甘い蜜の声

「聞こえ……ちゃいます……よ」
 安い旅宿の一室で八戒は三蔵に抱かれていた。ベッド際の壁に手をついて、背後から三蔵を強引に受け入れさせられている。
 もう既に何度か貪られた躰は官能の命ずるままに蕩けて、芯がぐずぐずになってしまっていた。三蔵は脚を大きく開かせて、背後から八戒を犯していた。
「構わねぇだろうが。今更」
 八戒が手をついている薄い壁の向こうには紅い髪の男がいる筈だ。少しでも今より大きな音を立てれば何もかも筒抜けだろう。
 いや、今までの物音でだって二人が何をしているのかなんて悟浄には分かってしまっているに違いない。
 それなのに、三蔵は八戒の羞恥を知っているのか知らないのか。八戒を抱く手を弛めようとは決してしなかった。
 そのまま、背後から獣の仕草で激しく突き上げる。ベッドが鈍い音を立てて軋んだ。
「あっ……! 」
 壁に八戒は爪を立てるようにして耐えた。縦長の優美な爪が壁を掴んで白くなる。
「……痛むだろうが」
 白く冷たい花のようなその手を大切そうに掴むと、三蔵は壁から引き剥がした。
「だ……って……とな…り……ご……じょが…悟……浄」
 八戒は躰を震わせて背を這い上る快楽に耐えている。三蔵を呑み込んだ箇所が勝手に痙攣するのを止められなくて八戒は身悶えた。
 身も世もなく喘いで叫びたかった。八戒は薄れてはいるが、完全に消えてはいない理性の欠片を必死で繋ぎ合わせるようにして、懸命に言葉を紡ごうとしていた。
 何しろ隣りの部屋には悟浄がいるのだ。こんな壁の薄い安宿では、何もかも筒抜けに違いない。
「聞かせてやればいいだろうが」
 どこか嗜虐的な笑いをその秀麗な顔に浮かべ、三蔵は構わず深く腰を廻すようにして八戒を背後から抉った。
「あ! ああッ! あッ……あ……! 」
 蕩けるように淫らな声で八戒は啼いた。ひくひくと戦慄く粘膜を太くて硬いもので突かれて我慢できなかった。
 聞けば誰でも腰奥が疼いてたまらなくなるような悩ましい声で喘ぐ。三蔵の嗜虐心をより煽り立てるような八戒の淫らな声。
 それでいいとばかりに、三蔵は背後から挑むようにして八戒の細腰をつかみ激しい抜き挿しをひたすら繰り返した。粘膜を熱く擦られて八戒が喘ぐ。
「だ……めぇ……あ!……んぅ……っ! 」
 敏感な箇所を三蔵は自分の肉塊で容赦なく擦り上げた。途端に感度のいい八戒の躰に締め上げられて、三蔵も甘い苦悶の表情を浮かべる。ひどく感じやすい淫らな躰だった。
 躰が崩れて蕩けるような快美感に、足の爪先まで支配され八戒が躰を反らせた。
「く……あっ……いい……ッ…あっあ…も……」
 過ぎた快美感に唇を閉じられなくなり、唾液が糸を引くように垂れてシーツに染みを作ってしまう。
 ベッドで三蔵に育てられた八戒の躰はひどく淫らだった。ひくひくと震えるようにして三蔵を呑み込み、腰をくねらして自分から男を欲しがって悶える。
「い…! イクッ……も……おねが……あッ」
 そのときだった。
 突然、壁が隣室側から強く叩かれた。確かに鈍い音を立てて三回ほど拳で壁が叩かれたのだった。
 悟浄が漏れ聞こえる音に耐え切れず叩いたのだ。
 性的な快美感で脳が焼き切れそうになっていた八戒に飛びかけていた理性が戻る。
 ただでさえ三蔵に抱かれ続けて紅潮していた躰がより強く朱に染まった。
「いや! さんぞっ……も、……ゆるし……ッ…ご……悟…浄が」
 首を横に振った、こんな羞恥には耐えられそうになかった。壁を突いていた手を後ろへ廻し、腰骨を掴む三蔵の手を引き剥がそうと足掻く。
 それに構わず無慈悲に三蔵は腰を突き出した。より奥へと埋められる狂暴な熱い切っ先の感覚に八戒が喘ぐ。
 唇を噛み締めようとして失敗し、突っ伏してシーツへと顔を埋めた。
 躰は自然に尻を高く捧げさせられる獣のような体位になり、意図せずして情交は一層淫猥さを増してしまう。
