午後の小さな死

 ご注意!
 こちらの話では八戒が春を売っています。
 全編客×八戒です。
 オリジナルキャラが出てきます。苦手な方はご注意下さい。

 書いてる本人はこの 「ヤッてるだけエロ」 をノリノリで書いてますが(死)
 嫌いな方はご覧にならないことをおすすめします。
 すみません。

 怖いものみたさの方はどうぞ↓







「お客さんだよ。八戒。せいぜい稼ぎな」
 下卑だ笑みを浮かべて女衒が客をつれてきた。身体がだるい。薄汚い出会い茶屋のような小屋で八戒は客を待っていた。見れば客はまだ若いようだ。
「どうも。初めまして」
 すれた男娼らしからぬ知的で温和な八戒の口調に相手の男は驚き、その整った顔立ちにまた目を見張った。なにしろこんな売春宿に似つかわしくない、楚々とした美形だ。
「あんたみたいな人がどうして……」
 客はそこまで言いかけてやめた。野暮な台詞だと思ったのだろう。
 このお客さんも悪い人じゃなさそうだなと思いながら八戒は薄く笑った。
 助平そうではあるけど。




 自分に対する嫌悪。自己否定。自殺願望。最愛の女性を失ってから八戒は更に自分のなかのそういった感情に苦しめられていた。
 今まで共に暮らしてきた女性によって、孤独や魂の欠損が埋められていたのに、それを失ってしまったからだろうか。
 頭のなかで暗い歌が響く。自分はこの世にいらない人間なんじゃないのか。いっそ消えてしまえ。
 自暴自棄になっていた頃、町で女衒に声をかけられた、『兄さん。商売する気はないかい。』 捨て鉢になっていた八戒はそれに応じた。
 味見はたっぷりと声をかけた女衒にされた。女衒は八戒を場末の連れ込み宿の一室で抱いた。腰を使い喘ぐ八戒に囁き続けた。
「……あんたが死にたいなんておかしいねぇ。こんな男泣かせな顔してさ、抱かれるためにあるみたいないやらしい身体してるくせに。」
 女衒はとんでもない上玉だと請け負い、ふらふらと町を彷徨っていた八戒を自分の部屋に住まわせた。まだ、悟浄に会う前、別の街でのことである。
 どこか淋しげな微笑み、薄幸そうな透明な存在感。こんな綺麗な男を一晩自由にできるためならどんな大枚をはたいても構わない。そんな連中がこの街にはどっさりといた。
 八戒ならば、どんな高娼にでもなれるだろう。そう女衒は言ったが、あまり八戒の耳には届いていなかった。
 金銭的なことは彼にとってはどうでもいいことのようだった。
 そんなところも、世間ずれしていないというか、生活感がないというか、彼を一層透明感のある存在にしているようだった。その基底には悲しみがあり、自己否定があり、恐ろしい破滅願望があった。
 事実、八戒は高級な段通の絨毯が敷き詰められた部屋で金持ちの客に抱かれるよりも、薄汚い場末の酒場の裏で、若い男に滅茶苦茶に抱かれる方を好んだ。
 女衒は 「若い客など相手にするもんじゃないよ。疲れるばっかりで金にならねぇ」 そう八戒に言ったが、八戒の茫洋とした瞳に見つめられると二の句が告げなくなった。
 結局女衒も彼を 『商売のために』 抱いたはずなのに、このつかみ所のない美しい存在に完全に絡めとられ、魅入られていたのだった。
 なんだかんだと彼の意思を尊重してしまう。
 また、世慣れた女衒には、そうやって安い宿で安い客をとる八戒の真意が、自分を徹底的に汚し、無にしてしまいたい自棄からきていることを見抜いていた。

