二本足の羊

( 「易牙爲レ君主レ味。君之所レ未二嘗食一。唯人肉耳。易牙蒸二其首子一而進レ之。君所レ知也」 『韓非子』
――――かつて斉の桓公はありとあらゆる美食に飽き、易牙に言った 「いまだに人は食べたことはない」 それを聞いた料理人の易牙は自分の幼い息子を料理して桓公に出した。『韓非子』 )


 旅の途中、三蔵が大ケガを負った。俺や悟浄や八戒がかけつけたときはもう、全身の骨という骨が折れていた。ともかく近くの宿へ運び込んだ。





「八戒」
 看病している八戒へ呼びかける。あんまり大きな声だと寝ている三蔵を起こしてしまうかもしれない。できるだけ、俺にしては小さい声を出した。
「どうしたんですか。悟空」
 八戒は柔らかい笑顔を浮かべて振り向いた。三蔵の寝ているベッドの傍の椅子へ腰掛け、両手を顎の下で組んでいる。その仕草はケガの回復を祈っているようにも見えた。
「ん。三蔵の調子どう」
 おそるおそる訊ねた。何故か答えを聞くのが怖かった。
「なんともいえませんけど、なんとか峠は越したようです」
 微笑む八戒はどことなくやつれてみえた。顔色が紙のように白い。相当、消耗しているみたいだ。
「俺、看病代わろうか」
 思わず言っていた。自分の身を削っているような八戒の様子をみていると居ても立ってもいられなかった。
「ありがとう。悟空。でも――――」
 八戒はその緑の瞳になんともいえない色を浮かべた。
「まだ――――治療しきれてなくって」
 苦笑とも自嘲とも呼べない複雑な表情だった。八戒が整えた清潔な寝台に三蔵はうやうやしく寝かされ、眠っていた。眠っているというより意識が無いと言った方が正しいかもしれない。
 白い柔らかな毛布を躰に掛けられ、枕にその豪奢な金色の髪に覆われた頭を乗せている。整った綺麗な顔の傷は治っていた。八戒が気功で消したのに違いない。
 血色はとても悪かった。無理も無かった。全身の骨を折られていたのだ。俺達で助け出したときはもう、虫の息に近かった。
 かつて、倣岸不遜に俺らに文句ばかり言っていた唇には血の気というものがなかったのだ。その頬へ金色の髪が、金糸の飾りのように華やかに散りかかっている。
 寝息も立てず、静かに横たわっている三蔵は、なんとなく俺の不安を煽った。整った人形を思わせた。
「だいじょうぶですよ」
 俺の気持ちを読んだように、八戒は優しく笑った。
「これで―――結構、三蔵は元気なんですよ」
 そんな八戒の言葉は俺にはから元気に聞こえた。
「じきに完全によくなりますよ。僕、頑張りますから」
 にっと笑みの形に曲げられた八戒の端正な唇を、俺は見つめた。緑の瞳が真っ直ぐにこちらを向いている。
「だいじょうぶですよ悟空」
 やたらと静かに八戒はもう一度言った。
「僕が――――この身に代えても三蔵は助けますから」
 それは、思い詰めた声だった。
 黙って俺は部屋を出た。木の扉が軋んで音を立てて閉まった。





(――――赤い汁(人血)は饅頭の上からぼたぼた落ちていた。
 慌てて銀貨を突き出しガタガタ顫えていると、その人はじれったがって
「なぜ受取らんか、こわいことがあるもんか」
 と怒鳴った。
「お前さん、それで誰の病気をなおすんだね」
 と誰かにきかれたようであったが、返辞もしなかった。
―――――魯迅 『薬』 )





