5.既成事実
倉内のこと、好きになってよかった。
俺の気持ちを、倉内がこんなにも喜んでくれるなんて。
「嬉しい…。そんな風に告白されたら、キスだけで抑えられなくなっちゃう。
触れてもいい?痛いことはしないから。大事にする、羽柴のこと」
小さく頷くと、倉内の手が俺のニットを脱がしにかかる。恥ずかしくて俯く俺に微笑む顔がイケメンすぎて、肌が赤く染まってしまった。
「自分だけ脱ぐの、恥ずかしいんだけど…」
苦し紛れな俺の抗議にあっさりと上半身裸になった倉内は、日々鍛えているだけあって、めちゃくちゃいい身体をしていた。
筋肉って、ただ筋トレをすればいいってわけじゃない。どの筋肉を鍛えたいのか、どういう身体を目指しているのか?そんな目的に基づいて、必要な行動を適切に行わなければならない。パッと見て、見惚れるくらいの身体には、それだけの計算と努力が伴っていることを意味する。
(わ、わかってたけど倉内は男だった!知ってたけど、こんな綺麗な筋肉してるなんて知らなかった!それに比べて、俺の身体は貧相すぎる……)
色んな意味でますます俺は恥ずかしくなって、視線を泳がせる。
「羽柴…?」
「も、もう!卑怯だよ、倉内の格好良さは…。
何でそんなに格好いいの。ドキドキして、止まらないじゃん!」
「何言ってるの。これから、もっとドキドキすることしかしないよ?羽柴には。
それにこのまま、羽柴の気持ちが変わらないうちに……。既成事実を作っておくべきだと思うんだけど」
「…既成事実?」
何かを確かめるように、倉内は神妙な表情で俺を見ていた。
「羽柴。僕たち……今から付き合うってことで、いいかな?」
倉内って、とても感情が豊かだと思う。喜怒哀楽がはっきりしている。不安に揺れる瞳に、俺はキュンとしてしまった。
「う、うん。あらためてそう確認されると、恥ずかしいけど。友達だった俺が、倉内の……こ、恋人になるなんて。よ…よろしくお願いします」
口に出して「恋人」と言ってみる。……やっぱり、まだ恥ずかしい。
(お互い男だから、彼氏と彼氏?恋人なんて、なんだか語感が慣れないっていうか……)
「もう。可愛い……!良かった。否定されたら、立ち直れないところだった。
大好きだよ。羽柴」
「く、倉内……」
全身で喜びを表現した倉内は、きつく俺を抱きしめる。抱きしめられると、裸の上半身が重なり合って、俺は呼吸を忘れそうになった。
(どうしよう。どうしたらいいか、全然わからない。
普通にしてるつもりだけど、俺、どっかおかしいのかな。ドキドキして……普通がどんな状態だったのか、忘れちゃった)
「キスしていい?」
頷くと、柔らかい唇を重ねられ、ますます動悸が速くなる。うっすらと瞼を開けたら、間近で目が合い耳まで赤くなってしまった。
「み、見ないでほしいんだけど。そんなに」
「どうして?可愛いから、全部見ていたいんだけど。
キスだけでそんなに照れてたら、これからもっと恥ずかしいことす」
「ストップ!待って、それ以上言わないで…。ダメ、俺、心の準備がまだ。怖い」
「僕が、羽柴に触れるのが怖いの?」
「う……」
(めちゃくちゃ怖いです)
思いっきり傷ついた表情を浮かべる倉内は、それが演技であったとしても、俺に罪悪感を抱かせる。
俺が倉内には弱いって、散々マサには言われてきたけど、今更どうしようもないことだ。倉内の方が、一枚も二枚も上手なのだし。
「俺、羽柴が思っているより我慢強くないから。
ただの男で、性欲あるし、羽柴が好き」
「……せ、せいよく」
そういえば俺たちは、高校時代にあまり恋バナをしてこなかった。俺がまず、恋愛に興味なかったし、マサは秋月先生一筋で、一緒にいれば聞くまでもなく、上手くいってるかどうかなんて一目瞭然。
倉内はあまり、自分の恋愛観を俺に語ったりはしなかった。……もしかすると片思いしていたのは、言いにくい相手だったのかもしれない。
まあ、俺が知らなかっただけで、倉内とマサの間では、そういう話もしていたような気もする。俺の知らない、二人の顔。俺だって、二人には黙っていても、渚には見せられる部分が沢山ある。それと似たようなものかな。
(倉内が我慢強いなんて、思ったことはないけど……。自分に向けられると、変な気分)
「うん。もちろん、最近は羽柴で抜いてるよ。
高校の時の色んなことを思い出して、写メとか見返したり…。羽柴ってよく、くっついてくるからもっと、触っておけば良かったとか」
「わあぁ、やめて!そ、そんなこと言っちゃダメだよ倉内!!」
そんな詳細は聞きたくない。俺のスマホの中にだって、倉内の美形写真が山のように残っている。同じくらい、倉内が持っている写真にも俺の姿があるんだろう。
「やめないよ。こんなに恥ずかしがってる羽柴が、僕に触れられたらどんな反応を返すのかなって、想像するんだよ。乳首を舐めたら、どんな喘ぎ声を」
そんな説明はされなくていい。聞きたくない。恥ずかしいにも程がある。
「や、やめて…恥ずかしい!そんな想像!!お願い……言わないで」
「……さっきから煽られてるの?俺」
あまりに俺が大騒ぎするので、倉内が笑っている。低い声に問いかけられて、泣きそうになった。
「ちがう!!!そんなわけっ……」
卑屈さとは縁遠い倉内は、基本的には自信家だ。日頃から適切な努力を重ね、自分を磨くことにも余念がない。……つまり、あまり恥ずかしいという概念がないのだ。
いつも倉内は倉内で、それがすごいって感じる。
「……俺に夢を見ないで、羽柴。まだ付き合ってもない友達を、オカズに抜いてるような男だから。知ってると思うけど、ちんこついてるから」
「あ……」
俺の手を取り、興奮している自身の股間を撫でさせて、倉内は笑う。
「ね?前に羽柴の部屋でキスした時も、勃起してたのわかってたよね?あの時は我慢できたけど、羽柴も俺を、好きって言ってくれたから。もう止められない」
「うう……。倉内が男なのは知ってるもん。でも、ちょっと手加減してくれない?
倉内のことは好きだけど、俺童貞だし。よくわかんなくて怖いよ」
「初めてなのは、俺も一緒だよ」
「んっ、んん…!」
激しいキス。もう帰りたい。威力が強すぎて、全く太刀打ちできないじゃない。不公平にもほどがある。最初から、倉内にしか分がないなんて。
「プラトニックなんて無理だから。
俺がちゃんと男だって、たっぷり教えてあげる。羽柴……」
(何その笑顔!同じ男なのに、その色気はどこから……)
「や、やだ!こわいっ……。倉内!」
「大丈夫だよ、羽柴。ね?」
倉内にのしかかられ逃げ場をなくした俺は、きれいな指が自分に触れるのに、されるがまま。
「あ…倉内っ……!」
「俺を見て、可愛い羽柴……。大好きだよ」
まるで美味しいものを食べるかのように、身体を倉内の舌が這い回る。綺麗な指先で触れながら、愛撫がゆっくりと首筋から鎖骨へ降りてくる。ゾクゾクする。
「あ、やっ……!ああっ!」
(……このまま、俺、倉内としちゃうのかな)
友達気分が抜けない俺に、倉内の愛が容赦なく降り注ぐ。それはとてもくすぐったくて、不思議な感覚だった。
2018.08.30