砂上の蜃気楼(38番外続編)




 注:こちらは連載完結した「砂上の蜃気楼」の番外的な続編になります。本編「砂上の蜃気楼」をご覧になってからの閲覧をお勧めします。






 眠れない。
 最高僧の整った寝顔をこっそり盗み見ながら、八戒はため息をついた。
 躰がおかしい。なんだか、もう。
「ふっ……」
 滲む汗を紛らわせるようにシャワーを浴びたりいろいろしてみたが駄目だった。
「う……」
 躰の奥から淫らな感覚がじわじわと染み出てきてたまらない。洗っても洗っても洗い流せない。苦しかった。
「ん……」
 同室の三蔵に分からないように、並んだベッドの上で背を向けた。シーツにくるまり、硬くなってしまった自分のそれへと手を伸ばす。
「あ……」
 声を出さないように気をつけながら、上下に扱く。途端に湧き上がる快感に腰奥が悦びで震えた。
「は……」
 眩暈のする快美感に酔う。
 しかし、
「ああ……」
 とても満足なんかできない。できるわけがなかった。自分の指などではどうにもならない激しい肉欲に圧倒される。
 ひたすらシーツに身をくるみ、一睡もできないまま朝を迎えた。







 烏哭が造った妖しい城から戻ってきてから一週間ほど経ったが、八戒の様子は以前と同じに見えた。
 少なくとも 「八戒」 は 「八戒」 だった。弱り、やつれてはいたが、黒髪碧眼の毒舌美人さんは健在だった。


一見、本当にそう見えた。







「おはよ! 八戒」
 悟空の元気な声が朝の廊下に響く。ハミガキも済ませ、朝食に向うばっかりの彼はご機嫌だ。
「おはようございます。悟空」
 明るい悟空の声を聞きながら、八戒といえば頭の中に鉛が流し込まれているような気がしていた。どうも朝の明るさに立ち向かえていない。よろよろとよろけてしまう。
「わわ。八戒、大丈夫? 」
「え、ええ」
 うっかり悟空の前でたたらを踏んでしまった。醜態をさらしたのが恥ずかしく、力の無い笑い声を立てた。
「何やってんだ」
 突然、三蔵が背後から声をかけた。低い無愛想な声だった。
「な、なんでもありません」
 慌てる八戒のかわりに悟空が答える。
「八戒、ふらふらしてるんだよ」
 それを聞いて最高僧の眉間に皺が寄った。
「……ったく」
 気崩した僧衣が翻る。あっという間に腕が伸ばされ肩を抱かれた。
「さ、さんぞ! 」
「下まで降りれるか」
 食堂は階下にあった。無造作に躰を引き寄せられる。三蔵様は八戒が階段を下りるのに腕を貸してやる気だった。
「だ、大丈夫です」
「それとも、部屋まで食事を持ってきた方がいいか」
「へ、平気です」
 八戒は真っ赤になった。三蔵に触れられた部分が熱くて、疼いてしょうがない。どうしても触られているのを意識してしまう。
「……顔が赤いな。熱か」
「ち、違います! なんでもないんです! 」
 ほとんど八戒は叫んだ。どうしたらいいのか分からなかった。身のうちに巣食う凶暴な熱の存在を、自分の口からは三蔵に告げられずにいた。
「フン」
 三蔵は鼻を鳴らすと、強引に八戒を抱き寄せ階段へ向った。
「さん……」
 腰を引き寄せ、肩を抱かれる。そのまま歩を同じくして、階段を下りた。
「う……」
 思わず、八戒は三蔵にしがみついた。媚薬の抜けきってない躰には酷だった。三蔵の髪の匂いや肌の熱さが八戒を苦しめる。躰の芯が熱くなった。
「は……」
 思わず喘いで自分から腰をすり寄せた。その官能的な動きに三蔵が眉間に皺を寄せる。
「……駄目だ。なんだその動きは……ヤラシイな」
 蔑むような言葉だったが、その癖、囁きには甘くたしなめる響きが含まれていた。
「う……」
 翡翠色の瞳が瞬く間に情欲で潤んだ。我慢などできそうになかった。
「は……さんぞ」
 思わず、自分の腰を抱える三蔵の袖を引いた。
「駄目だ。我慢しろ。……クスリが抜けたら……たっぷり可愛がってやる」
 耳元に優しく囁かれる。ぞくりとした響きに八戒が背筋を震わせた。
 一番下の階段に着き、ようやく八戒は解放された。その頃には腰も崩れ、すっかり息も絶え絶えになっていた。
「……なんだ、てめぇ。余計立てなくなってんのか」
 八戒は三蔵の言葉を聞いて恨めしげな視線を投げた。全く、この男はサディストだとしか思えなかった。







