王様と僕


「フォアダイスですかね」
 八戒が悟空の脚の間を覗き込みながら言った。
「えっ、えっ!それってば病気? 」
 悟空の不安そうな声に優しく八戒は答える。
「まさか!心配ないですよ」
 今にも泣きそうになっている悟空を優しく八戒は抱きしめた。



 旅空の宿でのこと。
 夜がその帳を降ろして随分経っていた。
 八戒がもう休もうかと思っている頃、ドアを控えめに叩く音がした。
「はい?誰です? 」
 八戒がドアを開けるとそこには悟空がいた。しかも下を向いたまま顔を赤くして黙って立っている。
 なんだかいつもと違って元気がなかった。
「どうしたんです?こんな夜更けに。明日に差し障りますよ? 」
 ふわっとした優しい笑顔で、心持ち身を屈めながら八戒は悟空の顔を覗き込んだ。
「あの、あのね八戒」
 真っ赤な顔で言いにくそうにもじもじする悟空に八戒は優しく首を傾げながら言った。
「部屋でお話しましょうか。悟空」



「……オレ変なんだ」
 なんだかいつもと違って歯切れの悪い悟空に八戒はホットミルクを差し出した。
「悟空が変だったらみんな変ですよ」
 八戒は微笑む。この正義感に溢れた小さな騎士にも悩み事があるなんて。みな不思議に思うことだろう。
 明るく可愛い悟空。思わずこちらまで微笑んでしまうその無邪気な笑顔。この笑顔を守るためなら八戒はなんでもするだろう。
 悟空はある意味一番八戒が衒いも虚勢もなく素直に全てを見せられる存在だった。
「綺麗な目だと思ったんだぞ」
「覚えたからな。もう名前変えんなよ! 」
 自分はこの真っ直ぐな金色の瞳に幾度救われてきただろう。
 年下の小さな彼を守っているつもりがいつの間にか逆に守られている。
 八戒は幾度も悟空に精神的に救われていたのだった。罪深い自分に下される特赦のように。八戒は悟空のくれる『許し』の感覚に度々癒されてきた。
 悟空の傍なら大丈夫。その底抜けに明るい笑顔を見ていると、自分の身のうちに巣食う暗く陰りのある部分が浄化されるような気すらしてくる。
 八戒にとって悟空は実に愛すべき存在だった。
「うん。あのね、実は」
 悟空は耳元に囁いた。
「悟浄が!? そんなことを? 」
 悟空の言葉に八戒が驚いて目を見開く。
(全くあの人ときたら、こんな年下の彼をからかって楽しいのだろうか)
 八戒は理解に苦しんだ。


 そう、悟空が真摯に言うことを信じるならば、悟浄は
――――悟空が性病の一種にかかっていると断じたのである。
「あんな人のいうことを真に受けちゃいけませんよ! 」
 思わず八戒は大切な親友を『あんな人』扱いしてしまった。
「だって。だってね。確かにオレここの……とこにそのポチッとしたのがその……あってそういうのがあるとその……病気なんでしょ? 」
「誰が言ったんですそんなこと」
「悟浄が」
 あの人は碌なことを吹き込みませんね……八戒は思わず固まった笑顔の下で頭を抱えた。しかしそんなことに悟空はもちろん気がつかない。
「性病の一種だって言ったよ。悟浄が」
(よく言えたものですね。悟浄!悟空がSTDに罹るんだったらあなたこそよっぽど先に梅毒だの尖圭コンジローマだのクラミジアだのになるんじゃないですか? ったくホントにあなたって人は――!! )
 心のうちでひとしきり悟浄を弾劾し終わると、八戒は悟空に向かって優しく訊いた。
「あの。悟空。性病ってものはその……性行為をしないと感染しないんですよ。悟空はそんな……こころ当たりでもあるんですか? 」
「ん……でもさ、お風呂とかで感染したりとか」
「しません」
 八戒はやたらきっぱりと断じた。
「う……」
 涙目でもじもじとする悟空に八戒はため息まじりに言った。
「……気になってしょうがないんでしょう」
 悟空はこっくりと肯いた。不安そうに潤んだ瞳で八戒を見上げる。
 八戒は悟空のこの無垢な金色の瞳に弱かった。
「もしなんだったら……僕が見ましょうか」



 そして冒頭のくだりとなったのである。

「フォアダイス……ですかね。強いていえば」
 八戒が悟空の脚の間を覗き込みながら言った。悟空をベッドに座らせて、その脚の間に挟まれるような窮屈な姿勢で八戒はソレを見ている。
「えっ、えっ! それってば病気?」
 悟空の不安そうな声に優しく八戒は答える。
「まさか! 心配ないですよ。成人男性の6割にはあるっていいますよ」