 八戒にとって、気功とは自分の命を削るようなものだ―――と思う。
 宿の廊下に出ると見慣れた赤い髪がひょいとこちらへ近づいてきた。安普請の宿の廊下が、長身なこの男の体重を受け止めかねて、かすかに鳴る。
「よ。さんぞーサマの調子、どう? 」
 悟浄は場を読むのに長けていて、こういうとき、決して相手の邪魔をしない。
「……まだよくねぇみたい」
「……そっか」
 俺と悟浄は瞬間黙り込んだ。賑やかだのうるせぇの、少しはふたり離れていろなどと怒鳴られることの多い俺と悟浄だったが、三蔵が大ケガしているときまでケンカをやらかす気力はさすがになかった。
 あのハリセンが飛んでこないと思うと張り合いがないんだ。悟浄だってきっとそうだ。
「な、悟浄」
 俺は思わず言った。
「ん? 」
 無聊さを慰めるような仕草で悟浄はハイライトへ手を伸ばしている。
「八戒って――――気功、使い続けたら――――どうなっちゃうの? 」
 訊ねずにいられなかった。不安でしょうがなかった。
「へ? 」
「なんか、さんぞー看病してる八戒も調子悪そうなんだけど」
 悟浄の眉間に皺が寄った。赤い瞳が一瞬真剣になる。
「死なないよね。八戒死なないよね。俺、八戒も三蔵も死んじゃったりなんかしたら―――」
「悟空」
 いつも俺のことを「サル」だの「ガキ」だの呼ぶ悟浄の声がシリアスになった。
「心配すんな。んなことになってたまるかよ」
「だよな」
 ほっとして悟浄の頬に走る傷を見つめた。悟浄は強い。強いし前向きだった。
 でも、
「ただ―――」
「ただ? 」
 悟浄が珍しく歯切れ悪く呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。
「確かにアイツ、『僕は別に死んでも構いません』 みたいなとこ、あるよな」
「え……」
「や、三蔵からむと余計、な。そんなトコねぇか? いや、俺の気のまわしすぎか」
「…………」
 確かにそうだと俺も思った。でも怖くて言葉にはできなかった。





(人肉の薬効を記した陳蔵器の 『本草拾遺』 には 肺病には人間の血が薬になると記載されている。)





 『八戒』 という名をつけたのは三蔵だ。悟能っていう昔の名前を捨てさせたのも三蔵だ。だから――――八戒は、そう 『八戒』 としての自分は三蔵あってのものだと思ってるように――――見える。
 その証拠に、俺らと三蔵への態度が違う。当たり前ったら当たり前だけど、俺だって悟浄や八戒に対してと三蔵への口の利き方は微妙に違うかもしんねぇけど、八戒のはもうすごくはっきりと違う気がする。
 そう、「忠実」 なんだ。
 なんていうか、ホントに忠義者ってカンジがする。八戒にかかると、三蔵は絶対君主みたいだ。悟浄なんかハイハイ、サンゾーサマなんて茶々いれんのに、八戒は基本的に三蔵を敬ってる。
 だから、なんていうかこんなときにあのふたりを放っておくと――――心配な気がした。上手くいえないけど。よくない気がしたんだ。
 自分のコトを 『ナシ』 にしても三蔵を助ける。八戒にはそんなトコがあるような気がする。
『僕、頑張りますから』
 八戒はそう言ったけど、頑張りすぎてんじゃないのかな。
 だから、俺があのふたりを見張ってねぇといけない。そう思ったんだ。





(唐時陳蔵器著一本草拾遺一謂人肉治一厩疾一   自レ是民間以二父母一 多到二股肉一而進
股肉でも治らない場合には,最後の手段として人の生肝を食べ, 生血を飲めば,大病もたちどころに回復する。)