 オアシスでの朝食はごく簡単なものだった。
 ズッキーニとキュウリの炒め物、トマトのサラダ、サフランで色づけしたライス、あぶったチキン。そんな品々がテーブルに並ぶ。
「いただっきまーす」
「いただきます」
「マース」
 揃って席に着くと食卓を囲んだ。
「よ、八戒調子どう? 」
 調度正面に座った悟浄がチキンを頬張りながら声をかけてくる。
「ええ、おかげさまでだいぶいいですよ」
 八戒が目を細めて笑顔で答えた。
「まっだ、ふらふらしてるよ」
 横合いから悟空が注釈を入れた。
「そっか、無理すんなよ」
「あ、でもだいぶいいんですよ、ほんとに。だいぶ」
 八戒が慌てたように手を横に振って遮る。あまり気を遣って欲しくなかった。
「フン」
 それを横で見ていた最高僧が鼻先を鳴らした。
「無理すんじゃねぇ」
 ぶっきらぼうに呟く。
「そうそう。無理しちゃだめだって八戒」
 悟空がサフランライスを口いっぱいに頬張りながら言った。口元から米粒が幾つか飛んだ。
「体調回復するまで、ムチャすんなよ! ココ食事旨いしさ、しばらくいようぜ! 」
「バカザルが。てめぇはオアシスを食い尽くす気か」
「へ、へへへ。だぁって腹減ってんだもん」
 そんな他愛もない会話が延々と続いた。
 三蔵は鳥肉に手を伸ばしたところだった。備え付けのフォークで器用に口元へ運び、肉汁の滴る旨そうなひときれを唇で噛み締めている。
 やや肉厚で男性的な口元が蠢き、歯で噛み切った。瞬間、赤い舌先が見え、ほんの一瞬だが三蔵は唇を舐めた。
(あ……)
 八戒はあっという間に三蔵の口元にひきつけられた。美味そうに肉を食べているその口元に思わず見入ってしまう。三蔵はそんな八戒の視線に気がつかないのか、食事をし続けていた。
 中央に置かれた大皿には、デザートの果物もあった。三蔵は手を伸ばして、無造作にぶどうの房から一粒とると、皮を剥いて口へと運んだ。半透明で緑色の丸い果肉が、三蔵の白い歯に噛み切られる。
(う……)
 そんな、様子を見ていたらぞくぞくと背筋が震えてきた。自分が三蔵に噛まれたような気すらした。
「どーしたの。八戒。ぼーっとしちゃって」
 八戒の様子がおかしいのに気がついた悟空が声をかけた。悟空の方はまだたくさん食べたいとみえて、呆れたことにライスのお代わりを山ほど頼んでいる。
「い、いえ。なんでもありません」
「まだ、具合悪いんだろ? 無理すんなよ」
 悟浄が心配そうに声をかける。こちらは食後の一服を決め込み、懐からハイライトの箱を出したところだった。
「そ、そうですね。ちょっと僕、先に部屋に戻っていていいですか」
 八戒はもう、三蔵の方を見ることもできなかった。見つづけたら、自分がどうなってしまうのか分からなかったのだ。三蔵と目を合わせずに、八戒は逃げるように席を立った。
「おう、気ィつけて部屋戻れよ」
「そーだよ。調子悪そうだもん。寝てなよ、まだ」
 仲間たちの、そんな心配そうな声に見送られて八戒は食堂を後にした。