 それでも悟浄に自分の声が聞こえなければマシだと思ったのだろうか。けなげに八戒はシーツを震える手で引き寄せると口に押し込んだ。
「おい、いいのかそれで。まぁ、いい眺めだがな」
 それなのに三蔵は嘲るように八戒を嬲った。
「う……? 」
「丸見えだぞ。後ろから」
「……!! 」
「綺麗な色してるなお前の。俺のを咥えてひくついてやがる」
「やめ……! 」
「こんなとこもピンク色か、お前のは。いやらしいな」
 確かに恥ずかしい格好だった。三蔵には自分を呑み込んだ八戒の粘膜から襞まで何もかも丸見えだった。
 尻を高く掲げるような体位になってしまったため、三蔵からは、繋がりあってる箇所が良く見えるのだ。
 声を出すまいと足掻いた結果、屈辱的な体位になってしまった。
「こうやって抱いて欲しかったのか?」
 八戒が首を横に振る。どうして八戒が声を出すまいとしているのか、悟浄が壁を叩いた意味を三蔵だって分かりすぎるくらい分かっているだろうに、わざと三蔵は八戒を嬲っていた。二重の恥辱に八戒が躰を震わせる。
「嫌……! いやです。見な……で……あ! 」
 口を開いて抗議しようとすると、後ろから三蔵に好き放題に貫かれた。
 ぐぷぐぷと柔らかになった粘膜が三蔵を受け入れ、ずぼずぼと擦り上げられてきつく締まった。
「……! 」
 走り抜ける淫らな感覚に八戒は耐えられず身を捩った。出口を失った淫蕩な快感に身を焼かれる。
「突っ込まれているとこ俺に見られて……お前、余計イイんじゃねぇのか」
 ひくひくと躰が男を呑み込んだまま痙攣した。腰がくねる。
 快楽に弱い聞き分けのない躰だった。もっともそういう風に三蔵がベッドで育て上げてしまったのだ。
「だから我慢すんじゃねぇ。声を出せってんだろうが」
「や…ご……じょ……が」
「悟浄がどうした。俺が聞きてぇんだよ」
「……や……! 」
 首を振る八戒の顎を捕らえて高く掲げさせていた尻を降ろす。八戒の躰から緊張が抜けた。
「は……っ……」
 三蔵が体位を換えようとしていることに気がついてはいた。達してしまいそうになると、三蔵は体位をわざと換えて腰奥に集まってきていた射精感を、ご破算にするということを時折やるのだ。
 しかし、今回はいつもと様子が違うようだった。自分のものを突き入れたまま、うつ伏せになっていた八戒をあお向けにした。
 だが、正常位の姿勢にされて、少々安堵したのはほんの束の間であった。
 八戒は口元に咥えていたシーツを三蔵に取り払われた。しかも代わりに口を押さえようと伸ばした自分の手まで強引に押さえつけられ、口を塞げなくされてしまったのである。
「さ……ぞ!」
 その上、三蔵はまるで宣戦布告だとでもいうように、悟浄のいる部屋側の壁を思いっきり殴りつけるように拳で叩いた。
 そして思い切り人の悪い笑みを浮かべると、八戒をそのままゆっくりと嬲り出した。
「あ……!!」
 三蔵と繋がった箇所が濡れた淫らな音を立てる。わざと交合していることを思い知らせるように、殊更音を立てて三蔵は八戒を深く穿った。ぐちぐちゅと性器を呑み込む淫靡な音が部屋中に響く。
「あ、やです……その…音…ぉ……あ」
 目元に涙を滲ませる八戒の唇を三蔵が舌先で舐め上げる。
 はじめ唇を弄ぶようだった口づけはそのうち深く重なり相手の吐息さえ奪うようなものに化けた。
 八戒の震える甘い舌を探し出し、きつく絡めあう。三蔵の舌が触れた瞬間、八戒は背筋を走って腰奥へと熱く迸る恍惚感に我を忘れそうになった。三蔵と絡めあった舌がそのまま蕩けてなくなりそうだった。
 三蔵は八戒の唇を奪いながら、下半身は相変わらず肉筒をきつく穿ち、執拗に突き入れていた。上と下両方の粘膜を犯したまま蹂躙する。八戒の口中は蕩けるようにひどく甘かった。