 フォアダイス。
 ニキビに良く似た生理的なものである。もともとは毛穴のなごりらしいのだが。
 しかも悟空のはそこまでいっていない。確認した八戒でさえ、『強いていえばコレのことを言ってるんですかねぇ』という感じなのだ。
 悟空のに変なところなど何もなかった。単なる気にしすぎだった。

 要するに悟空は悟浄にからかわれたのだ。

(それにしてもこんな純情な悟空をからかうなんて。悟浄を懲らしめなくてはいけませんね)
 八戒はあれこれとそのままの格好で考えこんだ。
「は、八戒ッ」
「え? ああすいません」
 もの思いに耽るにはまずい体勢だった。八戒は悟空の股間を覗き込んだまま、暫く静止していた。
 しかも手は悟空のに添えたままだ。
「ね、八戒。お、俺のってヘンな形? 」
 なんといっても悟空は多感で気になるお年頃である。
「いいえ、悟空のは……きれいですよ」
 八戒はそういうと、つっと人差し指で悟空をなぞった。
「いろんな形がありますけどね。悟空のはエラの形がバランスいいですよ」
 そういうと当該箇所にその美しい指を走らせる。
「ほら、特にこのカリのくびれが……」
 しみじみとした口調で、八戒は悟空のを見つめながら、指でなぞって説明する。悟空はうろたえた。瞬間湯沸し機みたいに真っ赤になって茹だってしまう。
 あっというまに前に力がこもり、硬く張り詰めてゆくのを止められない。
「――――――! 」
 悟空の顔がみるみる赤くなった。
 八戒も手元の悟空が、先ほどとは異なる感覚を伝えてくるのに、ようやく気がついた。
 悟空は八戒が自分のを覗いて、手で触れているという状況に興奮してしまったのである。
「あ! 」
 張り詰めていく自分の分身を何とかしたいが、どうしようもない。
 恥ずかしくて消え入りたい気分で、悟空は八戒の目の前で身を屈めた。
「ご、ごめ、ごめん八戒!! 俺ッ……!! 」
 状況を理解した八戒は一瞬驚いたような表情をしたが、次の瞬間妖艶に微笑んだ。
 その場に退廃的で淫蕩な気配が漂った。八戒が悟空の耳元に艶のある唇を寄せる。
 そして、メフィストフェレスの忠実な弟子のように妖しく囁いた。
「それ、何とかしましょうか」



 悟空はこんな八戒の表情を、目の当たりにするのは初めてだった。
 いつもの優しい保父さんのような彼と、本当に同一人物なのだろうかと思うくらいの豹変ぶりだった。
 今の八戒は仮面でも脱いだかのように妖しく蟲惑的だ。
 昼と落差のありすぎる微笑み。いつも悟浄や三蔵が秒殺されている、白い翼のある悪魔のような微笑みだ。
「八戒……」
 思わず悟空は唾を呑み込んだ。
 どぎまぎと緊張したように、口を閉じたり開いたりしている悟空を、暫く八戒は見つめていた。
 しかし、そのうち薄く微笑み、手をひらひらさせて悟空に向かっておどけてみせた。周囲に張り詰めていた妖しい空気が、途端に弛緩して一変する。
「冗談ですよ。冗談。さ、悟空安心したならもう部屋に……」
 まるで八戒は逃げ道でもつくるように、身を翻した。鮮やかな所作だった。
 妖しい捕食性の夜の生き物が、わざと相手を逃がす。そんな風情があった。

 しかし
 八戒が言葉を継ぐ前に、悟空は言った。
「やだ。俺もう部屋なんか戻らないよ」
「悟空? 」
 悟空は八戒にしゃにむに抱きついていた。勢いでベッドの上へと、八戒は乱暴に押し倒される。
「本当はずっとずっとこうしたかったんだ……俺」
「悟空……」
 八戒はベッドに押さえつけられたまま、悟空の顔を見上げた。
「子供あつかいすんなよな! 八戒いっつもそうじゃん! 俺のこと。子供扱いすんなよ!  」
 八戒はそっと悟空の頭の上に手を載せた。悟空は怒っていた。
「はい……すみません。悟空」
 どこか困ったような、それでいて優しく憂いを帯びた笑顔で八戒は悟空に謝った。