「ふっ……」
 部屋に戻って、ドアを閉めると八戒はその場に崩れ落ちそうになった。
 どうかしてる。
 単に三蔵が食事をしているところを見ただけで、熱い奔流に流されそうになるなんて。
 本当に八戒はどうかしていた。自嘲に口元を歪めると、熱い躰を自分の両腕で抱えるようにして抱き締めた。
 もう、我慢などできなかった。腰の奥が疼いて疼いてしょうがない。
 聞き分けのない躰を叱責するようにして、ベッドまでくるとうつ伏せになって倒れ込んだ。もう、どうしようもなかった。淫らな熱の虜になっている忌まわしい躰に自分の手を走らせる。
「さん……」
 思わず、つれない最高僧の名を呟いた。途端に躰の芯がより熱くなった。
「……ッ」
 震える手を、自分の脚の狭間へ伸ばした。既に硬く張り詰めきっていた。
「は……本当に僕はどうしたって……いうんでしょう」
 恥知らずな躰に唇を噛み締める。思い切り肌をさらして、扱きあげたくなった。
「う……ッ」
 ぶる、と身を震わせると思いとどまった。こんなところで自慰行為などしていたら、三蔵に気がつかれてしまうだろう。食事の済んだ彼がいつ階下から上がってこないとも限らなかった。
「あ……」
 でも、これ以上耐えることもできない。八戒は再びのたうつようにして、ベッドを這い下りると、部屋に備え付けられたバスルームへと震える脚を向けた。







