元首相×八戒



注意事項)この話はフィクションです。実際の人物団体とは一切関係ありません。





 ぶらさがりの番記者達を振り切って、元首相は国会議事堂を後にした。
「元首相! お願いします! 」
「今回の参院選に対して何かひとこと! 」
 口々にマイクを向けて喚く彼らには一瞥もくれず、元首相は黒塗りの公用車に素早く乗り込む。
白い手袋をした運転手が心得たように車を出した。
「お疲れ様です」
 議員秘書が手帳も見ずに元首相に告げる。四十絡みのどこかカミソリを思わせるような男だ。
「午後の予定は、神奈川県11区の応援演説です。よろしくお願い致します」
「神奈川県か。地元だ。とはいっても今週は自宅にはとても帰れんな」
 無理ですねと言外に匂わせて秘書は肯いた。
「次の日は……新潟県と富山県への応援演説ですから……あと秘書見習希望者がおりまして今日ご挨拶にくる予定です」
「こんな時期にか。もっと違うときに来いと言ってやれ」
 そう言うと彼は目を閉じた。少しでも休んでおかないと身がもたないのである。選挙戦は確かに体力勝負の戦いだ。例え自分の選挙でなくともそれは変わらない。
 秘書も心得たように、それきり口を閉ざした。車の中には静寂が訪れた。車はちょうど神奈川県横須賀行きの高速自動車道に入ったところだった。


 八戒はとある選挙事務所の応接室にいた。元首相の議員秘書見習に応募したところ、こちらまで呼び出されたのだ。
 アルバイトの女性が淹れてくれたお茶を飲みながら随分と待たされていた。面接者心理として、待たされれば待たされるほど緊張してしまう。夏だというのに八戒はリクルーターよろしく着込んでいた。スーツが暑くて堪らない。
 八戒の緊張がこの上なく高まって極限に達しようかという頃に、応接室のドアが開き、元首相と議員秘書がやっと姿を見せた。
 既に参院議員候補の応援演説を済ませた後だった。演説で高揚した空気を元首相はそのまま部屋に持ち込むように入って来た。
 そのエネルギッシュな様子に気圧されそうになる。
「待たせて悪かったね。猪八戒君? 」
 議員秘書が八戒の姿を認め、微笑んだ。
「はい」
 緊張した面持ちで八戒が立ち上がって会釈をする。
「先生、こちらが猪八戒君です」
「ああ、よろしくね」
 元首相は八戒の上から下まで、さりげなく観察するとそのまま向かい側の、ソファに腰かけた。
「よろしくお願いします」
 硬くぎこちない様子で八戒も一拍置いて腰かけた。どこまでも初々しかった。
「今は大学院生ですよね。専攻は? 」
「法学部法学科です」
「政治学部じゃないんだね。なのにまた何故議員秘書を?」
「実学に興味がでてきました」
「法学だって実学中の実学でしょう」
「いえ、世の中の役に立つという面で考えればより政治の方が直接的なんじゃないかと」
 秘書は八戒の差し出した履歴書に素早く目を通しながら質問を続けた。
「でも、国 I (国家I種公務員試験)に今年二次合格したんでしょう?そちらはどうするんですか?ちょうど今時期は官庁訪問たけなわでしょう」
 国家 I 種試験といえば、官僚の登用試験だ。法律職の試験区分で八戒は試験に受かっていた。
「採用猶予がありますし……院での勉強はこれからはデータをまとめて論文を書くだけですから、今年のうちにいろいろ挑戦したいんです」
 怜悧そうに答える八戒の口元を元首相は黙って見つづけている。そんな元首相の表情を読みながら秘書は八戒に訊いた。
「官僚になるなら、自治省にでも入ってから政治の世界へ転向すればいいじゃないか……全く遅くないよ。というか典型的なケースだ。ああ、それともウチの先生について一年くらい勉強してみたいというわけかな……」
「おっしゃるとおりです」
 いままで秘書と八戒のやりとりを静かに聞いていた元首相が突然口を挟んだ。
「君」
「はっ」
 秘書が元首相に向き直る。
「もう、面接はいいだろう。採用だ。少し僕の方で八戒君に直接質問があるから君はこれで暫く席を外してくれないか」
「承知しました。ではよろしくお願いいたします」
 秘書は恐縮したように頭を下げて応接室を退出していった。耳をすましてドアが閉まる音を確認すると、元首相は安心したようにソファに座りなおした。完全に八戒と部屋に二人きりになった。
「話は分かった。それじゃ八戒君、早速君にやって欲しいことがあるんだが、頼まれてくれるかな」
「は、はい。僕でできることでしたらなんでも……」
 八戒は面映そうに紅潮した顔を緊張させて、初々しい青年らしい返事をした。
 首相経験者が八戒のような若輩者にわざわざ頼みごととは普通ではない。なんだろうかと八戒は身構えた。
「そうかね。それじゃ……」
 気のせいか、一瞬元首相の表情にどこか淫靡な陰が差したようにみえた。

