指の練習



「オレ、指の練習って好きだな」

 練習の後、酷使した指を撫でながらオレがそう言うと、楽は柔らかく笑った。
 ちなみに補足させてもらうと、エドの一件以来、オレたちはお互いを名前で呼び合うようになった。理由は、積み重なったヤキモチとでも表現すればいいだろうか。
 まあ、ますますラブラブってことで。
「どうして?指の練習なんて地味で、退屈じゃないか?…一般的に」
「楽だって、そんなこと思ってもないんだろ」
 楽はオレの言葉を意外だ、とは思っていない。むしろわかるところがあるような…そんな表情をしているのだし。やっぱりオレたち恋人同士、考えが似てるところもあるよな!
「なんか前よりちょっとずつ、指が強くなってるっていうか…耐久力が向上してるの、実感できるし。これ練習すれば、いつかあの曲が弾けるようになるのかなあって思いながら、練習するのワクワクする」
「そうか」
 嬉しそうにやっぱり楽は笑うだけで、オレはそこからあまり言葉を引き出せない。
「どうかしたのか、壮真?ニコニコしたり落ち込んだり、忙しいな。見ていると楽しいけど」
「そうかって、それだけ?」
 オレの拗ねたような質問に、楽は笑顔を苦笑に変えて、
「基礎練習は大切だし、それを好きになれるということは壮真の強みになると思う。今でこそ俺も苦じゃないけど…小さい頃は、早く格好いい曲が弾きたくて、練習している間はもどかしかったんだ」
 そんな懐かしい思い出を語る。幼い楽は、きっと美少年だったんだろう。
 その気持ちも、何となくわかるなあ…オレの苛々はどっちかっていうと、思うように動かない指に対してだったけど。
「…へえ。そうなんだ、意外だ」
「ごめんな。俺は、自分の感覚を壮真に押しつけたくないと思っているんだ。俺の色に、壮真が染まってほしいわけじゃない。壮真は壮真の良いところを伸ばして、お互いの音楽が、重なればいいと願っているから。…だから、君に意見を求められると言葉に詰まるというか……別に、言いたくないわけじゃなくて。俺の気持ちが、壮真に伝わるだろうか?」
 連城さんのこともあって、楽がそんな風に心配する気持ちはちゃんとオレにも理解できる。
 ひとつひとつのことを面倒くさがらず、こうやって説明してくれる楽の愛情が嬉しい。オレって本当、愛されてるよな。まあ、お互い様だけど。
「うん、ちゃんと伝わった。ありがとう愛してるよ」
「ついでみたいに、愛してるなんて言わないでくれ」
「愛してるよ…。生真面目で不器用な楽をね」
 囁いてキスを落とすと、楽は真っ赤になってかわいい抗議をするのだった。
「お、俺は…そんなもので誤魔化されたりはしない。君の機嫌が直ったのであれば、構わないけれど…。壮真に誤解されるようなことだけは、したくないと思っているよ」
「でも、オレね、楽が考えていることなら何だって知りたい。教えてほしいんだ…。心配しなくても、オレは楽にはなれないしなるつもりもない。恋人の気持ちを、いつだって知っておきたいだけなんだけど、楽はそれを許してくれる?」
 楽の懐柔方法なら、オレはよーく知ってる。この頑なで一本気な男の恋人は、あの手この手で愛情表現をするのが得意になりました。おかげさまで。
「勿論だよ、壮真。…そう、俺の杞憂だったんだな」
 こうやって何度も何度も、楽の不安をオレはなくそうと努力している。難しい顔なんてしないで、いつも笑ってくれるようになったら、もっと楽は幸せかなって思うから。その分魅力的になって、ライバルは増えるかもしれないけど。
「そうそう。なあ、楽は?どの練習の時が楽しいって思う?」
「壮真と音を合わせる時。セックスしてるみたいだろう」
「……(あ、それはなんていうか返事に困る言い方だと思うんだ。絶対)」
 オレの問いかけに、楽はとびきりの笑顔で答えてくれるのだった。
「壮真…」
 甘く絡むキスは、すぐにオレの理性を溶かす。
「…あ…んぅ……楽…」
 明日は休日で今夜は楽の部屋に泊まりだから、余計な心配もしなくて済む…んだけど。本音はもう少しだけピアノの練習させてほしいかも、なんて言えるか!この状況で。
「壮真が可愛いことばかり言うから、俺も大変なんだ。ほら…」
 オレを欲しがってくれていることが、行動を大胆にさせる。楽が喜んでくれるなら、オレは何だってしてあげたい。
「楽の…硬くなってる。オレに舐めさせて」
「っ…壮真……」
 不思議だよなー、自分にも付いてるものをこんなに、愛しいと思うなんて。舐めたい?そんな衝動、楽と恋をするまで一ミリたりとも考えたことなんてなかった。
 オレがフェラしている間、楽は快感を堪えるように眉間に皺を寄せる。恥ずかしいのかもしれない。でも気持ちが良くて、声が漏れて…そういうの、すごく色っぽくてたまらない。
「楽の全部が好きだよ。ここも…ん…は、ぁ……好き…」
「壮真…!」
 楽の長くてきれいな指が、オレの首筋を撫でる。ああ、オレの一番好きなのはこの指。魔法が使える、楽の指。触れられるだけで、もう本当駄目。
「…ぁ、もう……壮真…壮真っ」
 みんなの前でピアノを弾いてるのと違う、オレだけに聴かせてくれる声。見せてくれる表情。泣きそうな顔でイク楽を見ていたら、オレのも元気になってきてしまった。不可抗力…。
「ハァ、ハァ……が、楽…気持ちよかった?…んっ……」
「気持ちよかったよ、壮真。でも、もっと…続けてもいいだろう?」
 そんな誘惑を断れるほどの意志は、オレにはなくて。
 引き寄せられた身体をもっと強く抱きしめて、返事の代わりに。気持ちを伝えるのに言葉なんて必要ないけど、楽の声が聴きたいから喋ってほしいと思う。そういうの、お互い様だったら嬉しいなあ。
「愛してるよ。壮真」
 この人の隣りに相応しい全てを、いつか手に入れる為に。そんな未来に繋げるべく、オレは指の練習に励むのだ。


  2009.03.24


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