 バスルームは簡易なつくりで、トイレ・バス兼用だ。基本的に湯を溜めて使うようなことは想定されていない。シャワー専用の浴槽の傍にトイレの便座とビデが殺風景に並んで置かれている。
 そんな個室で八戒は慌しく服を脱ぎ捨てた。ほとんど床へぐしゃぐしゃに脱ぎ散らかす。几帳面な彼らしくもなかった。
 頭から湯でも浴びてさっぱりしようと、八戒はシャワーの栓を捻った。たちまち、湯が雨のように落ちてくる。
 お湯など全くでなかったり、いやもっと悪くすると水もでなかったりする宿が多いが、ここはつくりがしっかりしているとみえて、湯がふんだんに出た。オアシスの一軒宿としては驚くべきことだった。
 八戒は湯が出ることに感謝しながら、シャワーを浴びた。降り注ぐ湯へ頭を突っ込んだ。黒く艶やかな髪はあっという間に濡れ光った。
「は……」
 シャワーの水音を聞きながら、八戒は気を紛らわせ落ち着こうとした。
 しかし。
 脳裏に甦るのは、三蔵の姿ばかりだった。どうしたものか、もう自分でも分からなかった。
 鋭い紫の瞳、豪奢な金色の髪、美麗な顔立ちに癇性なくらい整った鼻筋。銃を扱い慣れた節立った長い指、猫科の獣を思わせるしなやかで強靭な体躯。
 それに先ほど食事のときに見てしまった白い歯や、鳥の肉汁で濡れた唇、官能的な紅い舌先の映像が鮮やかに重なった。
 八戒は身を震わせた。思い出すとどうしようもなかった。
 聞き分けのない好色な躰だった。おぞましいことに、三蔵のことが欲しくて欲しくてしょうがないらしい。八戒は悩ましく眉根を寄せた。
 先日。
 三蔵は困惑する八戒に対して最初、簡潔に告げた。
『烏哭にクスリを使われていたらしい』 と。
 麻薬のようなモノや術で精神を支配されていたのだと最高僧は忌々しげに言った。それがまだ抜けきれていないのだと、媚薬でいまだに躰を狂わされているのだと説明された。
『だから、水をたくさん飲め。毒を躰から出せばマシになる』
 三蔵はそう言った。そうして、八戒の苦しみを知っていても、指一本も触れようとはしてこなかった。
「あ……」
 クスリのせいだと説明されても、熱く疼く躰は聞き分けがなかった。勃ち上がって揺れる屹立をもてあまし、八戒は目を閉じると自分の指を絡めた。ごくりと喉が鳴った。
 早くこの火照った身をしずめて、なんとかしたかった。
 右手の親指と中指で輪をつくり、それで自身を擦り上げた。手の動きに腰も合わせるようにして揺らす。
「は……ッ」
 途端にびりびりとした電撃のような快美が走り抜けた。先端から集まり、背筋をおそるべき速さで劣情が駆け巡り、脳を焼いた。
「ああッ」
 八戒は無意識に身をくねらせた。浴槽に立って、片足を縁に上げ、自分で自分を慰めている。恥ずかしい格好だった。
「はぁッ……あ」
 しかし、強烈な快感だった。もう、途中で止めることなどできなかった。右手で屹立をしごきあげながら、左手の指先を胸元へ這わせた。
 硬い乳首に触れると、凄まじい快楽が湧き、それが腰まで走り抜けて性器の先端まで繋がり、肉筒まで痙攣させた。脚の爪先まで反らせて、八戒は仰け反った。
「ああ……! 」
 自慰が進めば進むほど、八戒の脚の狭間で密かに息づく恥知らずな肉の環はオスを求めてひくついていた。欲しい欲しいと涎を垂らしてわなないている。
「う……」
 想像の中で、八戒は三蔵の腕を求めた。
 目元を染めて自分で自分を慰めながら、八戒は熱い吐息をついた。背後から三蔵に貫かれるのを想像してしまった。空想の中で、三蔵は八戒を捕らえ押さえつけるようにして、穿っていた。
「あ……」
 想像するだけでひどい快美感に圧倒された。いつの間にか、金糸の髪の最高僧に抱かれるのを思いながら八戒は自分を慰めていたのだ。
「さん……ぞ」
 思わずその唇から意中の男の名が漏れる。
「さん……ぞ」
 名を呼ぶと、また一際激しい快楽が奥から湧いた。欲しい欲しいと収縮する肉筒へ指を這わす。長い指でそっと入り口を突付くと、そこは熱く震えながら男を待っていた。
「ああ……」
 躰をよじり、ふたつに折って前のめりになると、八戒は自分の指を後ろに挿入した。堪え性のない肉欲の命じるままに感じるところへと指を走らせ、抜き差しした。
「あっあっ……さんぞ……さんぞッ」
 甘い、甘い声が出てしまう。
「さんぞ……イイッ」
 名を呼んでいれば、抱かれているような錯覚に陥った。自分を犯す指が、あの金髪の鬼畜坊主だと思い込もうとするかのように八戒は目を閉じ、自分で自分を慰めた。
「さんぞ……さんぞ……もっともっと……抱いて」
 甘い舌っ足らずな喘ぎ声が幾らでもでてしまう。八戒は尻を淫らに回しながら、達そうとして、腰を突き出した。