 だから、俺はその次の日も、八戒と三蔵の部屋へ行って声をかけた。

「マジで今日も看病代わらなくっていいの? 」
「だいじょうぶですよ。悟空」
 やっぱり、やつれたような力のない微笑みを八戒は浮かべている。
「結構――――三蔵、これはこれで――――元気なんですから」
「本当に? 」
「ええ。元が丈夫にできてるんでしょう。僕なんて困っちゃ――――いえ」
 八戒は微妙に口元を歪めて言いよどんだ。全て俺を安心させようとする演技に見える。いつだって八戒はそうだ。オトナぶって俺のことをコドモあつかいするんだ。
「心配しないで下さい悟空。だいじょうぶですよ」
 ぽん、と八戒の手が俺の頭を撫でた。背が高いだけあって、八戒の手は結構大きい。でも、男とは思えないくらい細くて綺麗な長い指をしている。
――――俺だって、もうオトナなのに。
「ね」
 困った笑顔の八戒の肩越しに、ベッドで寝ている三蔵の姿が見えた。こちらに背を向けていて、表情は見えない。
 死んでいるのでないことは、その胸のあたりがかすかに上下するので分かる。清潔な毛布からはみ出している手は、やはり白すぎるくらいに白く、本調子ではないことを示していた。
「…………」
 俺は無理をしているに違いない八戒に何と言っていいか分からず横を向いた。
 すると、
 ベッドサイドの机に、古ぼけた本が一冊載っていた。
「あれ、何これ」
「ああ、それですか」
 八戒が返事をした。話題がそれて、何故かほっとした様子だった。
「薬の本です。結構役に立つんですよ」
『医薬本草綱目』 その本にはそう記されていた。
「ふうん」
 ずいぶん古くて読みにくいその本をぺらぺらと俺はめくった。
『草』 『魚』 『獣』
 そんな項目ごとに目次が並んでいる。
 自然界にある様々なものから薬になるものについて説明してあるらしい。
 でも、もともと本なんか扱い慣れてないもんだから、ばさっと床に落としてしまった。
「あっ悪ィ」
 急いで拾おうと腰を屈めて、手にした本を取り上げると、たまたま開いたページを見て驚いた。

『人』

 そう書いてあった。

――――え。
 人? どうして?
 これって薬になるモノについて書いてあるんだよな。それなのに人って項目があるってことはつまり。

 ニンゲンって、薬になるの?
 っていうか、人間って――――喰っちゃっていいの?

 俺は不吉な気がしつつそこのページへこっそり視線を走らせた。
『髪、乳汁、婦人月水、人血、人氣、人魄、髭鬚、陰毛、人骨、人胞、胞衣水、初生臍帯、人肉……』
 ただごとじゃなかった。
 次のページをぱらぱらめくってみる。
「瘧(おこり、マラリア)は、生の人の肝臓1個を陰干しにして、その青い部分が効く」
 そんな文章が次々に目に飛び込んできた。
 本当に冗談じゃなかった。この本、マジだ。
「はっか……」
 慌てて本から顔を上げると八戒と目があった。俺の鼻先で緑色の瞳が苦悩の色を湛えて細められる。表情がどことなく愁いを帯びていて綺麗だった。
「だいじょうぶですよ。悟空、心配しないで」
 ふっと儚げな花のように微笑まれた。やつれた八戒はそれでも、いや、なおのこと綺麗で色っぽかった。
 傍らでは三蔵が気を失ったように倒れている。俺は何もいえなくなった。
 八戒は生成りのシャツを着ていて、一番上のボタンまできっちりと嵌めていた。きちんとした姿なのに、なんだかなまめかしい。

 俺が三蔵と八戒をなんとかしなくちゃ。
 俺が三蔵と八戒を守らなきゃ。

 どうしたらいいか、よくわかんねぇけど。

 そう決心すると、三蔵と八戒の部屋を後にした。





(たといあの親爺が本当の医者であってもやはり人食人間だ。彼等の祖師李時珍(りじちん)が作った「本草(ほんそう)何とか」を見ると人間は煎じて食うべしと明かに書いてある。
――――魯迅 『狂人日記』 )





