森の木々の香りがする。靴の下で踏みつけられた下草の匂い、枯葉の匂い。ほのかに地面の上へ漂い風に乗って広がる。
「あ……」
木の幹に押さえつけられている。僧衣に包まれた腕で手首をつかまれ、唇を三蔵の舌で割られた。長めの黒髪が揺れる狭間から緑色のバンダナが見え隠れしている。
「ぐ……」
容赦なく、口中をむさぼられる。歯裏の繊細な粘膜を舌でなぞりあげられた。
「……っ」
抑えるまでもなく、うめき声までもが相手に呑み込まれる。
「んんっ」
三蔵の舌で舌を絡め取られた。粘膜同士をすりつけられる度に腰奥が甘く震え、追い詰められてしまう。それだけでは足らぬとばかりに、胸のあたりへ三蔵の手が這った。その長く優美な指先で、硬くなりはじめた乳首を服の上からつままれた。
「…………! 」
不意打ちだった。思わず腰が崩れそうになった。
「…………ふぅッ」
途端に、蹂躙されていた唇からすげなく舌を抜かれる。唾液が光って八戒の顎へ垂れ落ちた。
「ひとりで悦がってんじゃねぇよ」
冷たい声が上から降ってくる。ひそやかに周囲の緑に反響する低い声だ。
「くっ……」
背を仰け反らせると、硬い木の幹が当たった。おそらくヒノキだろう。杉皮の感触はもっと荒くて肌に痛いに違いない。
「だ……め……で」
抑えようとしても、あがってしまった苦しい息の下から切れ切れに呟く。
「あ? 」
癇症な鬼畜坊主の眉が跳ねた。相当、機嫌が良くない。
「もう……じか……ん」
それでも抗った。両腕で弱々しく三蔵の身体を押し返す。そのくせ、肉体は蕩けだしている。甘い快楽の感触に抗えず身体をわななかせている。そんな下僕を肩にかかる魔天経文も凛々しく三蔵が鼻で笑った。
「確かにな。もう休憩の時間は終わりだろうな」
旅の合間の小休止だった。ジープを休める午後のひととき。そんな通常なら穏やかな時間を三蔵にむさぼられていた。
「でも、このままでいいのか」
鬼畜坊主の手が、八戒の服の合間から滑り込む。敏感な肌の上を、銃を握り慣れた男の指が這う。
「みつか……ちゃ……い」
見つかってしまう。絶対に仲間のふたりに見つかってしまう。思うだけで息があがった。もう、モノクルを嵌めたその耳まで赤い。秘め事を見つかってしまう。もう、この木の陰で睦みあってからどのくらい経つのかもわからない。小一時間くらいは経つに違いない。赤い髪の親友や、金色の瞳をした仲間が捜しにくる頃合いだろう。
「あ……あ」
ひくひく、と身体の狭間でものほしげに粘膜が蠢いた。
「……このままでいいのか」
甘い低い声が八戒の耳に注ぎ込まれる。
「んんっ」
目もとに涙が浮きそうになる。がくがくとひざが、腰が揺れる。もう身体を支えていられない。
「ああ……」
耐えなければならなかった。こんな小休止のときに三蔵に抱かれれば、探しにきた仲間に見つかってしまう。いや、今だって既に見つかっているのかもしれないのだ。
「いけま……せ」
疼く身体をなんとか叱りつけながら、八戒が折れそうな理性を柱にしてなんとか呟いたとき、
「さんぞー! はっかーい! 」
愛すべき小猿ちゃんの声が、森の木々の奥から響いてきた。
「チッ」
三蔵が舌打ちする。いまいましそうな調子だ。
「まぁいい。そのかわり」
三蔵は押さえつけている黒髪の青年へ囁いた。
「俺と……まだヤりたきゃ、今日の宿はツインルームをとれ」
それはひどく淫らな命令だった。甘い低い声で毒のように耳へと注ぎ込まれる。
「ふぅっ……」
上着の肩あたりのボタンはすっかりとれて服ははだけていた。ところどころ白い肌をだしたまま、八戒の上体がぐらりと揺れる。乱れた格好のまま、もたれかかっていた木を背にずるずるとそのまま地面に座り込んだ。八戒の荒い呼吸音だけが、緑の空間を震わせている。
「フン」
三蔵は長く白い僧衣のすそを翻して背を向けた。金色の髪が冷たく光っている。
「さんぞー! はっかーい! どこだよー」
「ここだ」
冷静すぎる声音だ。今まで、八戒をあんなに熱く喘がせていたのと同じ人物が発する声とは到底思えない。周囲の木々が揺れた。枝の間から金鈷が光り、茶色い髪が見える。悟空にはすぐには位置がわからないらしい。三蔵は一瞬、その指先で自分の唇を軽く拭った。まるで、性の残滓を消すかのような仕草だ。
「ええ? どこお? 」
「ここだと言っている。バカザルめが」
ぴくりともしない、その高貴で冷たいほど美しい横顔を見ながら、八戒は確かにこの男は真性のサディストだと思った。しかたなく自分の震える指で外れていた服のボタンを留めなおした。
すっかりと日が暮れた。
今日の宿はペット禁止らしい。ジープは宿の裏庭で小竜に戻っている。
「すいません。4名でお願いしたいんですが」
宿の受付に声をかけるのは、いつも一見、好青年に見えるこの男だ。
「はい」
宿帳を受け取りながら名前を書く。まさか三蔵一行とも書けない。
「お部屋はどうなさいますか」
受付から静かに声がかかった。黒髪の好青年はひそかに眉を寄せた。
「今でしたら、どのお部屋タイプも空いております。シングルもツインも――――」
八戒は反応できなかった。適当な名を書いた宿帳を受付へ渡して黙っている。
「お客さま? 」
受付のけげんな反応に耐え切れない。
「お客様、部屋のタイプは――――」
そのとき、
受付から重ねて言われる言葉に黙っていられないとでもいうように、背後からいらだった腕が伸びた。
白く長い袖の僧衣がひるがえる。手の甲まで黒い布地で覆われた優美な指、その先でカードが蛍光灯の明かりを反射する。
「ツインを二つ頼む」
黒いカードが木製のカウンターの上で小気味のいい音を立てる。
「承知いたしました」
受付が応じる声がする、――――もう呆然としている八戒には聞こえない。目の前では金色の髪が輝いている。
それから?