 そして、また今日も八戒は薄汚れた安宿に八戒は客といるのだった。

「お湯を使ってきていいですか? 」
 軽い微笑みを浮かべて八戒は客に訊いた。
 しかし、客は返事をする代わりに恐る恐るといったように八戒に手を伸ばしてきた。
「お客さん……? 」
 訝しげな表情を浮かべる八戒に、客は欲情を孕んだ声音で答えた。
「お湯なんか使わなくていい。」
 そしてそのまま、突然部屋に置かれたベッドに押し倒された。安物のスプリングが嫌な音を立てて悲鳴を上げた。客が躰にそのまま覆い被さってくる。
「や……でも綺麗にしないと」
 後ずさりしながら軽く抗った八戒の仕草が、更に男の欲望に火を注ぐ結果になった。
「綺麗だ。あんた綺麗だよ。お湯なんか使ったら折角の綺麗なあんたの匂いが消えてしまうじゃないか。お湯なんて浴びたらいけないよ。勿体無い」
「あっ……」
 急に下肢にぬるりとした生暖かい舌の這う感触があり、客の性急な手で性器を掴み出され、口淫を加えられる。
 客は八戒を認めた瞬間から興奮しきっていた。
 これでは確かに八戒が湯を使っている間、待てないに違いない。若い男独特の床急ぎな様子に八戒は苦笑を浮かべた。肌を合わせた感じからすると、客はまだ三十には届いていない年齢のようだった。
 まるで喰われてしまうような激しい愛撫に、八戒は悲鳴を上げた。
 既に躰は貪欲な客に追い詰められる格好で、ベッドの壁際に押し付けられている。壁にやっと上体を預け、下肢を客の蹂躙に任せ、足首を客の若い力強い手で掴まれて無理やり開かされ、強引なフェラチオを受けていた。
 八戒の細く甘い啼き声が、客の男の理性を奪ってゆく。既に彼はこの見たことも無い綺麗な男に溺れていた。客が口を離すと、八戒の性器から客の唇に、粘性の薄い先走りの液がゆるい橋をかけるかのように糸を引いた。
「ほら、やっぱりあんたいい匂いだ。」
 客は八戒の下生えに鼻を寄せて匂いを嗅いだ。八戒は自分の若い雄の匂いが自分でも分かるような気がして、所在なく羞恥から目元を赤く染めた。そんな可憐な様子も男の欲望をそそった。
「あんたって、綺麗なだけじゃなくてかわいいね。お陰でほら」
 客が八戒の手を取り、自分の性器を掴ませた。そこは既に痛いくらいに張り詰めていた。
「あんたが欲しい。俺はあんまり男なんて買ったこともないが、すぐこんなになっちまうなんて思いもしなかった。早くこれをあんたの中に埋め込んじまいたい。もう待てない。我慢できない」
 押し殺した声でそう言って客は、八戒の後孔に猛り切った欲望を擦り付けた。
 あまりにも性急な求めに八戒は首を振った。いくら、夜毎女衒に仕込まれ、男を受け入れることに慣れたとはいえ、指で慣らされてもおらず、潤されてもいないそこを直接客の凶器で抉じ開けられるのは恐怖だった。客は確かに男相手の性交の経験はさほどはないのに違いなかった。
「待って……お願い待って……」
 枕もとを手で探り、蓋付きの容器を取り出した。こんな客もあろうかと女衒が用意してくれた軟膏だった。
 客は黙ってそれを受け取ると、蓋を開け、中の軟膏を指に掬い、息を詰める八戒の中にそのまま塗り込めた。
 そして、自分の欲望のままに形をとったそれにも丹念に塗り込める。
 そしてそのまま押さえつけるように八戒を貫いた。
「ひ……っ! 」
 衝撃に八戒は息を詰まらせる。軟膏で潤滑を良くしたとはいえ、客は相当激しく突っ込んできた。
八戒の躰を常に気にかけながらねっとりと抱く女衒とはまた違う、喰い散らかすような強引な情交だった。
「ああっ……や……あっ……あっ。ふ……っう……ん」
 躰をふたつに折られ、残酷なまでの突き上げで犯される。気が付けば、客の膝の上に尻を抱え上げられて、貪るように奥まで硬く怒張した性器で貫かれていた。
 挿入されるときの圧迫感に息を詰まらせ、客の膝の上で腰を揺らした。客は舌で唇を一舐めすると、八戒の膝裏を腕で支え膝立ちになった。お互いの躰の自由度が増し、より揺れる体位に八戒が身も世もないような甘い声を上げる。
 いつの間にか、客の先走りの液によって更に潤った肉筒からぐちゃぐちゃという粘質で淫らな音が響きだした。抜き差しの緩急がよりひどく淫らなものとなって、八戒を啼き狂わせた。
「あっ……んなにしたら、もう出……」
 知的で一見禁欲的な外見の八戒が顔を快楽で歪ませて淫らに喘ぐ。その様子に息づまるようななまめかしさを感じ、客の男は追い詰める手を緩めるどころか、腰使いもいっそう激しく攻め立てた。
「やっ……やっ……で、出る、出ちゃう……っ」
 一瞬躰を硬直させると、八戒は脈打つ体内の律動と同じ間隔で間欠的に精液を噴き上げた。
 それは責め苛んでいた客の腹部にかかり汚した。びくびくと躰を細かく痙攣させ、昇りつめる八戒の表情やしどけない肢体はひどく官能的で、客は喉を鳴らして思わず唾を飲み込んで眺めずにいられなかった。
「あっ、あっごめんなさ……」
 八戒は客を汚したことを詫びながら、手探りで懐紙を取ろうとベッドの脇をまさぐる。
 男の躰の下に敷きこまれているため、今一歩というところで手の届かないそれを、八戒より大柄な客がひょいと取りあげ、そのまま何枚か掴み出し、精液に塗れた八戒の腹と自分の腹部を拭いた。
「あ、ありがとうございます……」
 快感に翻弄されながらも、客に律儀に礼を言う八戒は、真面目な上に誠実そうで、金で肌を売る卑しい存在だとはとても見えない。知的で淫ら。アンバランスで不釣合いな精神と躰。敏感すぎる躰に引き摺られる聖職者のような八戒の様子に、背徳的な気分にさせられる。
 八戒の躰の中に未だ熱い欲望の楔を打ち込んだまま、苦しい姿勢で上体を前傾し、八戒の口内を舌で弄る。深い口付けに、八戒はくぐもった喘ぎ声を合わせた唇の隙間から漏らした。
 そのまま、突き上げが再開され、達したばかりの敏感な躰を思うがままに穿たれ、身も世も無い風情で八戒は厭々するように首を振った。
「抱いてやるよ。ぐちゃぐちゃにしちまいたい。いいだろう? 」
 客の言葉に、焦点の合わない融けきった瞳を向け、承知とでも言うように客の男の体に腕を絡める。そのまま、耳元にその整った唇を寄せ、甘く蕩かすような声で囁いた。
「好きな……ように……してください」
 男の望むがままに抱いていい。そう甘やかに告げる八戒に客の理性のタガが今度こそ外れた。微妙に目の奥の光が変わった相手に動物的に突き上げられ、犯される。
「あっ……は……んっ……っ……あ! 」
 清冽な美貌を歪ませて、八戒は客の蹂躙に耐えた。