 口づけに酔ってしまった八戒の唇を解放すると、三蔵は八戒の首筋を舐め上げた。
 びくびくと震えて慄く白い肌を味わいながら時折気まぐれにきつく吸う。鬱血の跡が薔薇の花弁のように残り、三蔵の嗜虐性を満足させた。
「あっ……」
 三蔵が八戒の胸の小さな尖りを舌で弾くと、八戒の躰が艶やかな魚のように跳ねた。
「や! 」
 愛撫から逃れようと八戒が躰を捻るが逃げられない。
「往生際が悪いな。お前」
 三蔵は八戒の張り詰めた前をそっと握り、上下にゆるゆると扱き出した。尖端の鈴口が可憐な涙を滲ませ、こぼれだした。
「……!!  」
 舌で胸の屹立を蕩かすように舐め上げ、同時に八戒のペニスを扱き愛撫を加える。三蔵の手の中でびくびくと八戒が蠢き、独立した生き物のように跳ねた。
 躰は正直だった。前を扱くのに合わせるように、後ろの粘膜に突き入れて蹂躙しているそれで、前立腺を擦り上げるようにして八戒を追い詰めた。
 三蔵の動きに合わせるように八戒の腰も淫らに蠢く。止めようとしても淫らに自分から腰を振ってしまう。
「あッ……いいっ……いい! ……さんぞ…もっと……あ……!! 」
 脳の痺れるような快楽に解けた八戒の唇はもう止まらなかった。もう理性など蕩けて脳から流れ落ちている。
 もう、隣の部屋に悟浄がいるなんてことは意識の外に違いない。今の八戒は人と呼ぶのも淫らすぎて憚られる有様だった。甘い甘い喘ぎをひたすら繰り返す、三蔵の抱き人形だ。
「シテ……んっ……ああっ…もっと……僕を……犯して……」
 無意識に三蔵を喜ばせる淫らなことを口走っている。三蔵の教育の賜物であろう。
 承知したというように三蔵は八戒の尻を抱えなおすと、一層奥まで深く突き入れた。八戒が身をくねらせてよがる。
「あ! イクッ……も……さんぞ……あっ……」
 八戒が躰を細かく痙攣させる。忘我の時が近かった。柔らかく蕩け、そのくせきつくきつく収縮を繰り返す淫らな媚肉を三蔵は激しく責め立てた。八戒が喉を仰け反らせて喘ぐ。
「も……イク……あ、ああっ」
 長い手足で三蔵にしがみつくようにして八戒は達した。間欠的に痙攣して吐精する。
 逐情する瞬間、八戒の腕が三蔵の背に、八戒の脚が三蔵の腰に艶めかしく絡みついた。八戒の甘い逐情の声は止めようがなく辺りに響き渡った。
 これでは隣の部屋にも聞こえたに決まっている。ひどく甘い蜜のように淫らな声だった。
 快美感に耐え切れず、震えているしどけない躰を慰めるように三蔵は口づけた。八戒はいまだに 硬い三蔵の性器を躰の奥に咥え込まされたまま達してしまっていた。
 三蔵は自分の躰にかかった白い粘液を指で掬うと、八戒の口に無理やり入れた。
「んぅ……」
「どうだ。自分の味は」
 快感が深すぎて焦点の定まらない瞳で三蔵を見つめながら八戒が答える。
「……あんまり……今は……はっきり味はしないんですけど……」
「そうか」
「でも、後になって戻り香とか苦味とかえぐみとかでてくるんですよね……不思議です」
 きついセックスで羞恥も自意識も何もかも奪われてしまった八戒が衒いもなく淡々と答えた。
 三蔵が力の抜けた八戒の躰を抱えなおす。再び腰を回すようにして緩やかに抜き挿しをすると変則的に奥まで突き上げた。
 八戒が眉根を寄せて、達したばかりの敏感な躰を苛まれるのに耐えた。
「じゃあ、俺のはどっちの口で飲みたい。上か下かそれとも……かけて欲しいか」
「三蔵……」
 切なげな表情で八戒は無意識に三蔵に縋った。感じすぎて力の抜けた、しどけない躰を鬼畜坊主に絡みつかせる。
「……わかった。心配しなくたってたっぷり中に出してやる」

 八戒はその夜、明け方近くまで三蔵の躰の下で声が枯れるほど喘ぎ抜いた。



 翌朝。
「……よぉ。鬼畜坊主」
 悟浄はいかにも 『寝不足です』 と書いてある顔をさらして食堂にやってきた。