 夜になった。
 なんとなく、眠れなかった。昼間、八戒の持ってた妙な本をみてしまったからかもしれない。
 うとうとすると、悪い夢のようなモノを見た。八戒が自分の手首をナイフで切って三蔵に飲まそうとする、そんな悪夢だ。
『僕はどうなったっていいんです』 そんな意味の言葉を夢の中の八戒は呟いていたような気がする。八戒の横顔は綺麗で、妖しく悲しかった。
 食い物の出てくる夢ならよくみるけれど、こんな夢をみるなんてめったになかった。飛び起きると喉がからからに渇いていた。綿のパジャマがべたべたと背中に張り付いている。汗でびっしょりだ。
「水……」
 俺は舌を突き出して、喉を片手で抑えた。安普請な宿の部屋の中を見渡す。白木でできたつくりつけの家具の類が目についた。飲めそうなモンは何もなかった。
 悟浄がどこからか持ち込んできた酒があったけど、あんなモン飲んだらよけい喉が渇くっつーの。
 スリッパを履いて、部屋を出た。同室の悟浄はよく寝てる。ひとの気も知らないで気持ちさそうな寝息を立てていた。
「ったく」
 なんとなく、いまいましい気分で俺は廊下を歩いた。水を飲みに洗面所まで歩かなきゃならない。
 そのとき。
 どこかで啜り泣きみたいな声が聞こえた気がした。
「…………? 」
 俺は廊下を見渡した。本当にかすかな声だった。押し殺していたのに、思わず漏れてしまったというような声だった。
「なに……? 」
 カンをたよりに声のした方へ足を向けた。そこは三蔵と八戒の部屋だった。
 いやな予感がして、俺はいけないとは思いつつ、部屋のドアをそっと押した。
 鍵はかかっていなかった。
 細く開いた隙間から、ほのかな明かりが差し込んでくる。俺は吸い寄せられるようにして、覗き込んだ。
 中で繰り広げられていたのは、予想もできない光景だった。
 苦しげな声を上げながら、八戒がしなやかな首筋をさらしていた。
「あッ……」
 声の正体は八戒だった。
 驚くことに、八戒はほとんど全裸といっていい姿で、三蔵のベッドにいた。申し訳程度にシャツをひっかけ、すべらかな肌を三蔵に差し出していた。
 三蔵といえば、ベッドに仰向けに横たわり、さらされた八戒の首筋に噛み付いている。

―――――三蔵が八戒を喰ってる。俺はそう思った。そうとしか思えなかった。

「う……」
 痛いのだろうか。八戒は唇を噛み締めている。痛いのに違いない。それなのに三蔵は八戒を噛むのをやめない。八戒の首筋は瞬く間に赤い鬱血の跡だらけになり、三蔵は舌を出してそこをぺろりと舐めた。
「んッ……」
 八戒の眉根が辛そうに寄せられる。
 頬が上気していて、息も絶え絶えだった。そんな残酷な行為をしているのに、三蔵の方にはまったく悪びれた様子がない。自分の躰の上にいる八戒を屈ませ、その首筋に喰らいついている。
 俺の頭の中に昼間みた妖しい薬の本のことが浮かんだ。あのとおりだとすると、 三蔵は血でも吸っているのに違いない。

(幾ら治すためだっていったって八戒――――)
 俺は思わず叫びそうになった。飛び出していってふたりをとめたかった。
 でも。
 気功もよく考えてみると、八戒の 『気』 ――――命そのもので、『血』 と何が違うんだろう。
 そんなことをうっかりと考えてしまった。それに、三蔵に自分を差し出す八戒はキレイで―――――いけないことだとは思いながらも、俺は何もいえなくなった。

「…………」
 どうしたら、いいのかさっぱり分からなくなって、俺はドアの前から立ち去った。
 すっかり混乱していた。まるで逃げるように自分の部屋へ戻った。
 そうするしかなかった。