  きつく追い上げられて、ほんの瞬間、快楽に脳を白く焼き尽くされ、八戒は気をやってしまっていたらしい。
 気がつけば、客の精液を後孔に叩き込まれ、残酷なほど奥まで貪り喰われていたようだった。
 精液の残滓が内股に流れ、それを客が懐紙で拭っていた。
 ぼんやりと無防備で可憐な八戒の様子に客は頬を綻ばせた。そのまま、後ろから抱すくめられて、八戒の肩がびくっと震えた。腰に客の熱が当たる。
「や……少し休ませ……んん・・っ」
 際限のない求めに躰がついていかない。
「やっ……やぁっぅ……っ……っ。あ……ん……あ……んっ」
 しかし一度男の熱を受け入れ、蹂躙されて解された淫らなそこは、八戒の意思とは関係なく雄を受け入れてしまう。獣のような姿勢をとらされ、力の入らない躰で精一杯に抗うが無駄だった。
「はっ……あっ……」
 白く官能的な尻に男の欲望を突き立てられ荒く抜き差しされる。
 背後から深く挑まれ、八戒は綺麗な背をしならせた。それをなだめるように口付けが降りるが、きつい荒淫にはあまり効果をあげているとは言い難い。
 四つん這いにさせられ、雄の情欲を無理やり受けとめさせられる。
 八戒の口からは絶え間なく高く細い押し殺した悲鳴のような声が上がる。その声は無理な情交のため、若干の苦痛に濡れて掠れていた。
 休むことのないきついセックスに汗が滲む。部屋の空気はいよいよ淫靡に、濃密な淫猥さを含み、煮詰まって行く。今や交合は人と呼ぶよりも二匹の獣のように成り果てていた。
 情欲のままに八戒を男が嬲り、責め立てていたその時、部屋のドアが突然開いた。ベッドのスプリングは客が八戒を貫いている律動に合わせ、今にも焼き切れそうな嫌な軋んだ音を立てている。