それから――――――――。
「てめぇ、ためらったな。なんで迷いやがった」
八戒はいきなり、激昂した三蔵に部屋へ連れ込まれた。
「う……」
見つめてくる紫色の瞳にかすかに怒りがにじむ。
「言え、この野郎」
「あ……」
服を剥ぐように脱がされる。昼の行為でつけられた首筋の鬱血も、部屋の明かりにさらされる。ふせぐものを求めるように、八戒が手を虚空へさ迷わせるのを、邪魔だとでもいうかのように三蔵がつかむ。
「最初から、ツインルームでいいに決まってるだろうが」
顎をつかまれ、強引に口づけられる。激しい行為に八戒が眉をひそめた。
「や……」
「嫌じゃねぇだろうが。よくもこの俺を」
きれいな、きれいな紫色の目。拒むことも許さない刺すような視線。
「…………ひっ」
悲鳴が出た。いきなり咥えられた。舐めすすられる。
「だめです! さんぞ! 本当にだめで」
声に哀れっぽい響きが混じった。その金の髪で覆われた頭へと手を伸ばす。引き剥がそうと必死だった。シャワーも浴びてない。午後、小休止のときに三蔵に悪戯されてそのままだった。八戒の下着を剥ぎ取り、下肢を舐めている相手から容赦のない言葉が漏れた。
「……すげぇ、匂う」
低音に淫らさをにじませて、最高僧が告げる。
「あんとき、お前、少し漏らしてたのか」
クックックッと忍び笑いがその残酷で美しい唇から出た。
「さん……! 」
下着に、性的な体液が沁みこんでる。そう言われて八戒が耳まで染めた。
「べたべたして、気持ち悪かったろうな」
ひとの悪い笑いに口を歪めている。憎たらしいことこの上なかった。
「ジープを運転している間中、こんなだったのか、お前」
そうしたのは誰のせいかと悪態をつきたくなって開いた口を羞恥で噛み締めた。
「ああ……さんぞ……さんっ」
ぺろ、と下半身に三蔵の舌が這う、艶かしいとろけるような感触に身を震わせる。腰の奥が疼いてしょうがなくなった。
「あのとき軽くイッちまってたのか。……そうか」
横から食むようにされた。笛でも吹き鳴らすかのように吸われる。繊細なくびれを綺麗な唇でつばまれる。
「ああ……ああっ……さんぞ」
八戒が腰を浮かして痙攣しだした。薄赤く傷あとの残る腹部をさらして身悶える。ひどく淫らだ。
「……あっ……くぅっ」
唇を噛み締める。解けると何をわめいてしまうかわからなかった。
「言え。本当はどうされたい。俺に」
濡れた狭間に音を立ててくちづけされた。上目づかいで見つめてくるというのに、全くかわいさのかけらもない。それはひどく傲岸不遜な視線だった。
「さん…………」
もう、後は言えなかった。悲鳴に似た声とあえぎを続けるしかなくなる。
「ああ……あっあ……あ、あっ」
神経に銀の粒子がまぶされ、快楽に脳が白く焼かれる。甘い、甘い声が幾らでも漏れてしまう。隣には悟空と悟浄がいるはずだ。この宿はごく普通の庶民的なところだ壁だって薄い。
「さん……」
黒髪を揺らして、達した。その秀麗すぎる口へ白い体液をほとばらせる。腰がひくひくとわななき、揺れる。
「っは……」
一度、飲み込んだそれを三蔵は自分の手のひらへ出した。
「すげぇ、出たな」
滴り落ち、手を、シーツを濡らす。三蔵の唇も淫らな白濁液で濡れている。
「ああ……」
許しを請うひとのように八戒が震える手を伸ばした。その傲岸なまでに整った秀麗な面へ、煌めく金の糸ごとく華麗な髪へそっと手を伸ばす。
しかし、
「あ! 」
それはかなわなかった。
「さ……」
脚をさらに大きくひろげるようにされた。肩へ片足をかつがれ、身体を重ね合わせられる。
「…………! 」
八戒は顔を歪めた。さんざん、昼間からいたずらされていたそこは、三蔵をうねるようにしてのみこんでゆく。
「お前の言葉は信用できねぇ」
身体を繋いで、はじめて鬼畜坊主はほっとしたような表情を見せた。
「八戒」
円を描くように腰をまわされる。押し倒され、敷きこまれ、好き放題にされている。でも、八戒は逆らえない。先走りの透明な体液が繋がるところから滴って落ちる。
「さん……」
その、艶やかなぱくぱくと喘ぐ口を三蔵の唇が塞いだ。甘い律動の音とベッドの軋む音が耳を打つ。
「ぐっ……」
三蔵が穿つ度に甘く不明瞭な声が漏れる。
「八戒」
三蔵が声をかけた。それは低いくせにひどく甘く優しい声だった。
了