「いい子だから、服を脱いで脚を開くんだ」

 有無を言わさない調子で元首相は言った。一度はこの国を背負って立った男ならではの、相手から抵抗する気力を奪う魔力がその口調にはあった。
 社会的地位の高い男に特有の口調だった。命令することに慣れきった支配者の絶対的な調子だった。カリスマの本領発揮とも言えた。
「君を見ていたら勃った。年甲斐もなく凄く勃ったよ。見てくれ君のせいだ」
 元首相は八戒を押さえつけながら悠揚迫らぬ口調で言った。
「何を……! 」
 八戒の目が驚愕に見開かれる。相手の言っている意味が分からない。そのまま応接室の机の上に押し倒される。派手な音をたてて載っていた大きなガラスの灰皿が床へ落ちた。
「法学を専攻してるって? 国家I種試験に通ったって? 将来役に立つ人間になりたいって? くだらん。全く、くだらん。必要ないね。君にはそんなもの全く必要などない」
 八戒は抵抗しようと相手の体を突っぱねようとして暴れた。しかしあまり効果がなかった。
「別に君なら何もしなくとも命までかけてひざまずく男が幾らでもいるよ。自分で気づいていないのか」
 そういうと元首相は八戒の首筋に顔を埋めて匂いを嗅いだ。そのまま舌を這わせる。
「ひ……! 」
「私が教えてあげよう。君の価値というものをね」
 八戒は敏感な躰を震わせた。あっという間にベルトのバックルに手をかけられ、むしりとられるように服を剥ぎ取られる。
 下肢を剥き出しにされて、八戒は逃げようともがいた。
 無理だった。
 下肢に濡れた男の舌の感触が走る。八戒はおぞましさに呻いた。実の父親よりも年齢が高いような男に抱かれようとしている。
「あっ……! いや…です……やめ」
「悪い子だ。ひどく敏感だな。これはお仕置きしないと」
 興奮に上擦った声で言うと、元首相は自分のネクタイを片手で弛めた。八戒の全身に手を這わす。選挙戦や閣議、国会会期中など極限的に疲労が嵩むと性的な衝動に襲われることがある。俗に 『疲れマラ』 と称されるこの種の性的衝動は、美しい八戒を見たときに抑えきれないものになった。
 甘いキャンディバーか何かのように、八戒を舐め啜った。制止を訴えて上がる八戒の声が微妙に甘く蕩けた。とろとろと、先の割れ目から淫らな先走りの液体を滲ませる、八戒の若さを口端で笑い、元首相は思いきり嬲った。手で扱けば、瞬く間に張り詰めて反り返ってしまったそれが、控えめにも情欲の逃げ口を求めて燻り震えている。ぐちゃぐちゃと手でそれを扱きながら、八戒の耳元で囁いた。
「可愛いよ。君はなんて可愛いんだ……」
 年齢が三十歳以上は軽く離れた八戒の所作はどれもこれも元首相には可憐に映った。向島や神楽坂の粋筋の玄人女相手ではとても拝めない可愛らしさだ。先走りが滲んで、舐めまわされた唾液とともに後ろの孔にまで濡らしていた。元首相はそれに誘われるように舌で八戒の慎ましやかな蕾を舌でつついた。
「ひっ……! 」
 八戒の腰がくねった。ひどく可憐で見るものの脳を焼くように淫らな仕草だった。
「君には仕事だの、自己実現だの人様の役に立ちたいなんて、そんな人並みなことを考えるには向いてないよ。こんな男殺しな顔をしてる癖に。笑ってしまうね。そんな世間一般的なことを君が考えてるなんて思うとさ」
 どこから取り出したのか、潤滑剤を八戒の内部にぐぷぐぷと音も卑猥に塗りこめている。
「君はそこにいてくれるだけでいい。いや存在こそが貴重だ。だから……」
「や……あ!! 」
 元首相は塗り込め終わると、代わりに自分の猛ったものを宛がった。八戒が逃れようと躰を捻るが上手くいかない。円を描くように腰を進めて八戒を貫いた。
「…………!! 」
 八戒が目を見開いて躰を強張らせる。初めての痛み、初めての感覚だった。喰われてしまうような感覚に恐怖で躰が震える。
 この男に犯され尽くしたら、その後もう自分には何も残らないのではないか。魂も精神も肉体も喰われ尽くされて、抜け殻しかもう残らないのではないか。
 躰の中心に男の欲望を無理やり受け入れさせられてゆっくりと抜き挿しされる。
「あっ……あっ……」
 鋭い痛みと鈍い快楽が蹂躙されている躰を走り抜ける。八戒は苦しさと快楽で喘いだ。
「……私と寝ろ。私こそが君の価値を理解できる。だから私が言えばいつでも私に脚を開け。いいな」
 拒否しようと、八戒は圧し掛かって犯している男の躰の下で暴れたが、どうにもならなかった。無理やり口づけられる。
 歯を食いしばって受け入れまいとするが、強引に歯列を割られた。
「ふ……」
 啜り泣きと嗚咽のようなものが追い詰められた八戒の口から漏れた。八戒に加えられる陵辱はまだまだ終わりそうになかった。