 そして

 ふたりはひそやかにお互いの唇を重ねあった。



「んっ……悟空」
 八戒はぎこちない手つきで服を脱がされ、その躰にくちづけを受けていた。
 悟空があまりにも真剣なので、八戒はどこか神妙な様子で仰向けになっている。
「八戒って……いい匂いする」
 悟空は八戒の鎖骨のあたりに舌を這わせた。男とは思えないような滑らかな肌だった。もともと違う生き物なのではないか、というような艶めかしい躰だった。
 悟空はそんな八戒の肌に唇を寄せているうちに、どうしようもない衝動に襲われて、その白い肌に歯を立てだした。
「あッ……」
 八戒は甘噛みされた。まるで喰われてしまうように。
 悟空は躰の内側から噴き上がってくる自らの衝動に、正直に歯を立てた。獣のような愛咬だった。
八戒の白い肌は甘く、その下の肉は官能的に悟空を誘った。
「痛ッ……悟空? 」
「あっ、ご、ごめん! 」
 悟空は我に返った。気がつけば八戒の上半身に、悟空の噛み跡が幾つも散っている。
(ひょっとして、俺八戒のこと食べたいのかな)
 自分のちょっとぞっとするような、本能的な欲望の片鱗を覗いた気がして、悟空は自分で自分のことが薄ら寒くなったが、八戒はそんなことには気がつかない様子で悟空の躰を引き寄せた。
「ふ、ふふふふ。僕は食べ物じゃありませんよ」
 そう言って優しくしなやかな腕で悟空を抱きしめる。
「間違えちゃったんですか? 」
 そう言って八戒は下から器用に悟空の頬にキスをした。軽い、くちづけよりも軽い『キス』という語感のとおりの優しい愛情表現のキスだ。
 なんとなく、やっぱりまだ八戒に子供扱いされているような気がして、悟空は軽く触れて離れようとする八戒の唇を引き寄せると自らのそれと深く重ね合わせた。
 ぎこちないが、情欲のままに貪られるようなくちづけに、八戒が目を驚いたように見開く。
(子供だと思ってたけど、やっぱり悟空も……)
 八戒は豹や獅子の赤ちゃんを見て可愛いと思っている人に似ていた。