「なんだ。朝から。 『おはようございます』 はどうした。このアカゴキブリが。それともそれがゴキブリ界の挨拶か」
 三蔵は朝刊を読みながら紫煙を燻らせている。細身の癖に恐ろしいほどタフだ。昨夜のご乱行を伺わせるようなところは何もない。
「ふざけんなよ?  」
 悟浄は詰め寄った。
「てめぇ、俺が黙ってんのをいいことに八戒に無体の限りを散々尽くしやがって。今まで我慢してきたけど今日という今日は許せねぇ。……八戒はどこだ」
「八戒? さて、今朝方はちょっと気分が良くないようだったな。そのうちくるだろう」
「……てめえ」
 悟浄が唸った。
「よくそんなことをしゃあしゃあと言えるな。丸聞こえなんだよ! お前が昨日八戒にナニしてたかなんてな! このエロ坊主! ムッツリスケベが! 」
 壊しかねない勢いで悟浄がテーブルを叩いた。卓上の灰皿がその場で跳ね踊る。
 しかし、三蔵は少しも動ぜず悟浄を睨みつけた。
「丸聞こえってのは……」
 次の瞬間、三蔵の口元に嗜虐的な嘲笑が鮮やかに拡がった。
「……勃ったか?  」
「…………っ!! 」
「ひとりじゃ不自由したろ。その後どうした。自分でヤッたのか」
 揶揄するかのような三蔵の口調に悟浄の顔色が変わる。流石に 『鬼畜坊主』 の渾名は伊達じゃなかった。三蔵は悟浄の痛いところを狙ったように突いてくる。
 悟浄は思わず三蔵の襟元をつかんだ。法衣の胸倉をつかんで捩じ上げようとそのまま立ち上がった。
 勢いでテーブルと椅子が派手な音を立ててひっくり返った。
 対する三蔵は少しも騒がず落ち着きはらった仕草で懐の銃に手をかける。お互い視線を反らさず睨みあった。
 朝から食堂に高圧の電流でも流れているような重苦しい緊張感が漂った。
 一触即発というまさにそのとき。
「ふたりとも!どうしたんです? 」
 翠の瞳の美人が現れた。心なしか声が枯れている。
「い、いやなんでもない」
 悟浄は、三蔵から慌てて手を離した。何となく自分が怒っている理由を八戒に知られるのが気まずかった。
「よかった。なにごとかと思いましたよ」
 八戒は悟浄に向かって優しく笑いかけた。少し、恥ずかしげな微笑みだった。内心は昨夜の今日で、悟浄と顔を合わすのに気が引けているに違いない。
 悟浄は思わず、八戒の口元を黙って見つめた。この唇で昨夜あんなに淫らな声を放っていたのかと思うと、まだ、爽やかな朝だというのに血が一点に集中してしまう。
(や、やべ、俺っ……耐えろ耐えろ!!  )
 悟浄は慌てたように、八戒の艶やかな唇から目を逸らした。
 八戒だとて、散々昨日は消耗させられただろうに、何だか今朝は、一段と艶やかで婀娜っぽかった。
 悟浄は横を向いて、数を数えたり、食堂の壁に貼ってある、古ぼけたカレンダーを眺めたりして、滾ってくるものを収めようとなんとか努力をしていたが、その途中、三蔵と再び目があった。
「……フン」
 まるで、 『何もかも分かってるぞ、お前の考えていることなんざ、エロ河童が』 とでもいいたげな、その人を馬鹿にした態度が悟浄の神経を逆なでする。
「この……」
 悟浄がもう一度何か言ってやろうと口を開きかけたときだった。
 心配そうに、こちらを伺う八戒の姿が目に映った。自分が原因で争ってなどほしくないのだろう。
 毒舌に見えて、変なところで気をまわすこの親友のことを、悟浄はよく承知していた。
 控えめな、白い花のようなその姿を見て、しょうがないと悟浄はひとり密かに呟いた。
 悔しいけれど、今朝のところは八戒に免じて引き下がろう、なにか三蔵が鬼畜なことをしやがったら、その時はさっさと八戒を助けにいこうと、悟浄は心に決めたのだった。

 親友思いの正義感からの行動だと、悟浄は思っている。まだ、本当の自分の気持ちに気がついていない。
 気がつかない方が、幸福なのかもしれない。



 了