 そんな、濃密で爛れきり淫猥に染め上げられた室内に、女衒が何食わぬ涼しげな顔をして入ってきたのだった。
「……お客さん。お客さんってば」
 淫猥な空気に似合わぬ間延びした冷静な声で女衒が呼びかける。
 呼ばれても、忘我の淵にいる客は気づかない。それ程までに八戒との行為に溺れ切っていた。
 これほど自分を失うような濃密な性交は彼にとって初めてに違いない。八戒に没頭しきっている客の肩を仕方なしに、女衒は軽く叩いた。
「お客さんってば」
 客は初めて女衒に気づき、一瞬驚愕したように目が見開かれるが、腕に抱く美しい存在を奪われまいとの雄の本能が働いたのか、八戒を刺し貫く腰をよりいっそう深くした。
 八戒の唇からは淫靡な喘ぎ声が抑えようもなく漏れる。
 その時八戒といえば、客に可愛がられ過ぎたため既に意識に霞がかかり、快楽がその脳を白く焼きつつあるような状態で、女衒が部屋に入ってきたことを認識しているかどうかも極めてあやしい有様だった。
「……ん……なんだ。今取り込み中だ。帰れ! 」
 客は内心の動揺と自分の性行為を他人に見られる羞恥を隠すかのようにつっけんどんに言った。
 後背位で犯されている八戒が、男が喋るために腹筋によって律動のタイミングが変わり、違う角度で穿たれて悶える。釣られて締まった後孔に性器を引き絞られて、客は甘い苦悶に顔を歪めた。
「時間ですよ、もう」
 相変わらず、ゆったりとした職業的な口調で女衒がいう。
「二時間は優に過ぎましたんで、コイツ、返してもらえますか? 」
 まるで、駄々っ子にいってきかせるようにゆっくりと女衒は言った。
 目の前では八戒が白い裸身を男に串刺しにされている。ベッドの敷布の上で獣のように犯されながら喘ぐ麗人を前に、女衒の仕草は自然で冷静そのものだった。欠伸でもしかねないほどの態度であった。
 どんな男でも涎を流すような八戒の媚を含んだ仕草でも、女衒の鍛えぬかれた職業的鉄面皮を崩すのは無理だろう。
 無理も無い、羊飼いの子供が見よう見真似で羊の番をするように、彼はほんの子供の頃から春をひさぐ売女どもの番をして暮らしてきたのだった。
 返してもらえませんかね。うちの色気たっぷりの羊さん。お客さん。お願いしますよ。もういいでしょう?
「……延長だ! 」
 客が押し殺した声で唸った。
「延長ですかい。延長料は……」
 悠揚迫らぬ調子の女衒に客はしびれを切らした。思うさま八戒を挿し貫きたいのに、とんだ邪魔のために動くに動けない。
 押さえつけた官能の熾き火が、燃え上がる先を求めて身の内で燻り、内攻していた。
「そこに俺の上着があるだろう。内ポケットに財布がある。好きなだけ抜いていけ。」
 女衒が殺風景で寝具ばかり大きくて、他にろくろく家具もないような典型的な売春宿の薄汚れた部屋のつくりを見回した。座りが悪そうな椅子の背に、客の上着が確かに掛けられていた。内ポケットを探り、財布から何枚か札を取り出した。
「へいへい。旦那、確かに頂いていきやすんで……」
「当分、入ってくるなよ」
 念を押すような客の注文に、女衒は八戒の様子をちらっと一瞥した。八戒はうつ伏せに串刺しにされたまま、浅く息をついていた。男を咥えさせられる淫らな行為の最中のためか、目元にうっすらと艶かしく朱が差し、荒淫が続いたための密かな疲れが滲んでいる。
 理性が焼き切れ、自分の窪まりを貫く相手が誰になろうと分からないのではないかと思わせるくらい乱れ切っている。
「……あんまりソイツに無茶させんで下さいよ」
 そんな八戒を気遣うように女衒が言った。彼にしては珍しいことだった。
 客は出て行けというように、手で女衒を払うような身振りをした。潮時とばかりに女衒は背を向け部屋のドアノブに手をかけた。
途端、嬌声を上げて客に深く穿たれる八戒の姿が視界の隅に映り、女衒は切ないような視線を八戒に投げた。
しかしそれに快楽に翻弄される八戒が気づくことはなかった。


