子ちゃん」
「いや!お兄ちゃんは、昌子のだよ」
 …おお。我が妹ながら、勘の良さはさすがと言うべきか。昌子の宣言に、原田は一瞬面食らったようだがすぐに、持ち前の人なつっこさを発揮し始めた。
「いいな〜。おれも、お兄ちゃんのこと大好きなんだよ」
 正直幼女に張り合うのはやめてくれ、原田…。
「あげないもん」
 ギュッと俺にしがみつき、昌子はいーだ、といじめっ子のような表情をする。はいはいと小さい身体を抱き上げて、俺はあやすように柔らかい髪を撫でた。本当に、世話が焼ける。
「残念だったなあ、原田。お姫様がおかんむりだから、俺はもうここで別れる」
「えっ?…ね、昌子お姫様。学校でお兄ちゃんがどんな風なのか、知りたくない?いっぱい教えてあげるよ〜」
「…………」
「原田」
「おれは、お姫様にお尋ねしているのです。…おうちまで、お供させて頂いてよろしいでしょうか?」
「…ん〜」
 すごい。これは、一種の才能かもしれない。別に言い訳をするつもりはなく、俺は恋愛をする上で、昌子が自分の壁だと理解をしている。大体ファーストインプレッションで、昌子は恋の駆け引きから、俺の相手を故意に蹴落とすからだ。
 天性の女たらしだな、原田の奴。ここまでくると、俺も感心するしかない。
 しかも緊張が解けたせいなのか、昌子はすぐに俺の背中で眠ってしまった。ろくに話もしていない原田は、優しい目をしてそんな俺の妹を見ている。ああ。もうすぐ、村松家に着きそうだ。
「上がってくか、原田?茶くらい出すぞ」
 何気ない 俺の提案に、一瞬原田の時が止まった。それから顔中で表情を輝かせると、
「えっ?…そんなこと、村松に言ってもらえたの初めてなんだけど!超嬉しい。いいの!?」
「や、そりゃ誘ったのは初めてだから―――」
「一緒に帰れる機会を得たのは、本当はこれで五回目。四回全部、おれは選択を間違って一人で帰った。おれがどれだけ嬉しいか、村松はわかんないよな。そうだよな…ありがとう」

 電波である。

 おれはもう、本当は知っているんだ。お前が家計の足しになるように、大学を諦めて就職しようとしていること。それくらい、家族と昌子ちゃんが大事だっていうこと。恋愛をする余裕はないけど、してもいいかなとは思っていること…矢継ぎ早につらつらと人の事情を透かしてみせて、俺は呆気にとられたまま、返事ができない。
「何なんだお前?エスパー??…気持ち悪いだろうが」
「ご、ごめん!気味悪がらせるつもりはなかったんだけど…。調子乗って、色々喋り過ぎた。おれ、自分の究極の理想は、ネコ耳をつけた巨乳のメイドで、癒し系だとばっかり思っていたんだけど…。村松に出会って、それが覆されたんだ。だから、」
「やっぱり帰れ」
 真剣に告白するには、あまりにも馬鹿馬鹿しい内容だと思った。
「大体、そんな奴はこの世に存在しないだろうよ。常識的に考えて…」
「三次元にはいないかもしれない。でも、ゲームの中でなら恋をして××をすることだって可能だし」 
「不毛すぎる。それならまだ、俺の方がマシじゃないか」
 大体俺がコンピューター部に所属しているのは別に、オタクだからってわけじゃない。そう誤解されても別に痛くも痒くもないが、もっと現実的な思考回路でもって部活動を行っている。
 二次元の萌え、というのを否定する気もない。ただ、世間一般で言う異質の好意を俺に向けられるのは困る。こう見えて結構、俺はまっとうな精神の持ち主なんだから…。
「好きなんだよ。おれ、ずっと村松のことばかり追いかけてるんだ」
「お前、マジで気持ち悪い…」
「ごめん!ごめんね…」
 奴は今にも、泣きだしそうな顔で微笑んだ。
「村松、今日は誘ってくれてほんとにありがとう。おれ、すごく嬉しかった」
「………」
 お邪魔しました。そう言って立ち上がろうとした原田の手を、思わず俺は掴んだ。自分でも、何のつもりか説明できない。混乱する。でもここで帰すにはあまりにも、つまらないような気がしたんだ。
「俺にはそんな気はないし、お前の趣味もよくわからん。あえて好みをあげるとすれば、ピンクのミニスカナースはいいと思うが」
「う、うん」
「でもそれは今までの話で、これから先のことはまだ、決めてない。とりあえず、…俺が言いたいのはだな。茶くらい飲んでいけばいい」
 珍獣を発見したような目が俺をじろじろと凝視して、それからすとんと原田の尻が床についた。
「村松」
「何だ」
「嬉しいんだけど…」
 何か言おうと思ったそのタイミングの良さで、昌子がお菓子とお茶を盆に載せて運んでくる。そして俺たちの間に陣取ると、昌子は珍しさからか気に入ったのか何なのか…原田にちょっかいを出し始めた。昌子をあやす原田は時折チラチラ俺を盗み見て、だらしなく幸せそうな微笑は尽きることがない。
 まあいいか、と俺は思う。器に溢れんばかりの甘いお菓子も、はしゃぐ昌子も、にやつく同級生も。
 その真ん中に自分がいることは、悪くない。


 村松友情ルート「お茶エンド」


  2007.08.16


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