「すげぇ、いい格好だな」
 不意に、聞き慣れた低い男の声がバスルームに響いた。
「!」
 八戒は思わず目を開けた。 
 目の前に、金糸の髪の鬼畜坊主が立っていた。口元をやや歪め、きつい光りを放つ暗紫の視線を真っ直ぐに向けている。
「外に丸聞こえだ。バカが」
「さん……! 」
 八戒は驚愕に目を見開いた。快楽の階段を上り詰めていたのを何とかしようと足掻く、しかし、遅かった。
「あ! ああっあ……ああッ」
 鼻先に抜ける、甘く狂った悲鳴を上げて、八戒は達してしまった。三蔵の目の前で白濁液を噴き上げて果てた。どろりとした粘液が浴槽の壁にかかる。
「あ……見ない……でッ……見ないで下さ……さん」
 躰を震わせると、立て続けに淫液を噴き上げた。生理的な反応を途中で止めることなどできはしなかった。数回に分けて射精する淫らな様を三蔵に凝視されている。
「いや……いやで……さんぞ……」
 首を横に振って拒絶する。そんな八戒の腕を最高僧はつかんだ。
「こんなところで人の名前呼びやがって」
 なんとも言えぬ嗜虐的な微笑みがその唇に拡がった。深い色合いの紫水晶を思わせる瞳は、いまやすっかり情欲に翳っていた。
 三蔵は――――部屋に戻ったが八戒の姿が見えなかったので耳をそばだてていた。すると妖しくも甘い声が聞こえてきたので、思わず隣のバスルームを覗いたのだ。
 そんなことは、行為に夢中になっていた八戒には分からなかった。
「あ……貴方……いつから……そこ……に」
 喘ぐように呟いた。濡れて黒曜石のような光りを放つ髪からは湯が滴り落ちている。
「俺の名前を呼びながら、オマエが恥知らずな格好で後ろを慰めていたときからだ」
 三蔵は八戒の耳元に囁いた。
「すっげぇ、いやらしかった。指を突っ込みながら尻振りやがって……みんな見たぞ」
「あ……! 」
 三蔵に抱かれているのを想像しながら、自分を慰めていた恥ずかしい姿を全て見られてしまっていた。自慰行為の一部始終を黙って見ていたと告げられて、八戒は耳まで赤くなった。
「ったく」
 三蔵は僧衣が濡れるのも構わず、シャワーを止めることもせずに八戒を荒々しく抱き締めた。白い布地が湯に濡れて透ける。
「ひとが散々我慢してやってるってのに」
 ざあざあとシャワーの水音に混じって三蔵の熱い声が響く。
「てめぇときたら」
「あぅッ」
 三蔵に、達したばかりの屹立を握り込まれた。そのまま、タイルの壁の方へ躰を向けられる。三蔵を背にして、壁に八戒は手をつかされた。
「もっと尻を突き出せ。そうだ。そう」
 三蔵は八戒の綺麗な背中に舌を走らせながら、自分の前を緩めた。途端に猛り切った怒張が飛び出す。
 痴態をさんざん見せ付けられて、そこはこれ以上ないほどに高まり、硬くなっていた。
「……く……うぁ……ッ」
 押し当てられたかと思うと同時に穿たれた。自分の指とは比べものにならない熱量を備えた太くて硬い肉棒にいっぱいにされ、息を詰めた。
「あっあっ」
 後ろから串刺しにしたまま、三蔵は八戒の震える背筋をぺろりと舐めた。赤い舌先で感じるところを舐め上げられ、はしたないほど高い声が出た。悲鳴のようだった。
「ひッ……! 」
「クソ……」
 三蔵は舌打ちした。こんなのは本意ではなかった。こんな風に抱いてしまうのは不本意だった。
「てめぇが悪い」
「ああッ」
 三蔵は情欲の命じるがままに腰を振って動き出した。最初から激しい動きで八戒を追い詰める。もう、止まらなかった。
「我慢してやろうと思ってたんだがな」
「あ、ああ」
「もう、加減できねぇぞ。いいのか」
「くぅッ……ん」
 八戒のクスリが抜けるまで、そっとしておいてやろうと思っていた。
 しかし、自分で自分を慰め、乱れる肢体を見せつけられて我慢ができなくなった。
 八戒の甘い唇が自分の名を呼ぶのを見せつけられるのに到っては、どうしようもなかった。想像の中で自分に抱かれている凄艶な痴態を見せ付けられ、我慢などできなかった。
理性など音を立てて焼き切れた。
「ああッ……ああッさんぞッ」
 八戒は背後から犯されて切羽詰った声を上げた。よくてよくてしょうがなかった。欲しかったと全身で告げてしまう。咥え込んだ肉筒が三蔵を歓迎するようにしゃぶりつき、痙攣した。