 延長終了。
 ドアを開けた途端、生臭いような青臭いような臭気が鼻をうつ。精液特有の匂いが部屋全体に充満している。
 そんな空気を切り裂くように、女衒は部屋へ入った。
 手には水差しとガラスの簡素なコップを手にしている。床には精液を拭い去るのに使ったらしい懐紙が丸まって、いたる所に転がっていた。女衒はその内の一つを無意識に靴で踏み潰し蹴った。
  ベッドにうつ伏せるようにして、八戒が息も絶え絶えといった様子で横たわっていた。
 男の欲望を受けとめさせられ、躰を開かされ隅々まで貪られてぐったりとしていた。情交の後の艶やで、しどけない姿。
 女衒はなるべく静かに八戒の傍へ行き、様子を伺うように身を寄せた。
「起きられるか? 」
「ふう……っ……」
 無理するなとでもいいたげに、汗で髪の張り付いた八戒の額を指で整える。
「おきゃ……くさ……は」
 喘ぎ声を上げ続けたため、すっかり喉が枯れ、声の出なくなった彼に水差しからコップに水を注ぎ、八戒に手渡す。
「客はもう帰った」
「そ……ぅ」
「もう無理に喋るな。喉が潰れるぞ」
「ん……」
 正確にいえば客は無理に返したのだった。半ば凄むようにして、客にこれ以上八戒を抱くのを諦めさせた。
 客はこんな経験は初めてだと語り、八戒のことを麻薬のようだと評した。
 確かにそうだろう。普通、美女でも贔屓の客がつくまでにするのは中々苦労するものだ。
 しかし、八戒の場合は一度その身を味わった客は今度何時又抱けるのかと女衒に帰り際次の約束を迫るのだ。滅多にこんな娼妓はいるものではない。
 天性の魔性めいた魅力があるのだろう。普段清冽、端正、清潔で清純そうな八戒が淫らに蕩ける時のあまりの落差に情欲を掻き立てられない男がいればお目にかかってみたい。
 八戒にしてみれば、客に抱かれている時は、恐ろしいような自棄や自己否定から逃れられていられるのだから、その情交はいっそう激しいものとなる。
 それも客を喜ばせるのだろう。単なる金銭の絡んだセックスとはいえない八戒の様子に、客の方でも白けることなく心も体も溺れられるのだ。問題は本人がそのことにあまりにも無自覚で無頓着だということなのだが。
「オマエ何時間客とヤッてたか分かってるか? 」
「ん……? 」
「4時間半だ」
 いい加減に俺を呼べよと言外に表情に出し、女衒は八戒の躰を看た。
「……腰が抜けちまってるな」
 軽い舌打ちをすると女衒は八戒を両腕に抱え、持ち上げた。長身の彼を抱えるのは大変だが、女衒もそれなりに背が高く、何より八戒よりも身体に厚みがあり、筋肉質だった。
 そのまま宿についている風呂に入り、八戒の躰の中の汚濁を掻き出して始末するのを女衒は役目と心得ていた。
 丹念に躰を清められ、さっぱりとした八戒だが、支えられないと歩けないような有様に女衒は目を眇めるような仕草をした。
「帰りに店で飯でも食ってこうかと思ってたんだが」
「え、い……いで……すよ」
「ナニ言ってやがる。椅子に座れねぇだろが、そのザマじゃ」
 呆れた口調で言いながら、八戒の腕を自分の肩へとかけ、彼を半ば担ぐように立ち上がった。
「テイクアウトしてやる。何が食いたい? 」
 自分を気遣ってくれる女衒に、八戒は微笑みかけた。天から降る白い花のような微笑。何か眩しいものを見るような気がして、女衒は八戒から目を逸らした。
「好きな店、選ばせてやるよ。どこがいい? 」