「いっ……いま」
 悟空が立ち去った後の部屋では三蔵と八戒が囁きあっていた。
「今……誰か……来ませんでしたか」
 八戒が言った。快楽のあまり、声までもがとろけてかすれている。
「知らねぇな」
 ぶっきらぼうに三蔵が答える。
「でも確かに……あうッ」
 八戒は三蔵の躰の上で、跳ねた。シャツから白い肌を肌蹴させ、身を震わせる。
「んなことが気になるなんて、余裕あるじゃねぇか」
 三蔵が自分の上にいる八戒の肌に手を伸ばす。眼前にさらさせたしなやかな胸に触れ、夜気で緊張して立ち上がったピンクの屹立を指の腹でこねまわした。
「はッ……! 」
 途端にびくんと八戒が背を反らした。三蔵の上へ馬乗りに跨り、躰をさらしている恥ずかしさも、快楽の前に蕩けて霧散してしまいそうだった。
「ッ……」
 胸を悪戯していた指は、下へ下へと走り降り、そのうちまろやかな双つの丘の上まで這ってきた。
 しばらく撫でていた手は、戯れのように奥へと侵入してゆく。八戒は電撃でも走ったかのように、躰を痙攣させた。
「……すっげぇ、柔らかくなってるじゃねぇか」
 くっくっくっと鬼畜坊主はその頬にひとの悪い笑みを刻んだ。八戒の肉の蕾に指を突き入れて、ゆっくりとかきまわしている。
「はぁ……ッ……貴方ッて……ひとはッ」
 八戒は意識をさらうような快感になんとか逆らうようにして、言葉を継いだ。
「悟空が……あんな……心配……してる……に」
 ひとことひとことを吐き出すようにしていたが、三蔵が貫く指の数を増やすと、海老のように背を反らせた。
「あッ……僕……これ以上……隠せな……」
 悪戯されている尻が浮いた。ぶるぶると内側の腿がかすかに震えている。均整のとれた八戒の肉体は確かに快楽に支配されて喘いでいた。
「隠さなきゃいいだろが」
 生臭坊主には反省というものがないようだ。
「バ……バカッ……ッ」
 三蔵の躰の上で屈辱的な姿をさせられている八戒は、目の前の男を罵った。言葉とは裏腹に、淫らな踊りでも踊るかのごとく腰がくねる。
「僕が……どんな思いで……必死でッ……」
 そうだった。
 三蔵のケガはもうとっくに治してしまっていたのだった。
 それなのに。
 久しぶりで同室になったふたりは、お互いどちらともなく誘われるように躰を重ね、お互い昼も夜もなく貪りあって、消耗していたのだった。
「うるせぇ。シテ欲しくねぇのか」
「そんなこと……」
「嘘つきが。躰に聞いてやろうか」
「さんぞ……」
 なんともいえない恨めしそうな目つきで八戒は三蔵を見下ろした。
「フン。素直じゃねぇな」
 着衣も乱していない三蔵は、服の合わせ目から自分の猛ったモノを取り出すと、八戒の太腿をそれで叩いた。
「ホラ自分で挿れろ」
「……さん……! 」
「俺は本調子じゃねぇから、まだ動いちゃ駄目なんだろうが。そう言ったのはお前だったな」
「う……」
 騎乗位で自分から怒張を挿れろと言われ、八戒は羞恥に唇を噛んだ。
「なんだ。いらねぇのか」
 三蔵の硬く熱いモノが尻の狭間で脈打ち、誘うように蠢いた。張り出したカリ首が八戒の肌の表面をなぞると、粘性の薄い先走りの体液が糸をひいて光った。
「さんぞ……ダメで……」
 もう、こんなことは今夜で止めないと本当に悟空にも、そして悟浄にだって不審に思われてしまう。こんな徒(いたずら)に体力をなくすようなことはつつしんで、きちんと養生しないと旅を続けられない。
 そんな殊勝な考えが八戒の脳裏に浮かんだが、それも焦れた三蔵が八戒の股間に手を伸ばすまでのことだった。
「……! 本当にダメで……さんっ……ぞ」
 快楽の火にあぶられて、喘ぐ八戒に勝ち目はなかった。相手の存在に飢えていたのは、三蔵ばかりではなかった。
「あ……ぐッ」
 三蔵の手が八戒の腰骨をつかみ、無理やり自分の怒張の上へと腰を降ろさせた。自重で深く繋がる体位に、八戒が背を震わせる。
「あッああッ……! 」
 足の爪先まで反らせて、八戒は快感に耐えた。ここ数日、絶え間なく抱かれている躰は容易に快楽を受け入れてしまう。
 お互いの肉を打ち合う高い音と、体液がこすりあわされる淫らな水音が立ちはじめる。
「俺が欲しかったって言え」
 三蔵が囁いた。
「く……」
 生理的に滲む涙を払うこともできず、八戒は男の上で串刺しになっていた。すかさず三蔵が下から突き上げるように腰を使った。
「ああッ……」
「そんなに、イイか」
 脳裏に銀の粒子でも舞うかのような陶酔した悦楽に支配され、八戒は躰中の力が抜けてゆくのを感じていた。
「ダメ……です。そんな……さんぞ……躰が治ったばかり……なのに」
 喘ぎながらそう告げる唇を見つめながら、三蔵は冷然とした表情を浮かべ、口端だけつりあげて笑った。
「なら、てめぇが動くんだな」
「さん……! 」
「ホラ、ちゃんと腰つかえ」
「ああッ」
「もっと回すように動け」
「や……も」
 許して欲しいと懇願しながら八戒は三蔵の上で、淫らに腰を蠢かせる。
「……そうだ。上手いな。やればできるじゃねぇか。いやらしい尻だ」
 嗜虐的な言葉がかけられる。その癖、声には情欲が濃く滲んでいた。
「言わない……で……くださ……あッ……」
 甘い吐息に部屋の空気すらもが紅色に染まる。
 結局、今日も看病なのか、なんなのか分からない夜が更けていった。