 だけどいまは
 まだいまのうちは。
 悟空は確かに八戒にとって大切な 『可愛い』 存在に違いなかった。
「は……」
 深い絡み合うようなくちづけがようやく解かれた。
 悟空の手が八戒の前に触れる。八戒が眉根を寄せて綺麗な顔を歪ませた。
 それに誘われるように、悟空は唇を寄せた。
「ずっとずっとこうしたかったんだ……八戒と」
 下肢にくちづけられて八戒が身を震わせる。悟空の舌が敏感な箇所を走った。
「こうすると気持ちいい……?八戒」
「あ……も……」
 艶めかしい声を放って躰の下で喘ぐ八戒は、いつもとは別の妖しい生き物のようだった。
「こっちは……? ひくひくしてるよ……」
「……言わないで」
 衒いもなく尋ねる悟空の声は、より八戒の羞恥を煽った。
 素直な彼は事実そのままを八戒に告げている筈だ。だとすれば八戒の後孔は恥知らずにも、もう男を欲しがって蠢いているのだ。
 しかもそれをまじまじと悟空に見られてしまっている。
「見ないで……悟空…」
「ね……八戒……俺、もう我慢できない…」
「悟空っ……駄目っ…」
 八戒の淫らな箇所を覗き、鮮やかに乱れていく八戒を躰の下で喘がせて。悟空は 何もしなくともずっと反り返ったままだった。すっかり硬くなったそれは、もう限界だった。
 八戒は慌てた。何も潤してないところにそれを受け入れたら、大変なことになってしまう。
「悟空っ。ちょっと待って下さい。準備が……」
「無理っ…も、俺っ……! 」
 悟空は逃げようと躰を捻る八戒を無理やり押さえつけた。もの凄い力だ。
 八戒の抵抗を封じると、その後ろに自分のを宛がった。荒々しく、しかしどこかぎこちない動きで八戒は悟空に犯されようとしていた。
「く……! 」
 衝撃を予想して八戒は歯を噛み締めた。
 が、予想外のことが起こった。
「あ……」
 下肢に濡れた感触が走った。八戒が恐る恐る後ろに触れると、指は生暖かい粘性のある液体に濡れて滑った。白濁する液体で下肢がしとどに濡れている。
「ごめ……俺」
 悟空はどこか傷ついたように俯いている。悟空は漏らしてしまったのだ。
 八戒は安堵すると同時に悟空がいじらしくなった。下を向いてしまった彼の背中を、優しく抱き寄せると軽く叩いた。
 初めての悟空がそんなに上手に八戒を抱けるわけがない。
 艶めかしくも淫らな八戒の躰にあてられたように、悟空は貫かぬうちに前を弾けさせてしまっていたのだった。明らかに暴発だ。
 しかし悟空くらいの年頃なら、当然の結果だともいえる。悟空は八戒の悩ましく蠢く粘膜に少し触れただけで、性の極みに達してしまったのだった。
「……でも気持ちよかったんでしょう? 」
 恥ずかしそうにしがみついてくる悟空の背を撫でながら、八戒は優しく言った。
「でも、でもでも」
「最初から上手なひとなんていませんよ。悟空」
 始末をしようと、そっと悟空の屹立に指を這わせて……八戒が黙りこんだ。
「……」
「な、なんかまた……なっちゃったみたい……」
 流石に若いだけあって回復が早かった。達するのも早いが、蘇えるのも八戒が呆然としてしまうほど早かったのだ。
「八戒っ八戒っ」
 悟空が子犬のような仕草で八戒に抱きついた。
「ごめん!今度はちゃんとする。俺ちゃんとするから」
 生真面目な様子できっぱり言う悟空に、八戒が思わずつられて真顔で肯く。真摯な彼には弱かった。
「ええ。今度は……」
 八戒はそう言うと、優しいがどこか淫らな仕草で悟空の手をとった。そのまま自分の後ろへと導く。
脚をゆっくりと悟空の前で開いてゆく。淫靡な妖花が開花するかのようだ。艶めかしい粘膜が丸見えになった。
「お願い。悟空……ここに……挿れて」
 羞恥で目元を紅く染めながら、悟空の指を後ろへ招くようにした。悟空が震える指で躊躇うように恐る恐る触れる。
 八戒は悩ましい微笑みを浮かべると、その指を自分のひくつく粘膜で咥え込んだ。まるで、悟空の手を使った自慰のような行為。強烈な羞恥に襲われたが八戒は我慢した。
「……八戒、すごい。いやらしい……こんなに八戒がやらしいとは思わなかった」
「……言わないで下さい……」
 悟空の放った精液を潤滑剤代わりにして、滑らかな出し入れが繰り返される。
 じゅぶじゅぷと悟空の指を咥え込んだところが淫靡な音を立てる。ピンク色の粘膜をめくり上げるようにして悟空の指を受け入れていた。
「指……を曲げて……もらえます…か……ご…く」
 緊張しているせいか、やや力の入れ方が強かったが、八戒の求めどおり悟空は粘膜のなかで指を曲げた。
「あっああんっ……! 」
 途端、敏感なトコロに当たって八戒の躰が跳ねた。
「ここが八戒のイイトコロなの……? 」
「んっ…んっ…あっあぅ……」
 目を潤ませて八戒はよがった。口元を飲みきれない唾液が伝う。
 挿入した指を痛いくらい締め付けられて、悟空は唾を呑んだ。目の前の八戒はひたすら淫らで、ひたすら綺麗だった。
「あっあっ……ごくっ…! 」
 八戒が躰を震わせる。悟空は遠慮容赦なく、八戒が最初に教えた箇所と、その周辺を八戒の反応を探るかのように抉った。
 悟空は八戒の性感帯を丁寧に探そうと努力していた。悟空は意外にも、応用問題にも意欲的に取り組む優秀な生徒だったのだ。
 内股を震わせて躰を捻り快感に耐える八戒のしどけない姿に誘われるように、悟空はその脚にくちづけた。
「あっ……だめ……! 」
 まるで連鎖反応のように情欲の火種が広がってゆく。感じやすい淫らな躰だった。悟空は八戒の制止の声に構わずその脚に舌を這わせた。
 八戒が眉根を寄せ、躰を仰け反らして喘いだ。もう何をしても感じてしまう、目くるめくような時が訪れようとしていた。
 目を閉じれば脳を白く焼く快楽の淵に今にも落ちそうだ。
「ごく…ごくう……もう……」
 八戒が悩ましい唇で悟空の名を呼んだ。
「もう……来て、ごく…う……いっしょ……に」
 焦点を失って蕩けた八戒の瞳を覗き込んだとき、悟空の腰奥から熱いものが迸りそうになった。悟空は誘われるように躰を重ねた。
「んっ……!! 」
 悟空の指が素早く抜かれ、代わりに硬く張り詰めたモノで八戒は貫かれた。
 八戒は躰を震わせて耐えた。背筋を痺れるように強烈な快美感が突き抜けてゆく。
「は、はっ……」
 悟空は突き入れると、すぐに我慢できなくなって動こうとした。八戒の粘膜は熱く、絡みついてくる感覚はどこまでも甘やかだった。
「駄目っ…です……ご……く」
 八戒が長い脚を悟空の躰に絡めて縋りつく。脚を悟空の躰に回したため、悟空に貫かれる角度が変わり、艶めかしく身を捩って喘いだ。
 より感じる箇所を擦り上げられて悦楽に端麗な顔を歪める。八戒は必死になって悟空に縋りついた。
「いっしょ……に…ごくう……いっしょ」
 快楽のために廻りきらない舌で八戒は言葉を紡いだ。
「八戒……ごめ…俺……夢中になっちゃって」
 悟空は八戒の躰に突き入れたまま、上体を倒してくちづけを重ねた。
 より奥深くに悟空を受け入れさせられる動きに八戒が喘ぐ。八戒の淫らな粘膜の感覚を、懸命にやり過ごすと悟空は言った。
「一緒にいこう……八戒」