 女衒の安アパートにようやっとたどり着く。八戒は痩躯とはいえ、それなりに長身のため、運ぶのにはやはり骨が折れた。とはいえ、これは女衒にとってもはや日常茶飯事だった。
 八戒を部屋のベットに横たえると、腕に引っ掛けるようにして運んできたテイクアウトの中華料理の紙箱を取り出す。そうして、木の古ぼけたテーブルを八戒の寝ているベット際まで寄せるように動かした。その上に料理の箱を並べる。まだ中の料理は温かい。
 テーブルは単身者の女衒の使う品らしく、一人用の小さなものだ。そのスペースに二人分の匙や象牙の箸や取り皿を並べて行くのは何時も何か面映いような気分にさせられる。
 八戒が食事の支度をしてくれる時があるが、そのときも女衒はどこか落ち着かない気分にさせられているのだった。
 テイクアウトした紙箱から皿に料理を移し変えるということはしない。八戒じゃあるまいし、男の独り暮らしの長い女衒にはそこまで気は回らない。気楽なものだ。
 八戒がベットに居ながら料理をつまめるようにテーブルを寄せ、自分はその反対側に椅子を持ってきて座る。料理の箱の蓋を開けると、食欲をそそる芳ばしい香りがして鶏の揚げ物や茸と季節野菜や豚肉の炒め物、小龍包、水餃子、金糸卵のスープ、チリソース煮などが出てきた。
「食え」
 八戒に箸を握らせる。こくんと肯いて自分の近くに置かれた炒め物に箸をつけた。食べ出した八戒を見て安心したかのように女衒も醤油を小皿に注ぎ、小龍包を取り分けた。
 基本的に女衒はあまり饒舌な方ではない。商売の為なら、又は目的があるのなら器用に話もするが、通常の日常、特に自分の住処などでは極端に無口だった。日常会話に必要性をあまり認めないタイプだった。
 八戒が、食事の途中で眉を顰め、辛そうにしだしたので、女衒は八戒の腰に無言で毛布やクッションをあてがった。優しい手つきで八戒の腰をさすってやる。こんなになって、なんて客あしらいの下手な奴だ。体力が回復したらきつくお仕置きをしてやる必要があるな。そんなことを考えながら女衒は八戒を見つめた。
「……ったく、オマエ、今度お仕置きな」
 その言葉に、びくっと八戒が身を竦ませる。女衒の抱き方や仕込み方は、蕩けるようで丁寧だが、それだけに精神的に容赦なかった。
 何度も八戒は精神の限界まで追いつめられて、啼かされ、喘がされ、調教された。もっとも、八戒は実に出来のいい生徒ではあったが。
「食ったなら寝ろ。今日はゆっくりして体力を回復させろ。全く散々突っ込まれやがって。」
 ぶっきらぼうに目を合わせずに言う女衒が、自分を如何に心配しているのか知ってか知らずか、邪気のないどこか幼げな様子で八戒はこくんと肯いた。
 テーブルの上を片付けはじめた女衒を見つめながら、躰中を苛まれた日中の疲れもあいまって、八戒は急速に眠りの中に落ちていった。
 
 その罪のなさそうな寝顔を眺めながら女衒は独り物思いに耽った。

 こいつには本当にこんな商売が向いているのだろうか。
 向いているといえば向いているのだろう。これほど客に喜ばれる男娼を女衒は扱ったことがない。犯しがたい品位に隠された知性と淫乱。まるである種の男達の夢を具現化したような存在。
 しかし、長い目で見れば、消耗の激しい八戒の抱かれ方は回数をこなせないし、儲けとしては効率が悪い。だったら単価を上げて金のある客に絞ればいいのだが、八戒自身がそれを望んでいないように見える。
 恐らく自己否定感から逃れたい八戒にとっては、無茶苦茶にハードに犯されることによって忘我の時が長ければ長いほど好ましいのだ。

 そんなに忘れ去りたいものがあるなら、俺が抱いてやる。

八戒の綺麗な寝顔を見つめながら、一瞬湧いた凶暴なまでの自分の感情に驚いた。
 そして、首を振ってそれを自分が疲れているせいにした。シャワーでも頭から浴びたい気分だった。
自分が部屋に入ったときに八戒が客に尻を抱かれるように淫らに犯されている場面が振り払おうとしても繰り返し頭に浮かんだ。
そのとき、冷静な自分の外見の裏で、一瞬沸騰しそうな激情とともに湧き上がった殺意に何と名前がつくのか、女衒はまだ知らない。

こんなことになるなんて、ほんとうに俺は迂闊だ。

 どこか痛む胸を押さえて、女衒はシャワーを浴びるために立ち上がった。

 夜はじきに明けようとしていた。


 了