「悟浄ッ! 悟浄ッ」
 悟空は慌てて自分と悟浄の部屋に戻ると、可哀想な相手を叩き起こした。
「へ? なーにカワイコちゃん……」
 女の夢でも見ていたらしい。そんな悟浄のパジャマの襟首をひっつかむと悟空は左右に揺すった。
「たいへんなんだって! さ、三蔵が八戒を! 」
「は? 」
「三蔵が八戒を喰ってる! 」
 気が動転しながら、悟空はさきほど見た一部始終を話した。
「な! どう思う? 俺、どうしたらいい? 」
「…………」
 色事に長けた悟浄は口元をへの字に歪めた。大体コトの真相は飲み込めたが、悟空相手にどうしたらいいのか分からなかった。しかも、油断すると爆笑してしまいそうだった。
「ああ! どーしよ! 俺、三蔵も八戒も大切な仲間だし! 」
「……まぁ、その。今日は遅せぇから明日にしようぜ」
 悟浄は大きなあくびをひとつした。まったく、あのふたりは人騒がせにもほどがあると思った。
「何のんきなこと言ってんだよ! それどころじゃねぇだろ! 」
 真夜中だというのに、同室の悟空はすっかり興奮してしまっている。
「あのな……」
 悟浄は心の底から脱力した声を漏らした。
 面倒だった。つくづく面倒だった。
 かといって、本当のことを純真な悟空に告げるわけにもいかないだろう。実際、なんて説明していいのかも分からない。
 保護者と保父さんが 『セックスばっかりしてたので、回復するモンもしてません』 じゃ、悟空の教育上よろしくないだろう。
「くそッ……あいつら」
 苦労人の悟浄は歯噛みした。結局、その夜一晩、悟空をなだめることになってしまった。貧乏くじにもほどがあった。

 そんなわけで。
 次の日、三蔵一行は四人ともそれぞれの理由で寝不足だった。
 わりにあわなすぎる悟浄が、三蔵と八戒を怒鳴りつけたのはいうまでもない。



 了