「欲しかったか。欲しかったって言え」
「あ……も……さんぞッ……さんぞ」
 ただひたすら、三蔵の名を呼ぶだけの獣になってしまい、理性も何も手放した八戒を三蔵は抱いた。
 崩れる躰を、尻を引き戻し追うようにして突き上げると、狂ったような喘ぎ声が八戒の唇から漏れる。
 かろうじて壁に手をついてはいるものの、快感が強すぎるのか震えて滑ってしまい立っていられない。綺麗で優しい八戒の手に銃を扱い慣れた男性的な三蔵の手が重ねられる。
 そのまま鬼畜坊主は麗しい下僕を壁へ押さえつけた。背後から羽交い絞めにするようにして尻を突き出し、穿って存分に犯した。
「さん……! 」
 はぁはぁと紅い舌先を突き出し、八戒はひたすら与えられる快感の虜になって我を忘れている。
「……もう、止まらねぇから覚悟しとけ。今夜からずっと……抱いてやる」
 鬼畜生臭坊主は淫らな口調でカフスの嵌まった耳元に囁いた。びくんと八戒の躰が震える。
「さん……ぞ」
 そのとき、八戒は口元に安堵にも似た安らかな微笑みを浮かべたが、背後から抱いていた三蔵は気がつかなかった。
「抱いて……抱いて……さんぞ」
 昼も夜も、引き据えられて躰を貪られてもかまわなかった。旅の最中、この綺麗で冷たい美貌の僧の前にひざまずき、その下僕となって足元に這い嬲られ犯し抜かれても、もう八戒は本望だったのだ。
「さんぞ……さんぞ」
 手の甲に重ねられた三蔵の手に、顔を近づけて唇をつけた。そのまま指を一本一本舌で舐め上げる。
「もう……好きなように……して」
 甘い糖蜜のような声で喘ぐように言われ、三蔵はいっそう強く背後から八戒を抱いた。
「あ……ッ! 」
「八戒……ッ」
 同時に極みに達し、ふたりで浴槽に崩れ落ちる。三蔵は縁に手をついて腰の抜けた八戒を抱えなおした。
「……もう絶対に逃がしてやらねぇ」
 真剣な目つきで見つめてくる最高僧の口づけを、八戒は黙って受け入れた。その腰に脚をからませ、首に腕を絡ませてすがりついた。
 三蔵の僧衣は既にたっぷりと湯を浴びて濡れ、水が滴っている。それなのに、三蔵はシャワーが身に降り注ぐのも気にならなかった。
 ずっと八戒と抱き合っていられて幸福だった。
 そのとき、どこかで聞いたことのある言葉が不意に八戒の唇から漏れた。
「ずっと僕といて……三蔵」
 甘い囁きが三蔵の耳朶を蕩かす。それを聞くと、最高僧は妖魔の誘惑でも構わないとでもいうかのように八戒を抱き締めた。もう、我慢しきれない。耐え切れなかった。
「僕を……ずっと……ずっと……抱いて……さん……」
 うわ言のように繰り返す唇へ、三蔵は承知したとでもいうかのように、そっとくちづけた。
「毒を喰らわば皿までか。しょうがねぇ、一生つきあってやる」
 果たして、捕まったのはどちらだったのか。 
 捕まえたつもりが捕まっていた。捕らえたつもりが捕らえられている。
 ミイラを探しに来て、自らが逃げ切れずミイラとなってしまう、そんな哀れなミイラ捕りに似ていた。
 しかし、実はミイラ捕りそのひとは幸福なのではあるまいか。実際のところなど本人以外、誰にも分かりはしないのだ。
 もういい、と三蔵は思った。
 蝉の抜け殻のように、バスルームに三蔵の白い僧衣が脱ぎ捨てられ、散らばった。腰が抜けたようになっている八戒を許さず、バスルームの外へと引きずり出す。
「言葉どおりにしてやるぞ。煽りやがって覚悟しとけ」
 鬼畜生臭坊主の言葉に、八戒は満たされたような笑みを浮かべると肯いた。三蔵は、理性の切れた蝶々のようになっている彼を部屋のベッドへと引きずり込んだ。
 白昼の情事はいつの間にかこの上なく淫靡なものになっていた。
 そのうち、甘い泣声が部屋の空気を引き裂きはじめる。甘美な啜り泣きにときおり変わりながらも、その声はずっと途切れることがなかった。

その日。

 とうとう、三蔵と八戒は一歩も部屋から出てこようとしなかった。体液を交換しあうようにお互いの躰に溺れあっていた。甘い蜜の部屋はふたり分の官能で硬く閉ざされている。




――――もう、八戒が眠れない夜を過ごすことはないだろう。




 了