 ふたりで繋がりあっている躰の境目も無くなるほど抱き合って。一緒になって夜に溶けて堕ちた。悟空は初めて性の稜線をたどり、極みに昇りつめる。
 そして八戒と一緒に意識を手放した。





「ね、八戒」
 翌朝。
 朝起きたばかりのベッドの上で、悟空ははしゃぐように八戒に言った。寝乱れたシーツの拡がる、情欲に満ちた夜を共に過ごした後とはとても思えない無邪気な笑顔を八戒に向けていた。
 悟空はタフだった。ひとつひとつの持久力はさておき、恐るべき尽きぬ精力で八戒が哀願するまで繰り返し行為を重ねた。
 とても身がもたない。正直なところそれが朝起きたときの八戒の感想だった。
「俺ね、絶対このセキニンとるから」
「は? 」
 精も根も悟空に吸い取られて八戒は頭が回っていない。なんの話でしょうというように首を傾げた。
「だから! 俺セキニンとって八戒のことお嫁さんにする! 」
 ニッと嬉しそうに笑う悟空を、八戒は思わず口を開けて暫く見つめてしまった。
「は? 」
「もう! 八戒はあれだよ。病気かもしれないって悩んでた俺を助けてくれた恩人なんだよ。しかもこんなことまで許してくれた大切なヒトなんだよ。分かってる? だから俺、八戒と結婚することに決めた! 」
 悟空は一気呵成に言い切った。実に嬉しそうだ。
 暫くの間の後、精一杯真面目を装って八戒が心得顔に肯く。
「はいはい」
「……本気にしてないでしょ。お嫁さんだからな! オレのお嫁さん! 」
「はいはい」
 八戒は返事をしながら、ベッドサイドの小机に置いてあったモノクルを手に取った。
「花嫁姿の八戒って綺麗だろうなぁ」
 悟空はひとりでなにやらいろいろ想像しているらしい。
「…………」
 思わず八戒の目が点になる。
(僕みたいな背の高いのにどんなドレスを着せるつもりなんでしょう。悟空は)
 悟空はそんな八戒に構わずひとりで上機嫌だ。その無邪気そのものといった姿を見て八戒は思わず頬を緩ませた。結局いつだって悟空にはかなわない。
 八戒はモノクルを指で上げてかけなおすと雑念でも追い払うように頭を左右に振った。

(でも、ね)
(……その気持ちだけで充分なんですよ。悟空)

 こうした関係に将来の約束など野暮というものだ。少なくとも八戒はそう思っている。
 恋の非日常は非日常だからこそ貴重で、日常に繋がる約束などした途端に、恋は非日常の輝きを失って日常へと堕す。
 しかし、そんな大人な八戒の心の裡を知ってか知らずか。
「俺これから八戒と結婚するって言ってくるからな! 」
 悟空は意気揚揚と叫んだ。
「だ、誰にですか」
「三蔵と悟浄! 」
「ち、ちょっと待って下さい。ちょっと……悟空!? 」
 食堂へと走り去る悟空の背へと八戒は掠れた声で叫んだが、いまや何もかもが遅かった。
 しかも、八戒は悟空に好き放題にされた後でとても動けたものではない。悟空を止めようがなかった。

 暫くの間の後、三蔵の銃声と悟浄の怒鳴り声が聞こえてきて、八戒は頭を抱えてベッドに突っ伏した。
 天然無邪気な王様には闇の堕天使だって――――敵いはしないようだ。