 選挙事務所の本陣の隅で、議員秘書は心得顔で手帳片手に控えていた。
(この分じゃ、まだまだかかるだろうな)
 長年秘書として勤めてきた年月は伊達ではない。秘書には面接のときから元首相が何を考えているのか分かっていた。議員の顔色を読むのも秘書の仕事のうちだ。周到で有能な彼は元首相の意図を汲み取ると、素早く応接室の周囲に人払いをかけた。
 暫くの間八戒が泣こうが喚こうが、元首相のささやかな秘め事を邪魔するものはいないだろう。
秘書は八戒の白い花のような容姿を思い返した。
(官僚に議員秘書ねぇ)
 肩を竦めて薄く笑った。似合わないと思った。ドブネズミ色の背広を着て、霞ヶ関の殺風景な灰色の庁舎で仕事するには、不似合いな美しさだった。
 他の一般的な学生に混じって採用面接を受けるには異色な存在だった。人事院も驚いただろう。ひょっとしたら本人だけが気がついていないのかもしれない。なんというか、美しい観賞用の華麗な花が、食用の農作物の真似をわざわざ必死でしている奇異な感じがした。生産的なことや実用的なこととは本来無縁なのに、生来の生真面目さから無理やり自分で自分を型に嵌めようとしている。そういう印象を八戒から受けた。
 まぁ、とはいっても――――秘書は密かにひとり、心のうちで呟いた――今頃は元首相に情欲の捌け口として骨まで喰われるように貪られているに違いない。ある程度年のいった男のセックスはひどく執拗なのが一般的だ。
 議員秘書は、元首相の傍に侍る八戒を想像した。
(何、先生は野菜の真似をしてわざわざ畑なんかに間違えて生えてきた、とびきり美しい白水仙を、青磁の器に生けなおしただけのことだ)

 秘書は肩を竦めた。八戒の綺麗な顔立ちと清潔な若さは、百戦錬磨の秘書にすらどこか甘やかな痛みを胸に引き起こした。
 とはいえ彼には感傷に浸っている暇は無かった。まだまだ八戒への元首相の 『質問』 は終わりそうもない。
 このままでは選挙事務所の奴らがそのうち不審に思うだろう。これは根回しして事務所の奴らと功労会とでも称して、先に飲みに行ってしまうに限る。頭の回転の速い彼は、次の算段を打つべく事務所の中で器用に泳いだ。
 秘書はそっと応接室に通じる廊下の方を見やった。落花無残の気配がする気もしたが、よくは分からなかった。